クラスで3番目に可愛い滝田さんが世界で一番可愛い。
今では考えられない事だが、私が学生の頃には【クラスで一番可愛いと思う人は?】なんてアンケートが普通に行われていた。当然、選ばれなかった子に対して差別的な言動は無かったし、別にその結果を受けてどうこうといったトラブルも無かった。
私がその時書いたこの名前は、今でも覚えている。
──滝田旭。照れくさくて適当にした告白に、彼女はモジモジと「わ、私も……」と返してくれた。忘れもしない夏祭りの前日の事だ。
「先輩、俺実は彼女出来たんスよ!」
ニヨニヨと薄気味悪い笑いを浮かべながらスマホの画面を見せてくる後輩。夏祭りでの1枚は、楽しそうに笑う二人が写っていた。
「可愛らしい子じゃないか。良かったな」
「あざーッス!! あざーッス!!」
ヘラヘラとこの世の始まりみたいな顔をした後輩に、俺はお祝いの缶コーヒーを投げ付ける。自販機から気の抜けた当たりの音が鳴り、俺は舌打ちをくれてやった。
「自販機も俺を祝ってくれてるッスよ♪」
同じコーヒーをもう一つ投げ付けて、俺はその場で自分用に買ったココアのプルタブを開けた。自慢じゃないが昔からコーヒーを飲むと頭痛がして腹を下すから、専らお茶かココアと決めている。
「……先輩は彼女いるんスか?」
器用に二つの缶コーヒーを交互に飲む後輩に、スマホの待ち受け画面を近づける。コタツで横を向いたままうたた寝をしている彼女の写真だ。撮った事は当然秘密にしてある。
「……これ、先輩のお母さん……ッスか?」
「彼女だよ……」
「えっ? あ……なんかスミマセン……ッス」
「謝るな。逆に気まずいだろ……」
缶コーヒーを口にしながら「ハ、ハハ……」と苦笑する後輩に向かって、俺はため息一つを解き放った。ババ臭い布団をかけた俺が悪いのか、確かに俺の母親位の年齢に見えなくもない。
「付き合って何年なんスか?」
「……えー、っと。6か? 6年か?」
「マジッスか!?」
「そんな驚く事か?」
「いやいやいやいや先輩! 同じ相手と6回も夏祭りして6回もクリスマスして、6回も年越して6回も誕生日祝いあったんスよね!? マジソンケーッス!!」
後輩の俺を見る目がどうにもキ印か天然記念物を見るかのような、そんな目になっている。コイツは付き合った先の結婚とやらの存在を知らないのだろうか?
「あ、俺結婚ガンボーないんで。だから長続きもしねーッスけど……」
俺の顔から何かを察知した後輩が、会話の先回りをしやがったが、俺にはとてもどうでも良いことである。
「それ、彼女に言ってあるのか?」
コイツがどうしようが好きにしてくれって感じだが、このアホンダラに付き合う相手が可愛そうなので一応聞いておくと、間髪入れずに「言ってあるッス。そしたら『私と付き合えばその気になるから大丈夫!』って言ってくれたッス」と言った。どうやら二人揃ってアホンダラらしい。
「そーかい。お幸せにな」
「あざーッス! あざーッス!」
背を向け手を振り、俺は休憩所を後にした。いまいちやる気の出ない仕事に手を付け、その日は寄り道をせずに家へと帰った──
「旭──」
家へ着くと、ドアの前で旭が自分のバッグを頻りに漁っていた。どうやら家のカギをなくしたらしい。
「ゴメン……」
「ポケットは見たか?」
コートのポケットへ手を入れるとチャリッと音が鳴り、旭の顔が明るくなった。どうやらカギを変えずに済みそうだ。
「あ……」
手を引き抜いて出されたのは、薄っぺらい別なカギだった。やはりカギを変える必要がありそうだ。
「夏に無くした自転車のカギ……」
一気に暗くなる旭の肩を優しく叩き、俺は一緒に旭の行動履歴をふり返る。そしてカギは旭の会社のロッカーの前に落ちていた。
「ゴメンね。後でシュークリームおごるから、ね?」
以前にスマホを無くしてさまよったお礼にエクレアを貰ったが、どういう訳かそれは煎餅のように潰れており、俺は危険回避のつもりで「固いので宜しく」と笑顔で返した。
「じゃあご飯作るね」
我が家は夕食に当番制を導入しており、夕食の残りが次の日の朝食となる。足りなければ各自でなんとかする。それが唯一のルールだ。
旭がお湯を沸かしてパスタを茹でる。その間に俺はテレビで録画していた刑事物の映画を観ていた。
「あー! それ私も一緒に観たかったのにぃぃ!!」
「犯人はアラブ人社長だ」
「言わないでよぉぉ!!」
割と本気で怒り出す旭。日本の刑事物でアラブ人社長が出るわけなかろう。
「嘘だよ、ウソ」
「えー!? もしアラブ人社長が犯人だったらケーキ買ってよね? 勿論ホールで♪」
「へーへー」
タイマーが鳴り、旭がキッチンへと戻る。湯切りを手伝い、二人で刑事映画を観ながらパスタを食べ始めた。
「……後輩が」
「んー?」
テレビを観ながら空返事をする旭。俺は構わず話を続けた。テレビを観ている旭はいつもこうだからだ。
「結婚願望とやらが無いから、付き合っても長続きしないそうだ……」
「ふーん」
会話が届いていない旭の皿へ、ピーマンを投げ込む。テレビの向こうではターバンをしたインド人カレーチェーン店の社長が、カレールーを入れる魔法のランプみたいなやつで、セレブ女優を殴り殺していた。
「俺達も……もう6年だな」
「7年だよ」
上の空に見えていた旭が、スッと俺の顔を見た。その顔から、俺は旭が何を考えているのかは読めなかった。しかし、セレブ女優を撲殺したインド人社長の下へ、今度はアラブ人社長が現れて二人が揉み合いの喧嘩を始めてしまった為、俺と旭は釘付けになってしまった。
「頑張れナラシンハ……!!」
フォークを握りながらインド人社長を応援する俺に対して、旭は「頑張れナンディー!」と同じくフォークを振り回してアラブ人社長にエールを送っていた。
会社帰りにケーキ屋へと立ち寄った。今SNSで大人気のケーキ屋には、若い女性客が賑やかに並んでいて、俺は少し恥ずかしい気持ちで最後尾へと並んだ。
待つこと30分。ようやく店内へと入ることが出来た。
店内ではパティシエ的な格好をした若い女性の店員が忙しなく客の対応に当たっていた。