3.開戦、ゴーレム!
「やばっ……」
「アタル、逃げるぞ!」
ケヴィンはすぐさま倒れた盾を拾う。
しかし、その瞬間。
ドゴォォン!
しゃがんだケヴィンのすぐ真上、ゴーレムのあの丸太のような拳が壁にめり込んでいた。
「は、はやっ!」
俺とケヴィンが驚いて固まる中、ゴーレムは腕を引き、再び振り上げる。
さっきまでのっしのっしと歩いていたスローペースはどこへやら。
戦闘モードに突入したゴーレムは、その巨体の割にびっくりするほどのスピードで動き始めた。
「先に逃げろっ、すぐ行く!」
そう叫んだケヴィンは避けるのを諦めたのか、盾を両手で構えた。
俺が何か答えるより先に、そのケヴィンの身体が吹っ飛んで壁にぶち当たる。
「ぐあっ!」
「ケヴィン!!」
壁にたたきつけられ、ずるずるとしゃがみ込むケヴィン。
ケヴィンの持つ大盾は真ん中がベッコリと凹んでいる。
俺はザアァッと音を立てて、全身の血の気が引いていく。
このままじゃ、マズい!
「ケヴィン、避けろ!」
俺の叫びに、ケヴィンは盾を投げ捨てて横に転がる。
その直後、さっきまでケヴィンが座り込んでいた床に、ゴーレムの巨大な拳が突き刺さった。
割れた石畳の破片がはじけ飛ぶ。
やばい、超やばい!
ゴーレム舐めてた!
こんなの、どうやって逃げればいいわけ!?
俺は転がったケヴィンの太い腕を取り、早く立たせようと引っ張る。
「ケヴィン、はやくっ……」
「アタル、危ねえ!」
ケヴィンの重さに悪戦苦闘していたら、急にケヴィンの腕に振り払われ、俺は尻餅をつく。
間髪入れずに顔面に強風が吹き付け、俺は思わず目をつむった。
ドゴォォン!
「……ひっ!」
地面についたケツからすさまじい振動が駆け抜ける。
目を開けて息を飲んだ。
視界が茶色っ!?
いや、これは……ゴーレムの腕か!
恐る恐る下を見れば、尻餅をついて開いた俺の股すれすれに、あのゴーレムのぶっとい腕が突き刺さっている。
股間がヒュッと寒くなった。
「た、助かった……」
けれども安堵してる暇はない。
ゴーレムはすぐさまその腕を引き抜き、そして振り上げる。
「ひぃぃぃぃっ!」
今度こそ潰される!
俺は人生最悪の情けない声を上げて、両手を顔の前にかざしたけど、なぜかゴーレムはくるりと身体の向きを変える。
そしてズシィィィンと足を踏み出した。
……あれ? ケヴィンを狙ってる?
助かった……。
俺は玉を潰されかけた衝撃か、身体全体が小刻みに震えちゃってなかなか立てない。
その間にもゴーレムは逃げるケヴィンを狙って拳を振り下ろしていた。
ケヴィンは俺より力も強いし運動神経も良いけど、足は遅い。
なんとか床を転がって避けてるけど、ギリギリすぎて立ち上がって逃げ出す余裕はなさそうだ。
こんなんじゃ、避けきれなくてケヴィンにぶち当たるのも時間の問題だ。
まずはケヴィンが、立って逃げ出す隙を作らないと……!
俺は投げ捨てるようにリュックを下ろし、外側にぶら下げていたボーガンを手に取る。
そしてケヴィンに向かって拳を振り下ろそうとしているゴーレムに向かって、トリガーを引いた。
立て続けに、二回。
シュパッ、シュパッ!
さすがにこの距離で、この巨体相手なら外さない。
ミン婆の言うとおりだな、当たらなきゃ的に近づけ、だ。
射った矢はゴーレムの脇腹と、振り上げた二の腕に命中した。
だが、しかし。
ドゴォォォン!
ケヴィンは今回もごろんと転がり、ギリギリで拳を避ける。
「なんで止まんないんだよ! コアを狙わなきゃダメなわけ!?」
でもコアはこの分厚い巨体の胸の奥、中心にある。
そんなところまではボーガンでも届かない。
……そうだ、そうだよ!
だから俺はスキルを使おうとしてここまで来たんじゃないか!
「ケヴィン、もう少しだけ逃げ回ってくれ! スキルを使えないかやってみるっ」
けれども、スキルを使うにはゴーレムのうなじの魔力紋を見る必要がある。
まずは背後に回らないとだけど、ゴーレムが大きすぎて横をすり抜けるのは……。
俺は心臓が口から飛びだしそうになるのを唾を飲み込んで耐え、ゴーレムに向かって足を踏み出した。
ここはもう、強引にいくしかない。
俺はリュックはそのままに、ボーガンだけはしっかり持ち直す。
「アタル!?」
ケヴィンの驚きの声を背に、俺はケヴィンをロックオンしているゴーレムの顔を見上げる。
土塊でできた分厚すぎる胸部と、その上に突き出た頭。
目は暗く輝く赤い石で、鼻も口もない。
それなのに、頭付近から「ウォォォォ」と地響きのようなうなりが聞こえてくる。
ああもうっ、怖いなあ!
「あああああっ!」
俺は叫びながら、ゴーレムの足元に飛び込んだ。
頭からスライディングし、なんとかゴーレムの股の下をくぐる。
急いで身体を起こして振り返れば、ゴーレムはそのままケヴィンに対峙していた。
よし、これで後ろに回れたぞ!
ゴーレムが床を殴る振動で足元がふらつく中、俺はゴーレムの背中を見上げる。
俺がスキルを使うには、この馬鹿でかい背中をよじ登ってうなじにある魔力紋を見つけるしかない……。
でも多少の凸凹はあれど、突起なんて何もないこの背中をどうやってよじ登れと!?
「何かつかむものが……あっ」
目に入ったのは、ゴーレムの腕に突き刺さっている俺が射った矢だ。
ボーガンの矢はミン婆の手作りの矢と違って太くて頑丈だ。そして今は至近距離で撃ったからけっこうしっかり突き刺さっている。
俺は再びボーガンを構えて、その広すぎる背中に連続で射る。
なるべく散らばせて。
やっぱり今回も、ゴーレムはまったく反応しない。
ゴーレムは痛みを感じないのか? それとも俺は眼中にないってわけ?
俺はボーガンを投げ捨てると、ゴーレムの背中に突き刺さった矢につかまってその背中をよじ登り始めた。
「うわっ、くっ!」
いくらボーガンの矢が頑丈とはいえ、ただの棒だ。手はまだしも、足を引っかけるのがなかなか難しい。
しかもゴーレムはケヴィンを攻撃するために腕を振り上げ、そして振り下ろすというのを繰り返している。
そのたびに俺は振り落とされそうになって腕だけでぶら下がることしばし。
もう腕がちぎれそうだ……。
でも急がないと、ケヴィンに攻撃が当たる!
焦りながら何とか半分以上登って、あと少しでゴーレムのうなじが見えるというところまできた。
しかしそこで俺は衝撃的な事実に気がつく。
「え、うそだろ……」
ああああっ! 俺のバカっ!
すぐ下からボーガンを撃ったから、丸まった肩付近には矢が一本も刺さっていない……。
あとちょっとだってのに!
今から下りてもう一度ボーガンを使うか?
でも結局、下からじゃ良い場所には刺さらないよな?
そもそもそんなことしている間にケヴィンは……。
そんな風に高速で思考を巡らしていたら、鈍い音とともに、ケヴィンの苦しげな声が聞こえた。
「あああっ! ……ぐっ……うぅ……」
まさか、あのパンチを受けたのか!?
俺は背筋が凍る。
急がないと!
俺はダメ元でゴーレムの背中の向こう、うなじを見上げる。
あとちょっとだ。あとひとつ、矢が刺さってさえいれば……。
「あっ……!」
瞬時に思い出した。
そう、俺はライに借りたナイフを持ってるじゃないか!




