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4.潜入、ゴブリンの巣!


 俺は最後の気力を振り絞り、必死で足を動かした。

 すると、だいぶ先を行くケヴィンとライが、通路の奥で足を止めていた。

 あれは……通路の行き止まりが部屋になってる?

 ってことは、ゴブリンの巣か!?


 ケヴィンが盾を構え、部屋の中に飛び込んでいく。

 その後に、ゴブリンから奪った片手剣を手にライも続いた。


「みんな! 誰でもいいっ、ゴブリンを一人で五匹倒してくれ!」


 声をからして叫びながら、俺も倒れ込むようにしてその部屋に入る。

 勢い余って前につんのめり、ゴンッと重い音と共に床におでこをぶつけた。


「いったぁ~……」

「ファイアボール!」


 ケヴィンの声に顔を上げて、息を飲む。

 そこは町の中央広場の二倍はあるかってくらいの巨大なホールだった。

 ビックリするほど高い天井と、天井を支えるぶっとい柱がまるで大木のようにど真ん中に立っている。

 その薄暗いホール全体に、獣と腐肉がまざったような不快な臭いが充満していた。

 そしてあちこちにモンスターだか獣だか分からないものの死体や毛皮、骨が転がっていて、恐ろしいことに二十匹近いゴブリンが武器を構えている。


「ひっ……多過ぎだろ!」


 立ち上がろうとして、足に力が入らない。

 恐怖のせいか、限界まで走ったせいか。

 するとすかさず俺の前にケヴィンが立ちはだかった。


「これだけ多いと通路を背に戦うしかねぇ、アタルは俺の後ろに隠れてろ!」


 俺は返事する余裕も立ち上がる余裕もなく、ホールの入り口まで四つん這いで逃げた。

 背後からゴブリンの雄叫びが迫ってくる。


「ライ、お主もじゃ! まずはケヴィンとわしとで戦うぞ」


 通路の壁に手をついて立ち上がろうとしたら、ライが助け起こしてくれた。


「ライ、ありがと……ヤバいなこの数」

「ぼ、僕も、た、戦う……」

「ミン婆が言っただろ。まずは五匹倒せばいいんだ、ケヴィンたちに任せよう」


 盾のあるケヴィンはともかく、ライが貧相な片手剣で飛び込むのは危険すぎる。

 俺たちがそんなやりとりをしている間にも、肉を打つ鈍い音を立てて、ケヴィンの盾にゴブリンたちが体当たりをし始めた。


「ファイアボール! ……婆さん、五匹いけるか?」

「そりゃいけるがのぅ、いかんせん年のせいか時間がかかるわい」


 そりゃそうだ。

 なんせミン婆が乗ってるケヴィンは、迫ってくるゴブリンたちを間断なく盾で弾き飛ばしてるんだから、めちゃくちゃ揺れてる。


 しかもよく見れば、這うようにして盾の下から迫ってくるゴブリンもいて、ケヴィンは足で踏んだり蹴飛ばしたりしていた。

 そいつらの持つ剣やナイフのせいで、ケヴィンの腕や足には浅いながらもいくつもの切り傷ができている。


「ケヴィン、怪我がっ……!」


 くっそ、俺にも何かできたらっ……ボーガンはもう、矢が一本しかないし……。

 見守るしかないってのか?

 そう、ケヴィンかミン婆が五匹倒せばこのゴブリンラッシュはおさまるはずだから。


 そう辛抱しようと決めたとき、空気を切り裂くような悲鳴が聞こえた。


「いやぁっ! 誰か、たすけっ……」


 イリス!?


 さっきホールの中に突っ込んだときは、ゴブリンの数が多すぎてイリスの姿は見えなかった。

 ということは、あのゴブリンたちの向こうにイリスが……!?


 俺は飛びつくようにケヴィンのすぐ後ろにはりつき、しゃがみ込む。


「俺、イリスを助けに行ってくる!」

「ア、アタル……!? で、でも……」


 絶句するライに構う余裕はない。

 俺はケヴィンの足の向こう、盾にはじかれて飛ばされるゴブリンや、ファイアボールで頭を火に包まれるゴブリン、そしてミン婆の矢を目に受けて昏倒するゴブリンたちを見る。

 阿鼻叫喚、地獄絵図だ。


 俺は身軽になるためリュックを下ろし、ナイフや武器になりそうなものだけポケットにつっこんだ。


「おい、アタル、もう少し待ってろっ」


 そのケヴィンの制止を無視して、俺はタイミングを見計らって盾の下からホールに飛び込んだ。


 たぶん、ケヴィンかミン婆がゴブリンを五匹倒すのは時間の問題だろう。

 とはいえ、それが終わるまで待つなんて俺にはできなかった。

 命知らずの馬鹿だって言われようとも。


 ホールの中は転げ回るゴブリンと、威嚇の声を上げてケヴィンに飛びかかっていくゴブリンであふれていた。

 床に転げ回るゴブリンを見て、俺の決断は間違っていなかったと確信する。

 ファイアボールや矢を受けても、即死せずに苦しんで転がってるやつが何匹もいる。

 これだと五匹を完全に倒すにはまだ時間がかかるはず。


 さっそくゴブリンのうちの一匹が、俺に気づいた。

 あの鋭い犬歯を見せて笑うように口を開け、俺に飛びかかってくる。


 こ、恐い!

 めちゃくちゃ恐い!

 でも、イリスの方がもっと恐い思いをしてるんだ!


「くらえ、スライムキラー!」


 俺は左手で顔の前を庇ってから、ポケットから出した黒胡椒の瓶をゴブリンに向けてメチャクチャに振る。

 すると飛びかかってきていたゴブリンが目を押さえた。

 その隙を見逃さず、俺はそいつに蹴りをかます。


「グァッ!」

「いって……」


 小さいゴブリンといえど、相手もこっちに向かってきていたから、カウンターになって俺の足も痛い。

 でもこれでゴブリンが床に転がった。


 ふっ、スライムキラーとか言いつつ、これじゃスライムは殺せないんだけどね。

 でもゴブリンにも効くなら立派な武器だよな!?


 俺はいつでも黒胡椒の瓶を振れるよう構えたまま、ホール内に視線を走らせてイリスを探す。


「アタル、イリスは左手奥じゃぞ! 援護してやるから急ぐんじゃ」

「ありがと!」


 ミン婆の声に助けられ、俺はホールの左奥を目指して走った。

 近くのゴブリンが飛びかかってきたけど、その耳にスポッとミン婆の矢が突き刺さり、すぐさま昏倒する。


 そうしてミン婆の弓と俺の黒胡椒でゴブリンをかいくぐり、ついにホールの片隅にイリスの白い礼服が見えた。

 イリスは仰向けに横たえられ、ゴブリンたちに手足を押さえつけられていた。

 そしてそのうちの一匹がイリスの胸元を掴んで服を脱がそうとしている。


「やめろ、このやろー!」


 俺は怒りにまかせ、黒胡椒の瓶をゴブリンたちに向かって投げつけた。

 すると瓶は床にたたきつけられて勢いよく割れ、黒胡椒がパッと散る。


「ヒグッ、キィキー!」


 金切り声のような者を上げて、ゴブリンたちが顔をこすったかと思うと、「ヘブッション!」とくしゃみをし始めた。

 よし、効果ばつぐんだ!


 俺は顔をこするのとくしゃみで忙しいゴブリンたちを蹴飛ばしてどけると、イリスの腕を掴んで急いで立たせる。


「アタ、アタルさ……へくちっ!」

「あ、ごめん、イリスま……ひっくしょん!」


 やばい、俺たちまで食らってる!

 俺は感動の再会は後回しにして、イリスの腕をつかんでホールの入り口へと走りだした。

 でもすぐさま別のゴブリンがやってきてイリスのスカートの裾をつかんでしまう。


「きゃっ!」


 転びそうになるイリスを俺は何とか抱き留めるも、突然、背後から首に何かがぶら下がってきた。

 耳元での金切り声、ゴブリンか!?


「やばっ、くるじ……」


 まさか首を絞められるなんてっ……!

 ゴブリンの筋張ったしなやかな腕が、俺の首にしっかりと巻き付いている。

 引き剥がそうとしたら耳に鋭い痛みが走って思わず叫んだ。


「いたたたたっ!」


 耳を噛まれたのか!?

 涙のにじむ視界の中で、二匹のゴブリンがイリスに飛びかかって押し倒すのが見える。

 ああっ、もう少しだったのに……!


「キュガガギーー!」


 突然、ホール中に甲高い雄叫びが響き渡った。

 音が消え、静まりかえるホール内。

 すると一拍おいて、俺の首に巻き付いていた腕がするりとほどける。


「え……?」


 イリスに飛び乗っていたゴブリンも、急に興味を失ったかのようにひらりと身を翻してホールの奥へと駆けていった。


 いや、そいつらだけじゃない。

 動けるゴブリンたちはみんな、転げるようにして同じ方向に走って行く。まるで何かから逃げるかのように。


 逃げ……そうか!

 ケヴィンかミン婆が、五匹倒したんだ!


 俺は歓喜のあまり、飛び起きるようにして身体を起こした。


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