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夢見幾夜 京の姫君  作者: 古月 うい
一章 姫君は神とともに
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枝垂桜.上

「久しぶりね、深夜(みよ)


天弓(てんきゅう)は顔をヴェールで覆っていたがそれでもわかるぐらい美しく微笑んだ。


「深夜は死にました。今ここにいるのは小夜でございます。」


「そうだったわね」


くすくすと本当に面白そうに天弓は笑う。


けれど昔のような無邪気さはない、しっかりとした当主だ。


それを頼もしく思うと同時に,とても危ういと思う。


「一つお願いがございます」


「なにかしら?なんでも言いなさい」


天弓、気が付いてないのかな…


「わたしはまだ存在しない人間です。まず戸籍を取得したいので手配お願いしてよろしいでしょうか」


そんなこと、と天弓は笑う。


「いいわよ。美夕(みゆう)に頼みましょう。」


そういえば、夕葉(ゆうは)がいない。正確には,夕葉の模様をつけた人がいない。


多分服装と模様からして天弓の前にいるのが美夕で、反対側の天弓の後ろにいるのが未子(みこ)


そう言えば郁子(いくこ)もいない。まあこれだけ時がたったのだ。配置が変わっていても不思議ではない。


「あとでわたくしの部屋に来なさい。ゆっくり話したいわ。末子、小夜を部屋に案内して」


前を歩く末子について京家を見て回る。


ところどころ改築されていたり無くなったりしている。前の部屋のあたりも建て替わっている。庭の池は少し大きくなっている。


まあ当たり前か。変わらない方がおかしい。けれどどうしてか、とりのこされたように思ってしまう。


「こちらになります」


末子はさっさと部屋に案内して、そのままわたしの世話を始めた。


「一人でできる」


「そうはいきませんよ。当主より世話を仰せつかっておりますので」


そう言ってテキパキとわたしの身支度をしていく。


単は白一色ながらところどころに雲のような模様が入っており,一番下の単は花柄で薄く黄色味がかっている。


帯は水色にほんの少し黄色が混ざったかのような色でこれにも模様が入っていた。


その上から京の衣を纏い、髪も解いて梳かされる。


戻ってくる間に色の抜けていた髪は見慣れない薄い茶色をしていて,思ったより伸びていた。切った時は背中ぐらいだったのに、もうお尻を超えそうだ。




「久しぶり、小夜」


呼ばれた天弓の部屋は当主というにはあまりに簡素だった。


寝台と机と椅子のみ。


どこか冷たい全く生活感がない部屋だ。


「天弓。ごめん。十三年ぶり。」


いいのよと天弓はヴェールを脱いで京家の服になる。


「この間夕月(ゆうら)が会いに来たわ。あの子をここに来させたの、小夜でしょう?」


「わたしは手引きしただけで来る気になったのは夕月。あの子は今?」


天弓は首を振った。


「結局また出て行ったの。まあ、ここが帰る場所になったのは間違い無いと思うわ」


わたしは心底天弓が当主で良かったと思った。


多分わたしだけでは夕月は京に戻ってこようとはしなかっただろうから。


「部屋に呼んだ用は?」


「全く、そんなに焦らなくてもいいじゃない。小夜。ここに戻ってきたってことは、”京姫”に何があったのよね。どうしたの?」


天弓はやはり優しいなぁ。


「姫さまは失踪した。」


天弓はそう、と目を伏せて部屋の奥の本棚から本を取り出した。


「これは夕月に頼んで作ってもらった白拍子に伝わる霊泉家の記録よ。一つに大体二つの話が入っていて,それが十三冊あるわ。」


「多い」


天弓は首を振った。


「多すぎる。こちらに伝わっているものと重複しているものも多々あるわ。ただ、こちらにしかないものもあるから、これ貸すわね。そしたらきっと京姫のことがわかるかもしれない」


意味がわからなかったがとりあえず六冊借りた。


「天弓、わたしのここでの地位はどうなる?」


「とりあえず当主補佐官になるわよ。どうかしたの?」


わたしがこれからやりたいことは、きっとそれでは足りないの。ごめんなさいね天弓。


「これ借りてくね」




その本には本当にいろいろ書いてあった。


桜巫女伝説や泉のいわれ、そこで起きた人々の暮らし、さらに最近のものでは京家が解体された原因まで。よりいろいろなところにいる白拍子の方がたくさん知っていた。


そして、霊泉の血を引くものが度々失踪しているということも。




「小夜さま、こちらへどうぞ」


末子に案内されてわたしの“仕事部屋”にはいる。


「こちらが戸籍回復の書類になっております」


戸籍回復は何せ書類が多い。そういえば言うの忘れていた。


「末子、戸籍取得の書類も持っているよね。そっちをちょうだい」


「承知いたしました」


末子はさっと戸籍取得の書類を出す。


さすが、当主補佐官だ。


戸籍取得は、出生時に年貢逃れで出さない人がいるので割と手続きが楽なのだ。年貢を逃れたはいいもののその後の法的な支援を受けることができず,結局取得するということが多々あるらしい。


「これでいい?」


必要項目に記入して末子に手渡す。


「確かに。ではこちらは提出しておきますね。四日ほどで登録されるはずですから」


その後テキパキと仕事をする末子を見て,少し感激した。


「末子、立派に当主補佐官だ」


末子は少しきょとんとしてから首を振った。その仕草は幼い頃そっくりだった。


「私は当主補佐官ではありません。当主補佐官は天弓さまが当主となられて以来空席です」


それには目を見開いてしまった。まさか天弓が選ばないなんて。郁子がいないのもそれに関わっているのかな。




「では小夜,あなたを正式に当主補佐官に任命するわね」


もう毎夜のこととなっている二人でのお茶会でそう言われた。


「天弓、わたしは今から一つの提案をする。それは今までのわたしたちの常識を変えるもの。それを許容できるかは天弓に任せる。」


天弓は頷いて続きを促す。


「京家を、復活させる」


「どういうこと?」


「“解体された”京家を復活させる。そのためにわたしに立場をください。そうすれば必ず京家を復活させる。」


天弓はじっとこちらを見つめてくる。


「どうやって、なのか三日以内に確実にして来なさい。話はそれからよ。」


天弓、しっかり当主なのだな。良かった。


「安心した」


「どういう意味?」


「天弓がいい当主なのだろうなと。」


天弓はそっぽを向いてしまった。




とは言っても,わたしが使える中央の立場は夕葉が教えてくれた出身家しかない。


どうしたものかと思って二日経ってしまった。


実の両親に認知してもらうということしかわかっていない。しかもそれはわたしではなくて蘭家に頼ることになる。なるべくそれは避けたい。


「どうかしたの?」


「わ、里弥(りや)。いいえ、京家をどうやって復活させようかと。」


里弥はこの春に京家になった、元巫女で今はわたしの侍女のようなことをしている。


「里弥は京家にきて何か感じた?ここがいいとかここが嫌とか。」


里弥は少し考えてからいくつか教えてくれた。


「やっぱり実力主義なのがうれしい。前にいたところでは、学校に通えるのも教育を受けられるのも少数だったし生まれが低ければよほど運がよくない限り出世はできなかった。」


わたしたちはどうしても京家で育っているからこれが普通だと思ってしまいがち。里弥みたいな人がいるのもいいな。


「あと、女性でも活躍しているよね。それが初めてだった」


「ありがとう里弥!」


この二つがあれば、十分復活できる。






「もう完敗。反対する理由が見つからないわ。」


天弓から許可をもらって準当主の資格を手に入れて、再び中央へ戻ることになった。


「天弓、2回目のお別れ。」


「そうね。でも今回は信じてるよ。」


わたしは手のひらを上に向ける。


そこに力を集めて、立派な彼岸花を作る。


「誓い。絶対ここに、成功して戻ってくる。」


天弓は驚いて、彼岸花を受け取った。


「小夜、あなた夏みたいだね。」


「嫌味?」


天弓はくすくす笑う。


「違うわよ。大きな熱を持っている。そして陽炎のようにつかもうとしてもつかめない。」


意味が分からない。


「天弓は冬だ。何もかもを塗かえて、天弓に染めてしまう。」


きっと帰ってくる。


実力主義の家を作って、帰ってくる。




「これで、よかったんだよね。霧雨姉さん。」


私は気が付けば悩むと泉に手を付けて霧雨姉さんに祈るのが習慣化していた。


泉神に使える筆頭としてあるまじきことだ。それでもすがらずにはいられない。


「小夜はやるべき道を見つけた。だから私はそれを応援する。」


小夜の残した誓いの花は泉に溶けて消えた。

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