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5.起死回生のスキル発動


「イリス、大丈夫か!?」


 さっきといい今といい床に押し倒されたせいで、イリスの白い礼服のあちこちには、赤茶の汚れがべっとりとついてしまっている。

 水色の美しい髪も、ゴブリンにつかまれたのかひどく乱れていた。

 けれども、その顔には輝くような満面の笑みがこぼれていた。


「アタルさま、ありがとうございます!」

「あはっ、いや、俺なんて……」


 頑張ったのはケヴィンとミン婆だ。

 俺はがむしゃらに突っ走っただけで。


 でもこれでゴブリンは撃退できた。

 あとはライの剣を探して……。


「アタル、逃げろっ!」


 それがケヴィンの声だと理解した時にはもう遅かった。

 いきなり身体全体がものすごい力で締め付けられる。


「んぐっ……ああああぁっ!」

「アタルさまぁ!」


 腕が軋み、肋骨が軋み。

 あまりの苦しさに足をばたつかせてから気がついた。

 身体が浮いてる……。


「なんということじゃ! オークがおるとは……恐ろしくタフじゃて、わしらでは勝てんぞ!」


 ミン婆の甲高い声が斜め下から聞こえる。

 でも下を見る余裕はなかった。

 俺は目の前の、馬鹿でかい醜悪な顔に釘付けだった。


 黄土色のざらざらした皮膚に、燃えるようなダークレッドの瞳。

 潰れたような不格好な鼻も、鋭い牙が覗く分厚い唇も、すべてがすべて恐ろしい。


「オ、オーク……」


 俺はオークに身体をわしづかみにされて、持ち上げられていた。

 背の丈は五メートルを超えてると思う。

 オークがこんなに馬鹿でかいだなんて!

 そういえば書いてたあったよ、ゴブリンのソースコードに……。

 ボスを決める優先順位だったっけ?

 まさかオークがいるなんて思わなかったから、サラッと流しちゃったけどさぁ!


「ファイアボール!」


 ケヴィンの声が下の方から聞こえる。

 きっと俺を助けようとオークのどこかにファイアボールを打ったんだろうけど、効いてる気配は微塵もない。

 今度はミン婆の矢が飛んできて大木の幹みたいにゴツゴツした首筋にあたったけど、傷すらつかず跳ね返された。


 オークは生臭い臭気を吐きながら、ガバッと口を開く。

 黄ばんだ鋭い牙が並ぶ真っ赤な口内に、俺は震え上がった。

 まさかこいつ、俺を頭から食うつもりか!?


「ひいっ、やめっ……!」


 脳裏に、今朝見送ってくれた父さんと母さんの顔が浮かぶ。

 短かった俺の冒険者人生。

 てか、たったの三日か?

 二日前にイリスに出会わなければ、俺は自分のスキルがモンスター相手に使えることだって知らぬまま……。


「スキル……?」


 そうだ、スキルだよ!

 俺にはスキルがあるじゃないか!


 俺は渾身の力で足を振り上げて、オークの顎を蹴った。

 まるで岩を蹴ったように俺のつま先が痛んだだけだったけど、それでオークがうるさそうな顔をして、俺の身体を横に倒した。

 もちろん、俺の頭がオークの口側だ。

 これで足はもうどこにも届かない。

 でもその代わり、俺には見えた。

 オークの首の付け根、鎖骨の中央に赤い魔力紋があるのを。


「<コードインスペクション!>」


 もしかしたらこれが最後かもしれない、耳鳴りと薄暗くなっていく視界の感覚。

 ソースコードが現れた途端、俺は急いで一番上までスクロールする。


 本当は行動処理を見るべきかもしれない。

 このオークにも、何か行動を強制的にキャンセルさせるような弱点があるかもしれないんだから。

 でもまずは敵を知ることが一番大事じゃないかと思ったんだ。


 それに……このスキルのカウントが終わったときが、俺の人生の終わりかもしれないし。

 だから、悔いは残したくない。


 するとオークのレベルは16だった。

 そんなに高くないんだな……。

 そうか、ここはBランク向けのダンジョンだったはず。オーク自体が強力なモンスターだからレベルを下げてるのかも?


 そして恐ろしいことに、体力は500、力は420という、メチャクチャすごい数字が並ぶ。

 対する知力はたったの40。

 俺の体力が60だからな、これはやばい。

 いくらケヴィンでも、こいつの攻撃を盾で受けたらタダじゃ済まないはず……肉弾戦は諦めよう。


 続いて得意、不得意はというと、得意分野には力作業や頑健とかが書いてある。

 強くて頑丈ってことね。

 まあそれは予想どおりだよ。

 でも不得意の方に意外な情報があった。


「光が苦手……そうか、だからホール内が薄暗いんだな?」


 広いホールなのに、壁には等間隔に、通路にあるのと同じランプがあるだけ。

 夜行性ってことなのかな?


 めぼしいステータスはそのくらいで、俺は行動処理の解析にかかった。

 でも軽くスクロールして絶望が胸に広がる。

 やっぱり今回も、ゴブリンと同じくらい処理が多い……。

 時間が切れたら、またすぐさまスキルを使えばいけるか?

 いや、そんなことはいい、とにかく今は少しでも役に立つ情報がないか見るんだ。


 すると、さっそく気になる処理があった。

 条件分岐の処理で、簡単に文章にするとこんな感じか?


1.巣の中に人間を見つけた場合、以下を繰り返す

 (1)人間が武器を持っている場合

   手でつかむ

   1)手でつかめた場合

    人間を食べる

   2)1)以外の場合、以下を繰り返す

    手、または足で攻撃する

 (2)(1)以外の場合

   1)人間が攻撃してきた場合

     (1)と同じ処理を実行する

   2)1)以外の場合

     処理を抜ける


 これってまさに今の状況だよな。

 俺は1の(1)の1)に処理が流れてきたってところだ。

 この状況を打開するヒントはないんだけど……気になったのは(2)の方。

 なんで人間が武器を持ってるか持ってないかで処理が別れんだろ?

 武器を持ってなくて攻撃もしなければ、オークに襲われないってことみたいだけど……。


「あっ、そうか!」


 なんてことはない、イリスがまさにそうだったじゃないか!

 (2)は、ゴブリンがさらってきた人間を意味してるんだ。

 ゴブリンがさらうのは女の人だけど……もしかしてオークをボスにする他のモンスターは男もさらうのかな?

 それとも、ゴーレムの時みたいに魔王の考慮漏れか?


 まあいいや。

 とにかく、武器を持っていなけりゃ攻撃されないっていうのは役に立つかもしれない。

 他にも何かいい情報がないかと、俺は急いでソースコードに目を通していく。

 でもなかなか良いのがない。

 それなのに、条件分岐の条件が複雑だったり、処理が長かったりして無駄に時間ばかりが減っていく。

 弱点になりそうな処理としては、他にも太陽の光に晒された場合は日陰を探して逃げるっていうのがあったけど、ダンジョンの中じゃ使えないしなぁ。

 ああっ、もうカウンターがゼロになっちゃうって!


 結局他に大きな収穫もないまま、俺の人生最後かもしれないスキルの効果は切れた。

 周囲の音がよみがえるとともに、メチャクチャ臭いオークの口臭がむあっと顔を包む。


 俺はダメ元で叫んだ。

 きっとケヴィンは今も、俺を助けようとファイアボールを詠唱してくれてるはずだから。


「ケヴィン、俺に構わずオークの顔にファイアボールを打ってくれ!」


 下を向いた俺の視界に、ついにオークの黄ばんだ牙の連なりが映る。

 巨大なつららみたいに長くて鋭いその牙に、俺は頭を食いちぎられちゃうってわけか!?


 絶望の中、俺は思わず目をぎゅっとつむる。

 でも遠くで希望の声が聞こえた。

 ケヴィンの「ファイアボール」だ!


 ボッファ!


 近くで炎の音がして、まだオークの口に入っていなかった肩に焼けるような熱を感じた。

 よしっ、無事に顔に当てたな!

 そう思ったのとほぼ同時、俺の身体は勢いよく投げ出された。


 ふわっと重力を失ったと思ったのもつかの間、背中をものすごい衝撃が突きぬける。

 そのままゴロゴロと床を転がり、やっと動きが止まるも、すぐには息ができない。


「くっ……はぁ~! し、死ぬかと……」


 いや、ほとんど死んでたよ、俺!

 でも生還して喜んでる場合じゃない。

 早くしないと……。


「アタルさま!」


 イリスが駆け寄ってきて、倒れたままの俺を抱き上げてくれる。

 床を転がったせいで目が回って視界が定まらないけど、すぐ近くに寄せられたイリスの顔は、頬に涙の筋がいくつもできていた。


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