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――コンコンコンコン
夜も深くなってきた頃、部屋の扉がノックされた。普段だったら寝ている時間なので迷惑なのだが今夜は別だ。
「…奥様、よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
許可を出すと扉が開きこの屋敷のメイド長が申し訳なさそうな表情で部屋の中へ入ってきた。
「どうしたのかしら?」
「…先ほど城から連絡がありまして、侯爵様は本日お戻りにならないとのことです。…申し訳ございません」
メイド長は深く頭を下げて私に謝罪してきた。本来はこのような連絡は執事長の役割なのだが、今日だけは仕方がない。初夜を待つ花嫁のいる部屋に旦那様以外の男が入るわけにはいかないからだ。
「お仕事が忙しいのでしょう?それなら仕方がないわ。じゃあ私はこのまま寝るわね」
「お着替えのお手伝いは…」
「それくらい自分でできるから大丈夫よ。あなたも夜遅くまでで疲れてるでしょうから早く休んで」
「!あ、ありがとうございます。それでは失礼いたします」
「…よし」
メイド長が部屋から出ていったのを確認してから私は次の行動に移った。
それにしても初夜を待つ花嫁にご主人様が戻らないことをどのように伝えればいいのかさぞかし困ったことだろう。いくら長年勤めているメイド長であってもこんな経験は初めてだったに違いない。
(彼女には嫌な役目をさせてしまったわね)
そもそもなぜ初夜をすっぽかされたのに私がここまで冷静でいられるのかは理由がある。
それは今日旦那様が帰ってこないことを以前から知っていたからだ。
「さて、準備もできたし出掛けますか」
帰ってきてからすぐに寝られるようにナイトドレスに着替え、その上から黒のローブを羽織る。少しズボラなところは見逃してほしい。
「"幻影"」
おそらくこの部屋には朝まで誰も来ないと思うが、念のため寝ている私の幻影を魔法で作り出しておく。
「これでよし。それじゃ行きますか、王城へ。"転移"」
次の瞬間、夫婦の寝室から人の気配が消えた。部屋にはベッドですやすや眠る花嫁の幻影だけが残された。