十月桜~神はどこへも進めない~上
「こっちよ」
泉神さまに案内されたのは烏と書かれた部屋だった。
「今日は疲れたでしょう。ゆっくり休みなさい」
いつの間にか天上大御神さまはいなくて、莉々が周りにいた。
泉神さまの言葉に甘えて布団に入ると本当に疲れていたのか、何も考える暇なく眠りに落ちた。
「ああ、起きた?おはよう」
目が覚めると最高神がいるというすこし混乱するような状況になっていたが泉神さまに連れられて身支度を終えた。
「改めて自己紹介します。泉神である霊姫と申します。当代烏姫より京姫さまの教育係兼世話係に任ぜられました。」
「泉神さまが最高神であると教わったけれど…」
泉神はああ、と苦笑いした。
「ついでに説明いたしますね。まず、私は神々の中で上から3番目の階級、中上の属する神になっています。その上に上級神、さらにうえにあなた様、最高神が君臨するのです」
そうやって神々の階級などについていくつか教えてもらった。
「えっと、わたくしの方が霊姫よりもえらいということ?」
泉神と呼ばないでほしいと頼まれたので神を名前呼びするということに挑戦して確かめてみた。
「まあそうなりますね。地域によって信仰される神が違いますからややこしいですよね。私はそんなに偉くはないのです。」
そのあともいろいろ教わった。なぜわたくしがここに来たのかも、天上大御神という存在も、その縛りも。
「莉々はどうなるの?」
霊姫はわからないと首を傾げた。
「下一上になっているようなのだけれど、烏姫さまのお考えはわからないわ」
下一上…莉々も神なのか。
「楽しそうだのう」
「烏姫さま」
いつの間にか部屋に小さな女の子がいた。服は黒と紫だし黒髪だし多分烏姫さまなのだけれど、なぜ幼子の姿?
「天上大御神さま、なぜ小さな女の子の姿なの?」
霊姫は意表を突かれたように目を見開いてから教えてくれた。
「こちらが本来の姿なのです。どうしてもこの見た目だと他の方になめられてしまいますから大人の見た目を持っているのですよ。」
説明している間に天上大御神さまは隣にちょこんと座った。
「天上大御神などと呼ぶでない。烏姫と呼べ」
烏姫…それは代々天上大御神の呼び名として使われる。
神々の中で唯一黒髪に黒服をまとう尊い烏姫。けれど決して本来の呼び名では呼ばれない烏姫。
小さなころに見いだされて人としての生を送ることがない烏姫。
「では、烏姫さま。なぜここに?」
烏姫はそっぽを向いて、一冊の古臭い木簡を手渡してきた。
「これが烏姫の心得じゃ。」
どうやら教えに来てくれたらしい。
「いまは木簡を読めぬものも多いと聞くが、読めるか?」
それは問題ない。だって古い書物はすべて木簡だったから、することがなかったわたくしは問題なく読めた。
「うん。」
「そうそう、そなたの望みだが、しばらくかかりそうじゃ。継承式まで待っておれ」
まあ、あれが早々に来ても心の準備が追い付かなかったから、いいか。
「烏姫さま、この鳥はどういうことでしょうか」
「ああ、莉々か?下一上だ。こやつは次の烏姫の補佐だ。つまりはそなたの味方だ。」
莉々はピイと鳴いてあちこちを飛んだ。
「あの、この子の能力なのですが、」
「わたくしの夢見力のこと?」
わたくしの能力は小夜曰く『京家でいちばんつよい』らしい。
基本は夢の中では現実世界で不可能なことも可能だ。夢の長に近い能力を使える。
「ああ、それは放置できるほど安全な能力ではないのだ。そこで、異例のことになるのだがそなたは天上大御神と夢見神になる。」
夢見力はそんなに危険なのかな。
すっと烏姫が手を上げる。
「霊姫」
烏姫がそう一言言っただけで、霊姫は部屋から消えていた。
「どうかなさったのですか?」
「今から烏姫である以上避けられないことを伝える。決して忘れることがないように」
烏姫がしなければならない神々の選定などについて講義されたが、特に強調されたのは十分な素質のあるものを神にすることだった。
「不十分なものを神にするといずれ崩壊を招く。それを忘れないようにな。」
10月、神在月になった。
ひたすら烏姫に烏姫としての心得を説かれて、こちらに必死で馴染もうとしていたからあっという間だった。
神々がそろっているところを初めて見た。
結構多いのだな。
「みな、今年は妾の最後の年だ。そこで最後の仕事をしようと思う。霊姫」
霊姫は台に上がって、わたくしはひとりになってしまう。
ふと後ろから裾を引かれた。
「初めまして。私は結神、菊子と申します。この会の主催をしています。」
茶色い衣装に身を包んだ彼女は白い髪をしていて美しかった。
「初めまして。わたくしは…」
京姫、と名乗ろうと思っていると、周囲の空気が変わった。
「信仰神明姫が後継泉神霊姫を信仰神とする。それに伴い明姫は下一上に格下げとする。」
烏姫の声が響く。
ああ、これが烏姫。
「そしてこの場で妾の引継ぎを行う。さあ、こちらへ」
烏姫に呼ばれて、そちらに向かう。
「さあ顔を上げなさい。」
促されて前を見る。
みんながこちらを見ている。わたくしが、ここの長。ここがわたくしのいるべきところ。
「この者を烏姫および夢見神に任命する。それに伴い、妾は引退する。」
「烏姫さま」
烏姫さまはするりとどこかに行った。
振り返ったときに揺れたわたくしの髪は、染めてもないし鬘をかぶってもいないのに、漆黒だった。
「新たなる烏姫に祝福を!」
誰かが叫んだ。
人々が口々に祝いを口にする。
先ほどよりも、目線が高くなっている。
「烏姫さまは?」
「ああ、こっちよ。ただ、もうすぐ消えるからあまり一緒にいないでね。」
霊姫が意味の分からないことを言っていたが、とりあえず烏姫に会いに行った。
「烏姫さま」
「私は、もはやただの月影姫だ。鏡だな。これだ。」
後ろを向いていた烏姫さま、いや月影姫は鏡箱を手渡してきた。
螺鈿で鳥を描いた箱で、中の鏡は手鏡というには大きかった。両手で持たないといけないほど大きい。
「最後に、私はあなたと過ごす日々は、案外楽しいと思っておったのだ。」
だんだん月影姫の衣から色が消えていく。
「励めよ。」
それを最後に、烏姫さまは星火楼に入っていき、三日後に星火楼は消えていた。




