10.魔王を倒す男
いやあ、俺、前世の記憶を取り戻してからちょっと肝が据わっちゃったというか、大胆になったというか……。
前世じゃ色々後悔があるからだろうけど。
オルティカは俺が何かしゃべるとは思っていなかったとでも言うかのような、純粋に驚いた顔で俺を見た。
同時に、周りの女性陣から「まあ!」とか「なによ、あの失礼なやつ!」といった非難の声があがる。
「君、人には分というものがあるのを知っているかい? 私は生まれながらにして歴史に残るような人物であり、そしてたゆまぬ努力によってそれを確たるものにする。では君はどうかな? その格好は……【シーフ】かい? 【シーフ】が歴史に名を残すのは中々難しいかもしれないね」
「歴史に残る、ねぇ……俺のことはともかく、そんな言い方したら、全世界の【シーフ】に失礼だろ」
俺がちっともたじろがないからか、オルティカは理解できないとでも言うかのように綺麗に整えられた眉をくいっと上げた。
ていうかこいつ、本当に何者なんだよ?
それが顔にでていたのか、イリスが俺の耳元で小声で教えてくれた。
「この方は、【剣聖】オベリオの子孫、オルティカさまです」
えっ、あのオベリオの子孫!?
あ……少し前に聞いたことあるわ。
数年前にオベリオの子孫が成人して【戦士】に転職して、しかもメチャクチャ強いって話。
それがこいつか!
「いかにも、私がオベリオを祖先に持つ、未来の【剣聖】オルティカだ。これで君とは格が違うということが分かったかい?」
得意げな笑みを浮かべ、肩にかかっている長髪をさっと手で払う。
そんな仕草すら様になってるから、なんかムカつく。
「なるほどねぇ、確かにあんたの血筋は俺とは格が違うんだろうけど、それとあんたが失礼なやつだっていうのは話が別だと思うな」
「……君、私が誰かを知っておきながら、随分な物言いだね」
さすがのオルティカの美貌も、俺の遠慮なさ加減に心なしかひきつってる。
もしかして……こいつ、生まれが生まれなだけに、こうやってマナーがなっていない事を注意してくれる人がいなかったとか?
だとしたら気の毒なやつだなぁ。
「それと俺は【シーフ】じゃない。【プログラマー】っていう職業だ。俺こそ歴史に名が残っちゃうような特殊な職業なんだぜ」
ちょっと前の俺じゃ考えられないくらいな大きな事を口にしてしまった。
でもイリスを軽んじられて、俺のことをバカにされて、それで黙ってるなんてできるか?
しかも俺たちは今日、魔王を倒すっていう大きな目標を立てたばかりなんだぜ?
「そ、そうです、アタルさまのスキルはすごいんですから!」
「プ、プロ……なんだいその職業は。しかし歴史に名が残るとは随分大きく出たね」
「あんたの真似しただけだって」
「ははははっ、まあ君はまだ成人したてかな? 恐いものがないというのは良いことでもある。しかしイリスは私のパーティーにこそふさわしいんだ。なぜなら私はゆくゆくは【剣聖】となり、そして魔王を倒すのだからね」
「えっ……魔王!?」
びっくりした。
俺以外に魔王を倒そうと考えてるやつがいるなんて!
驚いたのはいつの間にか周囲に集まっていたギャラリーも同じで、ただしそれを発した主が主だけに、好奇心と期待がまざったような声が上がった。
「ま、魔王を倒すだなんて……どうしたのですか、急に?」
イリスが問うと、オルティカは周囲の反応に満足そうにウンウンと頷く。
「そうか、君は王都を離れていたから知らないのか。数ヶ月前から各地で、魔物の群れが町を襲う事件がポツポツと発生していてね、それで王都では魔王が復活しつつあるのではという噂が流れているんだよ」
「まあ……」
マジで? それは俺も知らなかった。
でも好都合じゃないか?
なんせ俺たちはこれから魔王を倒そうっていうんだから。
「よし、じゃあこうしよう。オルティカさん、あんたと俺たちと、どっちが先に魔王を倒すか勝負をするのはどうだい?」
「ア、アタルさま!?」
「なっ……今、なんと言ったんだい?」
「どっちが先に魔王を倒すか、っていったんだけど」
このオルティカがどのくらい強いやつなのかは知らない。
でもこれだけの女性陣がいるなら相当大きいパーティーのはず。
たった五人の俺たちじゃ、きっと足元にも及ばないけど……。
でも目標は大きいほどいいって言うだろ?
「あんたは確かに相当強いかもしれないけど、イリスを補欠扱いするような失礼なやつに魔王を倒して欲しくないんだよ。それにちょうど俺たちも魔王を倒そうって話してたところだしさ」
「……ふふっ、ふふふふふ……君、面白い事を言うね。【プログラマー】とやらがどんな職業か分からないが、この私と勝負をしようと?」
「ああ、そうだよ。それで、もし俺たちが勝ったなら、イリスや俺に対する失礼な発言を謝罪してほしいな」
オルティカの美貌は驚きなのか怒りなのか良く分からない感情で頬がピクピクしている。
そして俺の隣に立っているイリスも、俺の大胆さ加減に口元に手を当てていた。
「はははははっ、本当に面白いなぁ! しかし君とじゃ勝負になりようがない。見た感じ、君は戦闘職でははいようだし、そこのご老人も失礼ながらあまり強そうには見えないしね」
オルティカはチラリと、すぐそばで成り行きを見守っているミン婆を見る。
まあ、確かに……ミン婆は見た目は強くないんだよ、見た目はね!
「それにあとの二人がどんなやつだろうと……」
「おう、俺たちはここにいるぜ! なんかアタルがイケメン相手にケンカ売ってておもしれえから、見てたんだよ」
楽しげな声を上げながら、ケヴィンがのっしのっしと歩いてきた。
そのマッチョ具合に、さすがのオルティカもビックリしたようで、一歩後ずさる。
そしてケヴィンの巨体に隠れるように、フードを被ってさらに顔を隠したライが背を丸めてコソコソとくっついてくる。
「ううむ、彼はちょっと強そうだね……そっちの彼は良く分からないけども」
そりゃケヴィンだけは誰が見ても強そうだよな。
【魔法使い】だってのは内緒にしとこう。
「まあ、ともかく、君たちが魔王を倒せるようには見えないな。つまり、私とでは勝負にならないということだ」
「へえ、勝負を受けたくない、と。負けるのが恐いのか?」
「なっ、負ける!? そんなわけがないだろう! この私が君たちみたいなのを相手にしては……」
「負けるつもりがないなら、どんな勝負でも受けて立てばいいじゃないか。こんなにギャラリーがいるんだ。ここで逃げたら変な噂が立つんじゃない?」
するとオルティカは「うっ」と言葉につまる。
しかし今度はそれまで恐い顔で成り行きを見守っていた周囲の女性陣たちが、黙っちゃいなかった。
「オルティカさまが紳士だからっていい加減にしなさい! あんたたちみたいな地味なパーティーが、オルティカさまと勝負だなんておこがましいのよ!」
「そうよ、ただの売名行為でしょ、みっともないったらありゃしない」
「大体イリスが【聖女】だから気が大きくなってるのかもしれないけど、イリスは【聖女】でもスキルがおかしいから、あんた達みたいなパーティーにしか入れないのよ!」
「ちょっ、俺のことはいい、イリスの悪口を言うな!」
慌てる俺に、イリスは小声で「いいんです! もう行きましょう」とささやくも、俺の気は済まない。
けれど、女性陣たちの怒りのボルテージが下がる様子はないし、これ以上続けるともっとイリスを傷つけてしまうかもしれない。
悔しいけど、ここはもう去った方がいいのか……。
「まあ、という訳だ。魔王は私が倒すから、君たちはダンジョンにでも潜って小金を稼いでいるといい」
それが捨て台詞なのか、オルティカは満足そうな笑みを浮かべると片手を挙げて去って行こうとする。
最後までムカつくやつだな!
俺は何か言おうと口を開くも、それより先に言葉を発したのは意外なことに、それまで黙り込んでいたミン婆だった。
「お主、本当に魔王を倒せると思っておるのか?」
「……ん? なんだ、ご老人か。ああ、私が【剣聖】になれば間違いなく倒せるだろう」
「ほう、オベリオすら倒せなかったというのにか?」
「オベリオは魔王を滅する寸前までいったんだが、あと少しだけ力が足りなかった。だからその雪辱を子孫である私が……」
「魔王を滅する寸前、だと? ふぉっふぉっふぉ、お主はオベリオの子孫であろう、まさか本気ではあるまいな?」
「……ご老人、それはどういう意味だい?」
オベリオはなぜかちょっと恐い顔で、小さなミン婆を見据える。
声も急に真剣で低いものに変わっていた。




