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夢見幾夜 京の姫君  作者: 古月 うい
一章 姫君は神とともに
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空に知られぬ雪、下

「初めまして、京姫」


目の前に立つ美しい人にただただ呆然としていた。


「ああごめんなさい驚かせてしまいましたね。用があるのはこちらの烏姫ですから、わたくしのことはどうぞお気になさらず」


と、白髪の人は黒髪の単人を無理矢理会話の中心に出し自分は一歩下がる。


「はじめまして、京姫。簡潔に言う。そなた神になる」


これをきいてぽかんとしない人がいるだろうか。


思わず口の中で”かみ”という言葉を転がしてしまう。


「ずいぶん省略したのね。神となるときに1つだけ願いをかなえられるの。もしあなたが拒否するのならするで構わないわ。ただ、あなたが神になるのは変えられないから、必ず何かしらの原因で神になるわ。それを覚えていて」


拒否しても意味がない、と。


「では、帰りますね。さようなら」


気が付いた時には一人で、莉々がピイと高くさえずっていた。


「姫さま、ずいぶんお時間がかかっておりますがいかがなさいましたか?」


「何でもない」


多分これは言うべきではないことだ。



部屋に戻ってそのまま寝台に寝転がって莉々と戯れる。


「どうする?莉々。」


莉々に聞いても莉々はピイと鳴くだけだ。


ざっと部屋を見まわした。今思うと殺風景な部屋だ。


わたくしの大切なものはここにある。小夜、莉々、お母さまの遺品。


これを手放さずに済む選択は、どこにあるのだろうか。




「小夜、小夜は後悔することってある?」


「いきなりどうなさったのですか」


晩御飯の席で思い切って聞いてみると、とても驚かれた。


晩御飯は本来なら侍女とするなどありえないが、わたくしはずっと一人であったし、たった二人しかいないのに別々にとる必要がなかったのだ。


「まずですね、姫さま。わたしは人というものは後悔することで前に進むのだと思っております。」


そう前置きして、わたくしがなるべく傷つかないように言葉を選んでいる。


「後悔しました。ここに来たこと。もっとあの時自分の考えを伝えて交渉すればよかった、天弓(てんきゅう)、当主様を一人にするべきではなかった、と。姫さまを守ると決めた後も、記憶を消さずに済んだ方法があったのではないかと。」


決してわたくしを責めない。それが小夜のやさしさだ。


でも、もういいの。もう小夜はわたくしから解放されるべき。小夜は自分のやりたいことをするべき。


いつまでもここにいるべきではないの。


わたくしとは違って。


「けれど、」


小夜はわたくしの手を取る。十年上の小夜の手は当然だが大きかった。


「後悔はしていますが、ここにきてよかったとも思っております。いまのわたくしは姫さまの成長を見るのが楽しみなのですから。」


小夜はそう笑った。


「皿を、片づけにいかなくていいの」


ああしまったと小夜は皿を下げに行く。


その間にわたくしは部屋にもどって莉々を呼ぶ。


「莉々、力を貸して」


莉々は頭の上にとまる。


わたくしはそのまま寝台に寝転がって、能力、夢見力(ゆめみのちから)を発動させる。


これはわたくしと莉々でしかできない。姫巫女さまはできるのだろうか。


能力を使っている間、わたくしは莉々になって自由に空を飛ぶ。


「こうなれたらいいのに…」


わたくしはいつもこうして夢の中で遊んでいる。わたくしはこれしかできない。


ねえ、わたくしはどうすればいい?


夜風が心地いい。羽ばたくと風がほほをなでて気持ちがいい。


大きな十六夜が空に浮かんでいた。


大切なものはここにある。小夜、莉々、姫巫女さま、六花姫。わたくしはここを守りたい。


「あら、烏姫さまですよね」


ふと上から声がした。この声は、


泉神(いずみのかみ)さま」


「ああ、私は神としてはあまり尊い存在ではないの。いまはあなたの方が身分が上だから気楽にしていなさい。今回は烏姫はいないのだし」


飛んでいるのだが、飛んでいないような余裕と笑顔。


というか、飛んでいない。空間に足をのせているような。


「烏姫様はどうなさるつもりですか?」


「そうね、心はほぼ決まった。でも迷ってる。」


泉神さまは止まって手にわたくしをのせた。


「どうして?」


鳥と人という大きさの違いがあって泉神さまは少し怖かったが声はとてもやさしかった。


「いつまでにそちらに行けばいい?そうしたら準備とかがわかるから」


「そうね、こちらとしては一刻も早く来てほしいのだけれど、」


泉神さまは満天の星空を見上げて少し悲しそうな瞳をしてから、ひと月といった。


「ひと月待つわ。ひと月経ったら泉に迎えに来るわ。それまでに決めておいて。」


泉神さまはどこかに消えていて、わたくしの部屋で目が覚めた。


「ありがとう、泉神さま」


わたくしはここでやるべきことがある。




「新たな侍女を?」


姫巫女さまにお願いして元桜宮付きの宮女を侍女にして、それに伴って小夜を今月いっぱいで解雇することにした。


もし小夜がいるところでいなくなったら小夜に迷惑がかかる。なぜ姫さまを守れなかったのかと責められる。


新たな侍女には説明して姫巫女さまに守ってもらうよう約束を取り付けた。


「改めてよろしくね、鹿子(かこ)。」


鹿子は無口で淡々と仕事をこなした。


小夜は何も言わない。ある意味怖いぐらいだ。けれど小夜はわたくしから解放されて。もういいの。




「姫巫女さま、内密な相談なのですけれど」


姫巫女さまには小夜を預ける。名義上でもわたくし付ではなくして守る。


姫巫女さまは何かに気が付いていそうだったがそれでもしつこく聞いてくるようなことはなさらず、一応頼んだことはすべてこなしてくださった。


と、思っていた。




「ねえ夜鳥、あなた何か隠しているわよね」


姫巫女さまに尋問されるのは二回目だ。けれど今回は折れるわけにはいかない。


「いいえ。あ、お姉さま今度の十六夜の日に泉に来ませんか?」


今度の十六夜。わたくしが去る日。


「いいわよ。ただし小夜には説明しなさいよ。あなたに急に避けられたのだから」


「それは無理」


だってわたくしが守りたいのは小夜だ。小夜さえ守れれば他に何もいらない。


「どうして?」


「お姉さま、秘密は多い方が女の人は美しくなるのですよ」


ここにはいつも黒髪で来ている。莉々はお留守番している。小夜は決してこの中には入らない。


姫巫女さまのお兄さまについても知っているが言わない。


ここに来るだけでこんなに秘密がある。


「あなたが本来黒髪でないことは知っています。」


一瞬手が止まった。


姫巫女さまはただじっとこちらを見つめてくる。


「けれど私はあなたが本来何色であろうと気にしないわ。家族だもの。」


「家族…」


たしかに、そう呼ぶものかもしれない。


けれどお父様にはあったことがないし、東宮の兄上にもない。今までさんざん放置されてきた。


「家族は、気にしないの。なぜ」


「ええ。わたくしは、あなた自身が好きだから。小夜を心配するのも、周りの目を気にするのも、全部好きよ。今までごめんなさいね」


お姉さま。お姉さまが姫巫女と呼ばれる理由を、知ったような気がした。


「双葉姫はどこに?」


ああ、とお姉さまは外を見る。


「入内するために帰ったのよ。」




「お姉さま、こちらです」


とうとう十六夜になってしまった。今日、わたくしは神になる。


服はお母さまの残した煙の刺繍の施された衣に、今日は鬘をかぶらず白髪をたらし莉々がとまっている。


「あら夜鳥…きれいな髪ね。純白で、漆黒の衣によく映えているわ」


お姉さま…


もっとお姉さまと話していたかった。もっと過ごしていたかった。


ふとお姉さまの後ろに小夜を見つけた。


黒い衣で、髪を染めて立っている。


「それでは皆様、どうぞこちらへ」


きっとここでは神たちは出てこない。だからきえるのはわたくしだけ。




「お久しぶりでございます。烏姫さま、泉神さま」


「久しいな。答えはきまったか?」


わたくしは顔を上げて天上大御神さまを見上げる。


「はい。わたくしはそちらに参ります。そしてわたくしが望むものは…」





ふと姫さまに呼ばれた気がした。


宴会の席を立ち泉に向かうと、桜には花が一つもついていなかった。


今までどんなに冬であろうと夏であろうと風が吹こうと決して散ることはなかったのに。


「莉々…」


莉々が珍しくわたしの手に乗ってきた。いつもは姫さまにしか寄ってこないのに。


「姫さまのところに連れて行って」


莉々はピイと鳴いて消えた。


たった一つの羽を手に残して、きれいさっぱり消えてしまった。


泉を見ると、一つの桜の花が照らされていた。


「姫さま…?」


姫さまはそれ以降見つかることはなかった。

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