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夢見幾夜 京の姫君  作者: 古月 うい
一章 姫君は神とともに
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夜桜.下

天弓からの手紙によると、乳母としてきた夕葉は姫巫女つきの巫女としてやってきており、二年で本来の立場に戻るらしい。

つまり、この姫宮はわたしが守っていくしかない。


後ろ盾のない10歳の小娘が。



まずは華の方との謁見を三日後に申し込み、その足で夕葉の元に向かう。


「ねえ夕葉、わたしはどこからきたの?」


夕葉はわたしたちの教育係を務めていたので,知っているかもと思って聞くと、夕葉はゆっくり口を開いた。


そして部屋に戻り、二つ目の京家の衣を出した。


黒地に黒曜石が縫い込まれ,模様が鬼灯のように見える品を。


それをみたら,昔の記憶が思い浮かんだ。


天弓のこと、夕月のこと、宮女のときのこと。


楽しかったなんて思ったらダメ。だって,今が不幸みたい。


菫だって、この年には1人になってた。わたしができなくてどうするの。もう姫宮を守れるのはわたししかいないのだから。


髪の染め粉を霊宮の泉で落とした。


菫は守るため、と染めていたけれど、この染め粉は水にぬれると落ちる。


どうしてすぐとれるものにしたのかは、菫しかわからない。





「わたしの願いを聞き入れてくださり、このような場を設けていただき感謝いたします。」


華の方は御簾の内にいる。


「まずご報告があります。菫とその娘が亡くなりました」


華の方の動揺と側近の動揺が伝わってくる。


「わたしは京宮に残ります。」


華の方の了承を得てから、わたしの行動は始まる。




「人払いを」




人が下がるのを確認してから,わたしは髪に手をやり,黒の鬘を外す。中からはこの二年でさらに伸びた茶髪がばらっと落ちてきた。


そして、一番上の薄紫の上着を脱ぐ。中からはわたしの京家の服が出てくる。


そして華の方の御簾を上げる。


「何をする!」


「今この時は,わたしを他の立場としてみてくださいませ」


華の方はわたしの出立ちを上から下までじっと眺め,息を呑んだ。


「蘭か」


華の方はすぐに私の出身家を言い当てた。


「わたしと菫はある家の庇護を受けております。京宮に入ったのは導きでしょうかね。」


「まさか、三代前に解体され、もうないのだろう」


蘭家、つまり華家の第二分家の姫が、さらに京家にいるなどとは予想していなかったらしい。


「わたしたちに血縁関係はなく、本拠地は地方ですよ。地方でも中央でも、拠り所として必要とする人がいる限り、わたしたちは無くなりません。」


華の方は失態だと恥じたようだが、解体したのは今の華の方の祖父にあたる人だ。


この人のせいではない。


「今更解体はできませんよ」


天弓たちなら、そんなへまはしない。


「思わんよ。して深夜、そなたはこの情報と引き換えに何が欲しいのだ?」


そう、これは誓い。


「華の方,先程わたしは菫と姫宮が亡くなったと申し上げました。しかし、姫宮は生きております。」


華の方は予想していたようで,さほど驚かなかった。


「華の方,わたしと姫宮を、殺してくださいませ。」


「え?」


華の方は何を言っているのかわからないという顔をした。


「わたしたちを死んだことにしてください」


了承され、認識された上で、完全に秘匿する。きっとそうしないと、ここで姫宮を守りきれない。


「そうしてくださったら、わたしからは何も要求しませんから。」


華の方は頷いた。


わたしは段から降りて羽織と鬘を付け直す。


その様子を見ていた華の方は尋ねてきた。


「そなた、年はいつくだ」


「十です」


華の方はそうかと俯いた。


「いや、其方のような子供にまでそんな重荷を背負わせるなんて不甲斐ないな、と。」


「今更ですか?わたしはもう、背負っている重みすら感じません」


去る直前、わたしは少し気になったことを華の方に尋ねてみた。


「華の方、どうしてわたしを殺してくださったのですか?」


「菫との約束を守っているからだ」


華の方は目を伏せてそう答えた。


わかったのは菫に命を助けられたと言うこと。いや、奪えたのか。




宮に帰ると夕葉が姫宮を抱えて出てきた。


首尾を報告すると,夕葉は優しく微笑んだ。


「あなたなら、そういう道を選ぶと思っていましたよ」


そう言って,手を握ってきた。


その手は、冷たくて,でもあったかくて大きかった。




「夕葉、わたし別人になりたい。名前を変えたい」


夕葉は驚いたようだった。


「そこまでしなくても…」


「わたしはもう決めた」


夕葉は諦めたように笑った。


「わかったわ。天弓に、あなたたちが死んだって知らせることはできるよ。どうする?」


天弓…懐かしい。あの子なら立派な当主になれるだろう。わたしと違って。


「それはいい。ただし、名前は出さないで」


夕葉は頷いてくれた。


「名前,さよにしたいんだけど、どんな漢字がいいかな」


「それなら,小さい夜で、小夜にしたら?」




こうしてわたし(深夜)は死んだ。




「夕葉の模様?」


「私?言ってなかったっけ。アイビーと蔦だよ。」


夕葉は教育係をしていたので、二つ持っている。


アイビー…


「夕葉、模様の意味ってわかる?前に調べてみたんだけど分からなかった。」


「一通り覚えてるよ。言ってみて。」


夕葉、すごい。


わたしは次々質問した。ミズバショウ、彼岸花、雛菊。


「じゃあデージーは?」


夕葉は今までにない反応、つまり少し驚いてから,質問してきた。


「今その模様使ってる人いないよ。なぜ知ってるの?」 


「天弓が持ってた。天弓の3枚目の衣。天弓は自分のじゃないって言ってた」


夕葉はほろほろ涙をこぼした。


その涙の意味は,わたしには分からなかった。


でも、ああ,ようやくわかった。


わたしの蘭草は、蘭家だったんだ。


彼岸花は、たしかに今のわたしにピッタリ。


初めて会った時にもらったのに、当主はわかっていたんだろうか。わたしのこと。

 


二年が過ぎ、姫宮の白髪もふわふわと伸びてきた頃、夕葉が京家からの書状を持ってやってきた。


「姫宮様を、京家にすると」


「それも、京の姫に。」


ああ守らないとな、と思ったとき姫宮がやってきた。


「さーよ」


「あら、もうここまでこれるの?」


守るよ,大丈夫。わたしがいつまでも、守ってあげる。


この子は希望。


解体された京家がもつ切り札であり、一筋の光。

意味が気になるなら調べてみてください。

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