3.【プログラマー】は素敵な響き?
俺は中央広場から離れた細い路地に入って、あのキモオタ達が追ってきていないのを確認してから彼女に向き直った。
「無理矢理連れてきちゃってごめんね、新しいパーティーとかは嘘なんだ。なんか困ってるっぽかったからほっておけなくって」
「いえ……あの、ありがとうございました」
まだ若干困惑した様子であるものの、彼女はふんわり微笑んでペコリとお辞儀をしてくれた。
その微笑みがまぶしすぎて、俺はなんだか目をあわせていられない。
横を向いて頭をかいてごまかす。
「あ、そうだ。君、【聖女】って本当?」
「はい、一応そうですけど……」
「へえ、すごいじゃんか! それならもっといいパーティーに入った方がいいよ。君ならAランク、いやSランクのパーティーにだって入れるだろ?」
「……」
返事がないので彼女を見れば、なぜか暗い顔で俯いている。
しかもあの悲しげなパープルの瞳は軽く伏せられて、なんと涙まで溜まってる!?
「わっ、ごめん! 俺、余計なこと言った!?」
女の子を泣かせるなんて、最低な男のすることだよ!
そう母さんに言い聞かせられて生きてきた、この十六年間。
まさかここでその言いつけを破ることになるとは!
「た、頼むから泣かないでくれよ……」
俺はオロオロしながらポケットをさぐってハンカチを出そうとするも、なんてこった、ハンカチなんてどこにもない。
そりゃそうか、今日は一日、店の手伝いのつもりだったからな。ていうかここ一年はほぼそんな毎日だけど。
代わりに出てきたのは、さっき傷薬の瓶を割ってしまったのを隠そうとしてポケットにツッコんだ、濡れた紙袋の切れ端だ。
つまり、ただのゴミ。
「ああ、ハンカチがあれば渡したいとこだったんだけど……ごめん、こんなのしかなかった。ゴミが出てくるとかウケるよなぁ~、あははっ」
もう笑うしかない。
しわくちゃになった切れ端には、「雑貨屋トゥドー」の店名のスタンプが上手い具合にハマっていて、本当におかしくなってくる。
すると彼女も目をぱちくりさせてから、楽しそうに「ふふふっ」と笑ってくれた。
「これはさきほどおっしゃられていた雑貨屋さんですね。ということは、あなたは【商人】なんですか?」
ギクッ……。
痛いところを突かれた。
せっかく機嫌を直してくれたんだから、このまま楽しい会話をしたいところだけど、俺の職業の話になってしまう。
しかも相手は【聖女】だぞ? 俺のゴミ職【プログラマー】とは月とスッポンってやつ。
いや、スッポンにも失礼なくらいか?
「違うのですか?」
「あ~、いやぁ……【商人】に転職できれば良かったんだけどさぁ。俺の職業、役に立たないやつなんだよ。【司祭】さまが言うにはごくまれにそういう職業があるらしくって」
どうって事ない素振りで言ってみたところ、彼女は驚いたように大きな瞳をまばたかせた。
「おじさまが?」
「おじさま……?」
「あっ、この町の【司祭】は叔父なんです。私、今は実家を出ておじさまのところにお世話になっていまして」
「ええっ、あの【司祭】さまの? へえ~、いい人だよな、【司祭】さまって。ゴミ職に転職しちゃった俺やショックを受けてる母さんを優しく慰めてくれたし」
【司祭】は中規模以上の町でも一人か二人しかいない貴重な職業だから、町での地位も高い。でも偉ぶったところはぜんぜんなく、俺に心底同情してくれた。
ま、それだけ転職に失敗するっていうのは重大事故ってことなんだけど。
「ありがとうございます。ですけど……ゴミ職って……」
こちらを気遣う様子の彼女に、もう黙っているのも何なので教えてあげることにした。
この子なら俺のゴミ職を蔑んだり笑ったりはしないかなぁって思って。
「俺の職業、【プログラマー】っていうんだ。ははっ、良く分かんないだろ?」
「ぷ、ぷろぐら……まー? なんだか素敵な響きですね! 何をする職業なのでしょうか?」
「それが分からなくてさ。【司祭】さまも知らないって言ってたし」
まあ俺は知ってるんだけどね。でもパソコンがないこの世界じゃ説明しようがない。
仮に頑張って説明したとして、異世界転生とか頭がおかしいと思われるって。
「そうですか、おじさまも分からないんですね……ではスキルはどのようなものですか?」
「スキルは<コードインスペクション>だよ。ね、これも聞いたことないだろ?」
しかしなぜか彼女は瞳をキラキラと輝かせ、感動したように両手を胸の前で合わせた。
「わあ、とても格好いいです! 誰も知らないだけで、素晴らしいスキルなのかもしれませんよ。まるで魔法の名前のようですし……あっ、もしかして冒険者用の攻撃スキルだったりしませんか? 【プログラマー】というのも、なんとなく強そうな気がします」
「ええっ? いやぁ、強くはないような……」
彼女は俺がキモオタパーティーから抜けるのを助けたから、気を遣ってそんなことを言ってくれるのかな?
いや、でも嬉しそうな彼女の顔を見てると、なんだか心から【プログラマー】をすごい職業だと思っているような……。
まあ、俺も前世じゃ就職して少し経つまでそう思っていたけどさぁ。
「う~ん、そうだな、<コードインスペクション>は言葉の響きが強そうといえば強そうかも?」
「ですよね!?」
しかし実際のところ、強くも何ともない。
「コードインスペクション」ってのは、プログラミングして作ったソースコード、つまりプログラミング言語で書かれた文章が間違っていないかをチェックする作業のことだ。
俺も最初に作ったプログラムは職場の先輩が見てくれて、初歩的なミスやケアレスミスを細かくチェックしてくれたもんだ。
ちなみに長たらしいから普通は「コードインスペクション」なんて言わなくて、略してCDIって言ったり、ソースレビューとかコードレビューって言ったりする。
「そのスキル、使うとどのようなことが起きるのですか?」
「使ったことがないんだよ。どうやって使うかも分からないし」
「それなら、試しに使ってみましょう! 私は攻撃スキルだと思うんです。町の近くにいるモンスターならそれほど強くありませんし」
「ほ、本気? 俺は攻撃スキルって感じはしないけどなぁ……」
「ギルドには初心者のための貸し出し用の武具がありますから、それを借りてさっそく行ってみましょう!」
彼女は顔のすぐ下で拳を握り、楽しそうに提案してくれる。
こんな可愛い子にそんな風に誘われて、嫌な気はしない。
でも……いやあ、マジで攻撃スキルじゃないんだって……君の落胆する姿なんて見たくないんだけどなぁ。
「どうしようかなぁ、確かに君の提案は……そういえば君の名前は? 俺はアタルっていうんだ」
「あっ、自己紹介がまだでしたね! 私はイリス=マリアナといいます。アタルさま、どうぞよろしくお願いいたします」
「さま!? いやいや、アタルでいいよ。俺もイリスって呼ばせてもらうから」
よっぽどお嬢さま育ちなのか? 普通、同年代に「さま」なんてつけないって。
そういえばさっきのキモオタパーティーのやつらにも「さま」をつけて呼んでたっけ……良い子なんだろうなぁ。
「いえいえ、これは私の癖みたいなものですから。ではアタルさま、一緒にギルドにいきましょう。さあ、さあ!」
「え~? でも良く分かんないスキルだし、いきなり町の外は危険じゃあ……」
「遠くに行かなければ大丈夫ですって」
さっきまでの儚げな薄幸美人はどこへやら。
楽しそうにニコニコしながら、今度は彼女が俺の腕を引っ張っていく。
女子と二人で歩くなんて、いつ以来だろう……俺は外見も頭の中身も平凡すぎてぜんぜんモテないから、ドキドキしちゃって困るんだけど!
それにしても、この無邪気で楽しそうなのが本来の彼女なのかな?
だとすると、あの噴水横で見せた悲しげな様子は何だったんだろ?




