1.ライの家宝を取り戻せ!
「待つんじゃ。そこを曲がった先に吹き矢のトラップがあるでな」
ケヴィンが、肩に乗るミン婆の指示で慎重にトラップの場所まで行き、ミン婆が背中に背負った風呂敷から道具を出して解除する。
ライの家宝の剣を取り戻すために歩き出して三十分も経ってないのに、もうこれで三度目だ。
「罠が多いなぁ。これ、ミン婆以外の【シーフ】と一緒だったら、半分くらいは食らってるってことだよね」
「そうですね、もしあのときミン婆さまが仲間になってくださらなければ、ヨーゼフさまと来ていたかもしれません。そうしていたら半分以上は……」
想像するだけでゾッとする。
まあ、ミン婆がいなけりゃ、スライムに襲われたときに俺はナイフを使って足を切ってただろうし、ライを見つけたときだってライに切りつけられてただろうな。
つまり、みんなミン婆に助けられてるってわけ。
さすがうちのパーティーで唯一のベテランだぜ。
それでもなかなか実感は湧かない。
ケヴィンの肩に乗ったまま、カチャカチャといとも簡単にトラップを解除するミン婆。
その背中のちっちゃさよ!
歳を取ると背が縮むっていうけどさ……百歳以上だからって、こんなにちんまりするもんかね?
もともと小柄なのかな? それが長年生きているうちに縮まったとか?
まあ百年以上生きてればそれなりに縮むか……そういやライがエルフだってこともすぐに見破ったし、さすが年の功だよなぁ。
もしかしてエルフって、ミン婆が若い頃には多少は人間の町に来てたのかね?
今はエルフに限らず人間以外はまず見ることがないからなぁ。
この世界にはエルフの他にも、ドワーフやハーフリングや獣人なんて種族がいるけど、今はドワーフは鉱山の奥深くに独自の文明を築いて引きこもってるし、ハーフリングも人目を忍んで自然豊かな山奥に……あれ、そういや、ハーフリングって背が小さい種族だよな。
人間の半分くらいの身長で、身軽で警戒心が強いから、大昔は主に【シーフ】として活躍したっていうけど……。
「【シーフ】として、活躍?」
つぶやきながら、俺は再び歩き出したケヴィンの肩の上、ミン婆の丸まった背中を見つめる。
ミン婆がハーフリングなら納得のサイズだな。
でもさすがにそれはないかぁ、ハーフリングが人間の前に姿を現さなくなったのは、エルフと同じ魔王侵攻時代が終わる二百年以上前らしいし。
それはエルフをほぼ絶滅まで追い詰めた魔王が、今度はハーフリングに目をつけたからって言われてる。
「あっ、もしかしてミン婆のご先祖さまにハーフリングがいたりして? それで隔世遺伝で……なるほどね、そういうことかも」
「アタルさま? どうかしましたか?」
いつの間にか口に出していたみたいだ。
俺は「いや、たいしたことないよ」と首を振る。
そういや、さっきもこんな感じでイリスに話しかけられて、お昼を食べようかって話になってたんだっけ。
「なあケヴィンとミン婆、安全そうな場所が見つかったら昼飯にしない?」
「そうでした! ライさまが増えましたが、サンドイッチはたくさん作ってきたので大丈夫です」
サンドイッチという言葉に、俺の前を歩いていたライの肩がピクリと動く。
ライは大怪我をしていたし、俺たち以上にお腹が空いてるんだろうな。
しかし一番に賛成すると思っていたケヴィンが、渋い声を出した。
「う~ん、そいつはいい考えだが……ちっとばかしタイミングが悪いぜ」
ちょうど通路の曲がり角をのぞき込んでいたケヴィンは、ボリュームを落とした声で言う。
ミン婆も「ふうむ、わしも腹が減ったんじゃが」とぼやく。
「え、まさか、モンスター?」
慌てて声を潜めると、ミン婆がこちらを振り返る。
「ゴーレムじゃよ」
「へえ、ゴ……ゴーレム!?」
ビックリして声を上げてしまってから、慌てて口を塞ぐ。
ゴーレムに聞かれたかな……。
ドキドキして数秒待つも、ケヴィンとミン婆はそのまま角の向こうを見ているから、大丈夫だったみたい。
「ゴーレムって、あの土でできたでっかい化け物だよな?」
「そ、そうですね。動きは鈍いですが、ダメージがなかなか通らない上にとても怪力だと聞きます。以前にBランクのパーティーに入れていただいたときに一度だけ遭遇したんですが、【戦士】のかたが二人がかりでやっと倒していました……」
「Bランクが二人がかりか……」
冒険者になる予定のなかった俺でも、ゴーレムがどんなやつかくらいはだいたい知ってる。それくらいの有名人、ならぬ有名モンスターだ。
めちゃデカくて、のろいけど怪力で、超こわい。
それが俺のゴーレムのイメージ。
俺は足を忍ばせてライの横を通り、ケヴィンの巨体の脇から頭だけ覗かせる。
すると通路を曲がっただいぶ先、のっしのっしと身体を揺らして歩く大きなシルエットが見えた。
予想以上にデカいな……身長が二メートル近いケヴィンの、二回り以上は大きいんじゃないか? デカすぎて通路をほぼ占めてる。
「ゴーレムの急所は胸の中心に埋まっとるコアと呼ばれる生命装置なんじゃが、わしの弓では中まで届かんのぅ」
「ゴーレムってのは土でできてんだろ? そんなら俺のファイアボールも効かねぇよなぁ」
「ふぉっふぉっふぉ、そうじゃなぁ。火で乾燥すれば土はもろくなるがの、ファイアボールではせいぜい手足を崩す程度じゃな」
ミン婆とケヴィンの会話を聞くにつれ、マズい状況だと分かってくる。
「じゃあどうやって倒せばいいんだ? あっ、ライのスキルで? ……って、ナイフじゃ、あの分厚い胸の中心を突くなんて無理だよなぁ。そうなると倒す方法がないような……」
「そうですねぇ。しかし、ここを通らないとなると、あのダンジョンの床が崩れたところまで戻るしかないですが……」
イリスも悩ましげに答える。
ここまでの道のりで枝分かれはあったものの、ミン婆の指示で片方を少し進んだら引き返してもう片方も進む、ってのをやってて、片方はすぐに行き止まりになっていたから他に進める道はない。
ちなみに、そのうちの一個に宝箱があって喜んだけど、ミン婆に宝箱のふりをするモンスターのミミックだって言われて諦めたのは苦い思い出だ。
だから進んでいない道は、スタート地点の反対方向だけ。
ライが意識朦朧としながら見たゴブリンの行き先を追ってここまで来たわけで、ライの家宝を思えば戻る選択肢はないわけだけど……。
「戦うとすれば、やはり一番可能性が高いのはライさまのナイフでしょうか。スキルでコアを狙ってまっすぐに突き刺せば、あるいは……」
イリスが難しい顔でそう提案するも、ライはふるふると首を振る。
「ぼ、僕のスキル……切られないと、使えない……血が、出ないと……」
「切られないとって? あ、そうか、肉を切られないとスキルが発動しないってことか!」
そうか、スキル名が<肉を切らせて骨を断つ>だもんな、強力なだけに発動条件が厳しいなぁ。
ゴーレムはさっき見た感じ、武器なんて持ってなくて打撲攻撃だけだと思う。
そうなると、ライがスキルなしで胸元にナイフを突き刺すしかないわけ?
いやいやいや。
さっき、やっと死の淵から生還したばかりの寡黙な男、ライに、そんな危険な真似はさせられない。
しかも剣が苦手だって言ってたくらいだ、ナイフだって得意だとは思えない。
「よし、ダメ元で俺のスキルを使ってみよう。スライムみたいに意外な弱点があるかもしれないじゃん?」
「そんな! 危険ではないですか? アタルさまのスキルは相手の魔力紋を見ないと使えないんですよね?」
「そうだけど……ゴーレムの魔力紋ってどこにあんだろ」
すると、すかさずミン婆が答える。
「後頭部の下あたり、人間で言ううなじじゃな。ゴーレムは首が太すぎてどこから首か分からんがのぅ、ふぉっふぉっふぉ」
「良くこんな時に笑えるなぁ……首の後ろね。それなら気づかれないように近づいて使ってみる」
首の後ろなら背後から行けば見える……か?
でも俺はあんな化け物の近くまで近寄れるわけ? めちゃくちゃ怖いんだけど……。
もし見つかって攻撃されて、一発でもぶん殴られたら死ぬよ、俺。
「アタルさま、一人で行くのは危険です!」
「でもさ、他に倒す方法がないだろ?」
「ですけど……」
本当は一つだけ方法がある。
ライの家宝を諦めること。
諦めて、さっきの崩壊現場まで戻って逆方向に行けばいい。
でもそれが出口の方向なのか分からないし、もしかしたらそっちにもゴーレムがいるかもしれないけどね。
みんなも同じ思考に陥ったのか、落ち着かない沈黙が広がる。
それを破ったのは、この中で一番口数が少ないライだった。




