4.いざ発動、<コードインスペクション>!
「アタルさま、革の鎧がとっても似合ってます!」
「ははは……ありがと」
俺たちは連れだって町の南門を出たところだった。
結局、俺は強引なイリスに連れられてギルドまで行き、彼女の言うとおり初心者用のレンタル鎧と剣を借りてきた。
まさか、こんなことで憧れの冒険者の格好になるとはねぇ……。
職業【プログラマー】が冒険者向けじゃないのは間違いないんだけど、楽しそうな彼女の邪魔をするのも悪いし、人生で一度くらい鎧をつけて剣を持ってみたかったもんだから、ちょっとだけ付き合う事にした。
でもね、イリスを否定するのもなんだけど……全然似合ってないんだなぁ、これが。
そしてものすごくボロい!
俺はどんだけ使ったらこんなにハゲるんだってくらい、使い込まれてクタクタになった革鎧を着込み、腰には若干刃こぼれが目立つショートソードを下げている。
はっきり言ってダサい。
それでもこれでイリスの気が済むのなら、とことん付き合おうじゃないか!
まだ昼過ぎ、門の出入りも激しくていろんな人が歩いていた。
ほとんどがギルドの依頼を受けたか、既に済ませて帰ってきた冒険者だけど、隣町と行き来している【商人】もいる。
どうか、知り合いに会いませんように……。
だって何してるかバレたら恥ずかしいだろ?
いや、まあ、みんな【プログラマー】がどんな職業か知らないから、俺たちがやろうとしていることを知っても笑いはしないかもしれないけど……。
「町のすぐ近くに出るモンスターで代表的なのは、噛みつきウサギでしょうか。しかし草食で臆病ですし、自分から人前には出てこないと聞きますね」
「噛みつきウサギかぁ、もし出くわしても大声だして棍棒でも振り回せば逃げてくって言うよな。俺は遠目にしか見たことないけど」
「草原なら、慎重に進めば少し近くまで寄れるかもしれませんよ」
噛みつきウサギは道を外れた木々の中や草原なんかにいる。
それほど凶暴じゃないのに毛皮が売れるってんで、常に初心者パーティー用に討伐依頼が出てるらしい。
「じゃあ、まずは草原に行ってみるか」
俺たちは草原へ向かうべく、道を外れて林の中へと入っていった。
「え~っと、念のために聞くけど、イリスが使えるのは回復系の奇跡だよね?」
「あ、はい。もしアタルさまが怪我をされたら、私が癒やしますが……」
おや?
なぜかイリスの顔が曇った。悲しげな視線を、足元の下生えに向けている。
ここは「アタルさまが怪我をされても、私が癒やしますのでご安心を!」って言うところじゃないの?
「どうかした? あ、もしかして【聖女】の使う奇跡って、すごい疲れるとか?」
だから初めて見たとき、少しやつれてるように見えたのかも。
そう思ったんだけど、イリスは悲しげに首を振る。
「そうではないのです。私は瀕死の大けがであっても治す事ができますし、今までスキルの使いすぎで疲れたことはありません。ですが……」
「が?」
「【聖女】や【神官】などの聖職者は【魔法使い】の使う魔法とは違って、奇跡と呼ばれるスキルしか使えないのはご存じですか?」
「スキルしか使えないって……どういう意味? 魔法とは違うの? 俺みたいな庶民は聖職者の人に癒やしてもらったことなんかなくってさ」
職業【魔法使い】は、スキルによって使える魔法の系統が決まると聞く。
たとえばスキルが<補助魔法>だったら、攻撃魔法は一切使えない。その代わり、さまざまな補助魔法が使えるってわけ。
「ていうか、聖職者のスキルってどんなのがあるの?」
「例えば<癒やしの奇跡>であれば怪我を治す事ができますし、<解毒の奇跡>であれば解毒ができます。変わったものであれば<雨乞いの奇跡>という、好きなときに雨を呼ぶことができる奇跡もあるのだとか」
「そんなのがあるのか……じゃあ、イリスのスキルは<癒やしの奇跡>ってこと?」
この世界には回復魔法というものはないのは知ってる。
聖職者と呼ばれる職業の人たちが使う、奇跡のみだ。
しかし奇跡にそこまで細かいスキル縛りがあるとは知らなかったなぁ。
よく冒険者のパーティーにいる回復役の【神官】は<癒やしの奇跡>が使えるってことだよな?
だからって【神官】でも瀕死の大怪我を治すのは難しいはずだ。いくら平和な時代になったって言っても、冒険者は死と隣り合わせなわけで。
やっぱり【聖女】ってすごいんだなぁ。
俺がそんな風に関心していたら、いつのまにかイリスが黙り込んでいた。
「イリス、どうかした?」
「あ……私のスキルは、<対価のある奇跡>というものです。【聖女】の授かる奇跡は【神官】のスキルよりも強力らしく、私の場合は怪我の治療だけでなく解毒や麻痺などさまざまなものを治すことができるんです」
「えっ、すごいじゃんか! イリスがいたら、うちの店の傷薬も解毒薬も売れなくなるなぁ、なんちゃって……え、でも、対価ってどういう……」
どういう意味?
そう聞こうとしたとき、急に隣を歩いていたイリスがグラッと揺れた。
「きゃっ!」
「ギーッ!」
イリスの悲鳴に被さる、甲高い音。
「イリス、大丈夫か!?」
慌てふためく俺の足元を、何かが素早くすり抜けた。
茶色のかたまりに、長い耳、そして大きく飛びだした二本の鋭い前歯。
「か、噛みつきウサギ!?」
「いたたっ、すみません、気づかずに踏んでしまったようで……」
噛みつきウサギを踏んだだって!?
耳が大きいんだから、俺たちが近づいてるのに気づきそうなもんなのに……木の根元で熟睡でもしてたのか?
いや、今はそんなことより。
「うわっ、噛まれたのか!」
イリスはペタンと座り込んで右足の足首を手で押さえていた。
白いブーツにじわじわと血がにじんでいく。
噛みつきウサギはその名の通り、身の危険を感じると大きく鋭い前歯で敵に噛みつく。
それこそ分厚いハードレザーのブーツとかでない限り、ダメージを防ぐ事はできないらしい。
一方、イリスに踏まれたらしい噛みつきウサギはというと、普段は臆病な性格のはずなのに、踏まれたショックか前歯をむき出しにしてこちらを威嚇している。
しかも後ろ足を小さくぴょこぴょこ跳ねさせて、飛びかかるタイミングを見計らっているかのようだ。
「い、今です、アタルさま!」
「え?」
「スキルです、試してみてください!」
「ええっ、こんな切羽詰まった状況で!?」
真剣な顔をしたイリスが、こくりと頷く。
何も起こるはずがないと知っている俺は、もっと余裕のある状況で試したい。
でも彼女がせっかくここまでついてきてくれて怪我までしたんだから、俺も付き合わないと悪いよな……。
俺はまず腰に下げているショートソードを抜き、剣先を噛みつきウサギに向ける。
対する噛みつきウサギはこちらを脅すように、一歩、ピョンと跳ねて距離を詰めてきた。
「じゃ、じゃあ、試してみるよ」
とりあえずスキルを唱えて、そしてから剣を振って噛みつきウサギを追い払おう。
イリスにやる気がないのがバレないように、気合いを入れて口にしてみる。
「<コードインスペクション>!」
おお、迫真の演技!
なんて興奮していたら、急に耳の奥がかすかにキーンと鳴って、視界が暗くなった。
「ええっ!?」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
視界に半透明のグレーの幕がかかったみたいに薄暗い。
そして視界の中央には白い光る文字で、横書きの文章がずらーっと縦に並んでいる。
映画のスタッフロールみたいなのが、ホログラムのように目の前に浮き出てるって感じ。
「なんだこれ……」
一体何が起こったんだ?
呆然としてると、浮かぶ文字の向こうに見える噛みつきウサギがピクリとも動かないことに気づいた。
まさか……時が止まってるってこと?
そんなことってある?
ていうか待てよ……俺もなんだか身体が動かない。
声は出るみたいだけど、周囲の音も何も聞こえない。まったくの静寂だ。
俺はそこでいったん息をつき、浮き出ている文字に目を向ける。
一体これは何なんだ?
この文字はなんだか懐かしいな……あれ?
「private static void……って、これ、ソースコードじゃんか!」
それは忘れもしない、前世で一番使ったJavaというプログラミング言語にそっくりだった。




