6.待ちに待ったみんなでランチ
「いやあ、穴に足を突っ込んで倒れた時は、もう駄目かと思ったぜ」
「俺もだよ! ケヴィンがゴーレムに殴られたと思ったし」
ケヴィンがドシンと腰を下ろしたから、俺はその横に座る。
そしてイリスは俺の隣に膝をついて行儀良く正座した。
そして俺の前には俯いてブツブツ言ってるライが膝を抱えて座って、ケヴィンとライの間にミン婆が、こちらもちんまり正座して水筒から注いだお茶をすすってる。
つまり、みんなで円を描いて座ったってわけ。
俺とケヴィンが死闘を繰り広げ、ゴーレムを無効化してから少し。
ゴーレムの横を通過したら通路が少し広くなって広間みたいになっているところがあったから、今のうちにお昼を済まそうってことになった。
ゴブリンの見回り隊が来るかもしれないけど、腹が減っては戦はできぬというか、もうケヴィンが限界だったから。
それに俺もお腹が空いてたし、ライもぐるぐるお腹ならしてるし、ミン婆も「腹が減ったのぅ」とブツブツ言ってたし。
「えと、皆様のお口に合うといいんですが……」
みんなが座ったところで、イリスが頬をピンクに染めてリュックから大きなランチボックスを取り出した。
一つ、二つ……えっ、三つも!?
これならケヴィンがいてもみんなで食べられるなぁ。
「すごいじゃん! こんなに作ってきてくれたんだ」
「はい!」
そして瞳をキラキラさせたイリスが蓋を開けてビックリ。
カラフルなサンドイッチが盛りだくさんだ。
ベーコンやチーズや玉子サラダといったベーシックな具材から、根菜のサラダやチョコクリームといった変わりダネまでものすごい種類がそろってる。
す、すごい……。
よく見ると具材がはみ出てたりパンの厚さが不均衡だったりしてるけど、そこがまた一生懸命作ってくれた感があって嬉しい。
イリスって可愛いのに性格も良くって、本当【聖女】にぴったりの良い子だよなぁ。
「美味そうじゃねえか! さっそくいただこうぜ!」
「ほう、これならこの歯の悪い婆でも噛めそうじゃわい」
「いた、だき……ます……」
みなが待ちきれず、さっそくサンドイッチに手を伸ばし始める。
俺はじゃあ、ベーコンとチーズのやつをもらおっと!
「こんなにたくさん、作るの大変だったろ? ありがとな。じゃ、いただきまーす!」
思い切りかぶりつきながら、みんなはどの具材にしたのかと見てみると、ミン婆は玉子サラダかな? ケヴィンは鶏肉みたいなのが入ってる豪華なやつだ。
さすが食いしん坊ケヴィン、サンドイッチはふた口で消えた。
と思ったら、もぐもぐという咀嚼がピタッと止まる。
「ぶっほ!」
ケヴィンが急に吹き出した。
そして派手に咳き込む。
ミン婆もしわくちゃな顔をさらに梅干しみたいにシワを寄せて、慌ててお茶を飲んでる。
二人とも、どうし……くっ、なっ!?
「かっら! なにこれ!?」
強烈な酸味と共に、舌が痛いほどの辛さ!
口の中に火がついたみたいだ。
咄嗟に吐き出そうとしたけど、イリスがビックリした顔でこっちを見てるのに気づいて、気合いで飲み込む。
……ゴックン。
「うっ、むっ……くうぅぅ………は~、な、なんか辛くない? これ」
辛さで涙目になりながらイリスに問うと、イリスは戸惑った様子で自分も一つサンドイッチを手に取り、小さく囓る。
「……あっ、かっ、辛いです!」
イリスの白い頬から耳まで一気に赤くなり、大きなパープルの瞳に、みるみる涙がたまる。
「ほら、お水飲んで! なんだ、イリスが激辛好きなのかと思ったけど、違うのか」
「す、すみません、ホットソースのせいですね……」
さっきまでの嬉しそうにキラキラしていたイリスはどこへやら。
背を丸めて俯いてしおしおになってしまったイリスが、膝の上にぽとりと涙をこぼしながらつぶやいた。
「具材は昨夜のうちに、給仕係のかたに教えていただきながら一緒に作ったんですが……パンに挟むのは今朝、私一人でやったんです。その際にマヨネーズとマスタードを混ぜてパンに塗ると教わっていて……」
「マヨネーズとマスタードか。それで?」
なるほど、確かにちょっとお高めのオシャレなサンドイッチを食べるとマスタードが入ってたりするよな。
でも……さっきの激辛がマスタードだとは思えないんだけど。
「マヨネーズとマスタードの瓶を運んでいて落としてしまいまして……代わりにお酢と、おじさまの秘蔵のホットソースを使ってみたんです。酸味のあるものと、辛いものなら良いのではと思いまして」
「な、なるほど……【司祭】さまって、辛いものが好きだったんだね……」
俺なら絶対にやらない危険なアレンジだよ、それは……。
料理が苦手な人ほどアレンジをしがちって、どこかで聞いたことがあるな。
でもそんなこと、しおしおのイリスには言えない。
「ふう、口の中が大火事じゃ! 辛すぎて危うくポックリいくところじゃったわい、ふぉっふぉっふぉ」
「ポックリって……ミン婆の場合、笑えないんだけど」
「ミン婆さま、すみません……」
そしてケヴィンは一気にサンドイッチ一個分を口に入れてしまったからダメージが大きかったのか? まだむせているけど、ヒーヒー言いながらやっとのことで口を開いた。
「はぁ~、こいつぁ、南方の民族料理で使われる有名な激辛調味料、ハバネロじゃねえか?」
「へえ、よく知ってんじゃん。食べたことあるの?」
「ああ、うちは【料理人】の家系だからな、特に姉貴がいろんな地方の料理を研究してて試作品をよく食わされたもんだ」
「そうなのか、【料理人】の……ええええっ!? ケヴィンって【戦士】の家系じゃないわけ?」
ケヴィンの立派すぎる体躯からして、てっきり家族も冒険者なんだと思ってた。
【料理人】の家系に生まれて二メートル超えの身長ってどゆこと?
「俺んちは両親とも【料理人】だぜ? 爺ちゃん婆ちゃんもな。だから小さい頃から厨房を手伝わされてたんだが、いかんせん絶望的に不器用でなぁ……そんで【料理人】には転職しないだろうって言われてたら、その通りになったってわけだ、がははははっ」
なるほどねぇ……。
そういや不器用すぎて武器が使えないって言ってたもんな。
でもまさか【魔法使い】になるとは、ご両親も思ってはいなかっただろうよ。
「ハバネロってこんなに辛いのかぁ、ビックリしたなぁ」
「量が多過ぎんだろ、少しずつ使うもんじゃねえか?」
「そうなんですね……朝、パンを切るのに手こずってしまって時間がなくなってしまい、味見をしなかったもので」
ちょ! アレンジするなら味見は必須だろ!?
しかも待ち合わせ場所には早めについてたじゃん!
と思ったけど、イリス相手に言えるわけがない。
しかも今はしおしおだ。
もしかしてイリスって……ちょっと天然?
それに料理が苦手って言ってたの、本当だったんだなぁ。
そんなところもまた可愛らしいんだけどさ。
「え~っと、まあ辛いのが嫌いなわけじゃないから、ソースの部分を少し取り除けば食べられるかな」
俺は一口しか食べてないサンドイッチのパンを剥がしてみる。
そしてから絶望した。
パンの内側の大部分を真っ赤なソースが占めている。
しかも時間が経ってるから、すっかりしみこんでいた。
それなら具材は? と見れば、具材にもべったりと赤いものが付着していた。
これは……無理だ……。
俺は天を仰いで溜め息をつく。
イリスの手前、辛いのは嫌いじゃないって言ったけど、実はどっちかというと苦手な方なんだ。
う~ん、具材ならいけるか? でもうっかり吹き出しでもしたら、またイリスが悲しい顔をしちゃうよなぁ。
隣のケヴィンはどうしているかと思いきや、自分のリュックから保存食の干し肉の塊を出して囓りだしていた。
ミン婆もいつの間にやら自分の風呂敷から小さなバナナを出してもぐもぐしてる。
「ミン婆、ダンジョンにバナナなんて持ってきてたのか……バナナって食事なわけ? おやつか? バナナはおやつに入りますか~ってか」
「バナナは野菜だそうですから、おやつではない気がしますね……」
「え、野菜なの?」
イリスは何でも知ってるなぁ、なんてビックリしてたら、視界の隅でライがサンドイッチに手を伸ばしてるのに気づいた。
「あ、ライ、そのサンドイッチ……!」
慌てて止めようとして、ビックリした。
目の前で、ライがパクパクとサンドイッチを口に運んでいる。
しかもよく見れば、ライの前のランチボックスだけ半分以上、空になっていた。
「なっ……」
「ラ、ライさま、無理はなさらず!」
俺とイリスが絶句する中、ライは綺麗なピンク色の唇に赤いソースをつけながら、美味しそうにサンドイッチを食べている。
「ライ、辛くないの……?」
「……味は、分からないけど……美味しい、気が……おなか、すいてるし……」
美味しい!?
あの激辛サンドが!?
驚いて俺がのけぞっていると、イリスが「あっ」と閃いた声を上げる。
「先ほど私が奇跡を使ったからですね! それで味覚が消えて辛さを感じないんじゃないでしょうか?」
「ああっ、それか! なんだ、辛いのが平気なわけじゃないのか……味がしないってデメリットだと思ってたけど、ライはお腹が空いてたみたいだし、今回は役に立ってるね」
「そ、そうですね……良かったです、ライさまにだけでも食べていただけて」
そう言うイリスはライを少し潤んだ目で見て微笑むもんだから、俺の胸が一気にざわついた。
ちょ、ちょっと待ってよ!
ライはイリスの奇跡で辛さを感じないだけなんだぞ!
別にイリスのサンドイッチを「誰も食べないからかわいそう」とか、そういう思いで食べてるわけじゃないんだからな!
くっそ~、俺だってイリスにそんな目で見られたい!
「よし、俺ももう少し頑張ってみるかな! ほら、イリスは俺が持ってきた保存食でも食べなよ」
俺は雑貨屋トゥドーの定番商品、乾燥パンと干しぶどう&干し肉のセットをイリスの膝にのせてあげて、俺は気合いを入れてサンドイッチを両手に持つ。
行くぞ、ここで食べねば男がすたる!
「んぐっ、んんっ……ぐふっ!」
あまり噛まずに飲み込めばイケると思いきや、口の中に入れた途端、じゅわっとホットソースが染み出てくる。
イリス、ソースつけすぎだからぁ!
「アタルさま、もういいですから!」
「だっ、だいひょぶっ……ぐあああっ!」
そのあとしばらくの間、辛さにのたうち回ったのは言うまでもない。
はあ、俺もゴーレム戦で怪我でもして、イリスに治してもらっとけば良かったよ……。




