8.ボスを倒したその後は
俺はふらふらの足で立ち上がった。
そして急いでオークの顔の方へと急ぐ。
ライを助けないと……!
「ライさまっ、お気を確かに!」
聞こえてきたのはイリスの声だ。
まだビクビクと痙攣しているオークの肩口からよじ登っていくと、イリスがオークの口の横に座り込んで、両手杖をライとオークの口の隙間にねじ込んでいる。
「イリス!」
「ラ、ライさまが!」
「今助ける!」
そうか、イリスは俺たちが奮闘している隙に自分の杖を探していたのか!
そばに行くと、ライは足の付け根あたりをがっしり噛みつかれていて、見ている間もどんどんと血が流れていく。
ライは身体を折るように突っ伏していて、意識があるのかどうかも分からない。
「やばい、出血多量で死んじゃうぞ! くそっ、牙さえ外せばイリスの奇跡で治るかもしれないのにっ……!」
オークの牙は大小のつららが連なったように、ものすごく鋭い。
口を開けさせようにも素手じゃ無理だ。
だからイリスは自分の両手杖を牙の隙間につっこんでいたんだ。
イリスの杖は両手杖でケヴィンの菜箸とは比べものにならないくらいに長くて重い。
とはいえ木製なのは変わらないから、イリスの杖の先っぽはオークのつららのような鋭い牙で幾筋も傷がついていた。
これでオークの口を開けられるのか……?
杖が折れる方が先なんじゃ……。
でも迷ってる暇なんて無い。
俺はイリスに手を貸して、杖をぐいぐい押し込んでなんとか隙間を作ろうと奮闘した。
「俺に任せろ!」
今度はケヴィンだった。
目を向ければ少し離れたホールの床に、ケヴィンが大きくて立派な両手剣を手に立っていた。
「そんなのどこで……」
状況を忘れて驚いていると、がしがしとオークの顔を登ってきたケヴィンが、ためらいもなくオークの口の隙間にその両手剣を鞘ごと突っ込んだ。
「いくぞおぉぉぉぉ!」
ケヴィンの肩から腕の筋肉が一気に盛り上がった。
そしてミシッと軋む音を立てて、ついにオークの口がゆっくりと開いていく。
「よし、ライ、引っ張るぞ!」
そうして俺とイリスに助け出されたライは、もう息も絶え絶えでグッタリしていた。
無理もない、血が流れすぎてる。
床まで下ろす余裕もなく、ライをオークの堅い頬の上に寝かせた。
「イリス、頼む、ライがっ……!」
「はい、今すぐに!」
イリスは焦りなのか、震える手で傷だらけになった両手杖を掲げ、目を閉じて祈りを捧げ始めた。
どうか間に合ってくれ、どうか……!
ああっ、まったく、こんなことになるなんて!
今日はようやく集まったパーティーで、お試し感覚で初心者向けのダンジョンに来たはずなのに。
いつの間にかBランク向けダンジョンで死闘を繰り広げていたなんて。
「うっ……あぁ……」
それはライの声だった。
すっかり白くなっていた唇がかすかに震え、みるみる血色が戻ってくる。
「おおっ、間に合った!」
俺は喜びのあまり、ライに飛びついた。
そしてそのまま身体を起こしてやる。
「ライ、やったぞ! さっきのスキル、すごかったじゃないか! 俺はもう駄目かとっ……」
喜びのあまりそこまでまくし立ててから、またもやライの前髪が乱れてあの素顔が見えてたもんだから、軽くのけぞる。
「うおっ、ライ、急にその顔が見えるとビックリするな……」
「うう、ごめ……ん……も、もっと、男らしい顔に……」
「いや、別に謝る必要はないって。オークと戦ってるライはすっごい男らしくてかっこよかったよ」
「そうですよ、ライさま、すごかったです!」
「ふぉっふぉっふぉ、まったくじゃ! さすがのわしも、もうダメかと思ったわい」
ミン婆はどこからどうやって登ってきたのか? オークの首あたりまでやってきて杖をついてちょこんと立っていた。
「それより、こやつがこのダンジョンのボスだったようじゃ。ホールの奥に宝箱や武器などがわんさかあるでな」
「たっ、宝箱!?」
「ああ、この剣もそこから持ってきたんだぜ」
「僕、の剣も……そこから……」
俺たちはいそいそとオークの顔から下りて、宝たちの元へと急ぐ。
暗くて汚くて臭い、3Kのこのホールのなかで、そこだけが光り輝くように、綺麗な武具や宝箱が積み上げられていた。
武具はゴブリンが盗んできたやつかな?
宝箱には何が入ってるんだろう……。
死闘の末のご褒美に、俺はワクワクが止まらない。
「すごい量だなぁ! これで当分はお金の心配はいらないよな」
「はい。ですけど……これだけの量、すべては持って帰れませんね」
「えっ!?」
言われてみればそうだ。
荷車がないと運べない量だぞこれは……。
「宝箱はわしが開けるでな、金目の物を優先して持ち帰るしかなかろう」
「なあに、俺が担いで帰ってやるよ」
「ええっ? でも……いくらケヴィンが力持ちだって、何か袋でもないと担げないだろ?」
「布ならあそこにあるだろ、包めるんじゃねえか?」
ケヴィンが指さす方向を見れば、既に息絶えたオークが横たわっている。
布?
どこに?
「ほら、オークがはいてるじゃねえか」
「なっ……まさか、オークの腰布のこと!?」
ゴブリンもだけど、オークも上半身は裸で腰にボロボロの布を巻いただけだった。
つまり、あの布はオークのパンツってことになる。
そんで、ケヴィンはそのパンツを利用しようってのか!?
「やめろよ、ぜったい臭いし汚いって!」
「んなこと言ったって仕方ねえだろ? 他にないんだ。ちょっくらこの剣で切ってくらぁ。お、ライも剣が見つかったんなら手伝えよ」
「ちょっと、ライの家宝をパンツ切るのに使わせちゃだめだってば!」
「がははははっ!」
ケヴィン……豪快すぎるだろ……。
のっしのっしと背中を見せて去ってくケヴィンを見送りながら、呆れてしまう。
でもケヴィンがいなかったらオークは倒せなかったよなぁ。
ミン婆もそうだし、なによりライもそうだ。
あ、もちろんイリスもな!
イリスがいなけりゃライは間違いなく死んでたし。
「そういやライさ、なんでオークに食われてたわけ? あれ、イリスがいなきゃ死んでたぜ、確実に」
ライは家宝の剣を片手にぶら下げたまま、オークの腰のあたりで奮闘しているケヴィンを見て、もじもじしていた。
きっと手伝いに行った方がいいか悩んでるんだろう。
いいよいいよ、あんなの手伝わなくて……。
「うっかり足を踏み外して口の中に落ちてしまわれたんでしょうか?」
「え? うっかりって……うっかりしすぎじゃない?」
イリスの問いに、ライはハッとしたように顔をこちらに向けて、ぼそぼそと答えた。
「オ、オークの首、堅くて……スキルじゃない、と……だから、噛まれて怪我したら……スキルが使えるか、な……て……アタルも、そう言ってた……」
「あっ、言ったわ、確かに! 牙ならスキルが使えるかもって! だからって、自分でオークの口に飛び込んだってことか? マジかよ……すごい勇気じゃん……」
びっくりしたぁ。
そんなん、スキルを使うためだからって飛び込めるやつ、どんだけいるかね?
もし俺がライならできたかどうか……。
「みんなマジですごいなぁ……ケヴィンもミン婆も奮闘してくれたし、ライはオークを倒しちゃうし、イリスは死にそうなライを助けちゃうし」
「何言ってるんですか、一番すごいのはアタルさまですよ! アタルさまがオークが光に弱いですとか、武器を持っていなければ襲われないといった情報を手にしたおかげで倒せたんですから」
イリスが一生懸命擁護してくれるも、そんなにすごい情報かなぁ?
「だってミン婆も知ってたんじゃないの? オークが光に弱いって」
けれども、返ってきたミン婆の返事は予想外のものだった。
「オークが光に弱いとな? ふうむ、そいつは知らんかったのぅ。なにせオークはダンジョンの外にもおるでな。日の光の下でもピンピンしておったぞ?」
「えっ……なんで?」
「恐らくじゃが、オークの中にも種類があるんじゃろう。このオークが日の光に弱いというだけじゃ」
「そうなのかぁ、じゃあスキル使った意味があったってわけね」
それなら余計にギリギリの戦いだったなぁ。
「ミン婆、今回はさすがに死ぬと思わなかった? オークに追いかけられてたとき、けっこうヤバかったよな」
「ふぉっふぉっふぉ、お主らを信じておったから問題ないわい。それに通路に逃げ込めさえすれば安全だしのぅ」
「通路……?」
「ほうれ、オークはあの通路には入れん。しかし誰一人として逃げ込もうとせずに勇敢に戦っとったからの、わしもつい熱くなって頑張ってしもうたんじゃ」
通路に逃げれば……って、確かに!
ゴブリンならともかく、オークはこのホールから出られないんだ。
気づかなかったー!
「それは気づきませんでしたね……でも常にどなたかが狙われていて、全員が通路に逃げられたかは分かりませんが……」
「そ、そうだね……」
「なんじゃ、気づいとらんかったんか。わしはてっきりオークをダンジョンのボスと察して、倒すつもりなのだとばかり思っとったわい、ふぉっふぉっふぉ!」
ま、まあ、結果オーライということで……。
なんて話していたら、嬉しそうなケヴィンの声が聞こえてきた。
「やっと切れたぞ! けっこうでけえから、宝は全部包んで持って返ろうぜ!」
ケヴィンのテンションに反比例して、俺のテンションは急降下だ。
マジであれに包んでいくのぉ?
ぜったい臭いって……。
「ケヴィンさま、本気で持って帰るつもりでしょうか?」
「う~ん、まあ、ケヴィンも頑張ってたしなぁ、あんまり反対するのも……でも宝はあとで全部綺麗に洗おうか」
「そ、そうですね……」
というわけで。
初めてのダンジョンは、予想外のハプニングからパーティーメンバーが一人増えて。
さらに俺のスキルが人間にも使えることが分かって。
ついでに魔王討伐なんて、馬鹿でかい目標を掲げたりなんかしたりして。
そんで最後にうっかりゴブリンやオークと死闘を繰り広げちゃったっていう大冒険になったのだった。
ま、無事に死亡フラグをへし折れて良かったよ!




