10.瀕死男の正体は?
土埃の発生源は、さっき俺とミン婆が下りてきた天井の穴だった。
いや、その穴がさらに広がり……。
「いててててっ、やべえ、やっちまったなぁ」
「ケヴィンさま、大丈夫ですか?」
床に積もった崩れた岩盤の上に、ここにいるはずのないケヴィンが仰向けに倒れ、その上にイリスがちょこんと正座していた。
俺は天井の大きな穴とその下の二人を交互に見て、悟る。
二人が、下に落ちてきてる!
「ええっ、なんで? ……そうか、穴が広がったのか!」
うっかりしてた……そうだよ、考えればすぐ分かんじゃん!
上のダンジョンの地面が崩れて穴が空いたんだから、その穴がさらに広がる可能性だってあるよな!?
「ケ、ケヴィン、ロープは……?」
ダメ元で聞いてみると、イリスがどいて、ちょうど身体を起こしたケヴィンが太い腕を上げる。
そこには俺が託したロープの端っこが巻き付いていた。
「ヤバイじゃん、上に戻れないよ! ケヴィンに肩車してもらったら誰か登れないかな? いや、無理か、高すぎる……」
「そうですね……肩車では届きませんね」
「俺が婆ちゃんをぶん投げてみるってのはどうだ? 失敗したら婆ちゃんが死んじまうかもしれんがな、がはははっ」」
いやいやいや、笑い事じゃないんだって……。
「困ったわい。もし仮にわしが上に届いて町まで行けたとしても、みながここに残って助けを待つのは厳しいかもしれんのぅ。わしは少しばかり足が遅い、その間にゴブリンの見回りがまた来るじゃろう」
いつの間にかミン婆と、あの瀕死男がゆっくりと近づいてきていた。
俺はミン婆の話を聞いて、上に戻る案は諦める。
「そうかぁ……とにかく上に行くのは厳しそうだし、もうこっちのダンジョンから出口を探した方がいいんじゃない?」
「ですが、ここはBランクかAランクのダンジョンでは……」
イリスが不安げに、周囲の通路の様子を見やる。
Bランク以上……つまり中級者以上って事か。確かに恐い響きだ。
ゴブリンの他にどんな敵が出るんだろう?
「まあ、落ちちまったもんはしゃあねえ、こっちから出るしかねえよな」
ケヴィンは思い切りが良い。
立ち上がって身体の土埃をパンパンとはたく。
「俺も気は進まないけど、上に戻れないんだから仕方ないよ……あ、そうだ、イリス。この人の怪我を治してくれないか? すっごい怪我だらけなんだよ」
「はい、お任せください! あ、ですが……」
「副作用があるってのは話したから、大丈夫だよ」
するとイリスはいそいそとやってきて、瀕死男の肩や手足の傷をみて「まあ」と顔を真っ青にしている。
「すぐに治しますね!」
イリスが杖を使って奇跡の祈りを捧げている間、俺とケヴィンとミン婆は、この先の計画を立てることにした。
「わくわくしてきたのぅ、わしのさび付いた冒険者の血がたぎるってもんじゃ。しかし問題は、どこを目指せば外に出られるかということじゃな」
「確かに入り口から入ったわけじゃないからなぁ……」
「とりあえずどっちかに進んでみるしかないんじゃねえか? んで、出口に出たらラッキーっつーことで」
「あ、だめだ。あの怪我してる人、大事な家宝の剣をゴブリンにとられたらしくて、取り返さないと帰らないって言うんだよ」
状況は芳しくない。
うちは戦闘能力的に初心者レベルのパーティーの上、戦闘職はファイアボールしか使えないケヴィンだけ。
それなのにBランク以上のダンジョンの、どこだか分からないところにいきなり落ちたってわけ。
さらにさらに、【戦士】らしい瀕死男は剣を無くして、大ぶりのナイフ一本のみ。そして剣を手に入れるまではダンジョンから帰らない、と。
ああもうっ、問題が多すぎるよ!
「ふう。もしこれがAランクのダンジョンだったら、全滅だよなぁ」
「そうさな。まあ、その時はその時じゃ。わしは長生きしすぎたでな、いつ死んでも怖くないわい、ふぉっふぉっふぉ」
ミン婆は年の功か、こんな時でも余裕たっぷりだ。
それで俺も少しだけ落ち着けた。
「よし、まずは整理しよう。あの怪我してた人、一人で骸骨戦士二体と戦ったって言ってたし、けっこう強いみたいなんだ。剣はないけど大きなナイフがあるから、多少は頼りになると思う」
「へえ、ひょろっとしてっから【シーフ】か【魔法使い】かと思ったぜ」
そりゃケヴィンに比べりゃだれでも「ひょろ」だよ。
でも確かに俺より痩せてんだよなぁ。背は俺より頭半分くらい高いんだけど。
いやまてよ。
あいつ、すごい猫背だから本当はもっと背が高いのかも?
「アタルさま、治癒が完了しました!」
「あ、あ……ありがと……すごい……」
ありゃ、瀕死男の変わった話し方は怪我のせいじゃなかったのか。
それでも少しは声のかすれが取れた気がする。
「良かった、ひどい怪我だったもんな。そうだ、名前を教えてくれないか? 俺はアタル。彼女がイリスで、お婆ちゃんがミン婆ね。そんで、このマッチョがケヴィンだ」
「僕は……ライ……ライ=キャステイン」
「ライか、よろしくな。ライは【戦士】なんだろ? そのナイフでもけっこう戦えるわけ?」
ライにそう問いながら、ふと疑問が湧いた。
ライはその明るいプラチナブロンドの髪をボサボサに伸ばしていて、顔の半分が分厚い前髪で覆われてるわけだけど……。
そんなんで敵と戦えるわけ?
ていうか、今も前、見えてんのかよ?
「ぼ、僕は……その……【戦士】だけ、ど……剣が得意じゃ、ない……」
「えっ、でも骸骨戦士と戦って、一体倒したって言ってたじゃないか」
「それは……スキルが……」
「お! 強いスキルを持ってるってこと?」
だが、ライは返事をすることなく黙り込んでしまった。
薄ピンクの唇をキュッと結び、かすかに顎が震えているように見える。
「ど、どうしたんだよ……」
俺だけじゃない。
ライの横にいるイリスも、ミン婆も、そして俺の横のケヴィンも、ライの次の言葉を待っている。
「ごめ……僕……ぜんぜん、強くない、か……ら……」
「いや、でもさ……」
「僕の村……【司祭】と【狩人】と【魔法使い】しかいない、のに……僕だけ、【戦士】で……」
僕だけ?
いやいやいや、【司祭】と【狩人】と【魔法使い】しかいない村なんてあんのかよ!
【商人】とか【農民】とか【料理人】とか、いないわけ?
次々と疑問が湧くが、寡黙なライが一生懸命話しているので、黙って続きを待った。
「でも、僕、力がないから……剣もぜんぜん、ダメで……一人前の、【戦士】に……ならないと、村、帰れない……」
「えっ、村に帰れない!?」
どうやらライの出身の村は、随分と閉鎖的なところみたいだなぁ。
家宝の剣を持ってるってことは、追放されたとかそこまでの扱いじゃないにしろ、一人前の【戦士】にならないと村に帰れないだなんて。
そりゃ、家宝の剣を無くしたら村に入れてもらえない、ってのも本当かもしれない。
「そうか、そういう村もあるのか、大変だなぁ」
驚きつつも、少しは気持ちが分かる。
俺も【商人】の家に生まれたのに【プログラマー】だなんて職業に転職しちゃってさ。
アンマッチ感が半端ないっての。
なんて思っていたら、いつの間にかミン婆がライの真横に立っていて、杖をひょいと持ち上げると、杖先でライの耳辺りの髪をかき分けた。
「や、やめっ……!」
「あっ……」
ライが咄嗟に振り払うも、俺には見えた。
ライの白い頬と、その横にある耳。
その耳が縦に長くて、先が尖っているのを。
「ふうむ、やはりそうか。お主、エルフじゃな?」
「は……エ、エルフぅ!?」
俺は思わず叫ぶ。
エルフって、今じゃ絶滅危惧種くらいに人口が減っちゃった、あのエルフ?
長身で美しい容姿を持った長寿の種族で、優れた【魔法使い】や【狩人】を輩出するっていう?
学校で習った歴史によると、【剣聖】オベリオが登場するより前、魔王がイケイケだった時代は、魔王の軍勢との戦いでエルフが大活躍だったらしい。
でもそのために魔王の怒りを買ってしまって、多くの村が滅ぼされてしまった……。
その後すぐにオベリオが魔王を倒したものの、その頃までにエルフは随分数を減らしてしまって、今は人里離れた山奥でひっそり暮らしているんだとか。
人間との接触も完全に絶っているから、エルフは今も本当に存在するのか? って言われてるくらいだ。
「そっか、だからライの村は【魔法使い】や【狩人】ばかりなのか。にしても、エルフって本当にいるんだなぁ」
「ううっ……ぼ、僕がエルフなの、秘密……」
「分かったよ、誰にも言わないって。みんなもそうだろ?」
話を振ると、イリスは元気よく「はい!」と答え、ケヴィンはニカッと笑って親指を立てて見せた。
そしてミン婆はというと、ウンウンと頷いて「わしはこう見えて口が堅いんじゃ」と返す。
それでライも安堵したように身体の力を抜いた。
「つまりライは自分の正体がバレないように固定のパーティーを組んでいなくって、今回はダンジョン荒らしになんか引っかかったって感じか」
それにしてもなぁ。人と交じらずに生活しているエルフが、村を追い出されるなんてよっぽどのことだ。
たった一人で心細かっただろうな……。
そりゃ、エルフだってバレたくないよな。バレたらどうなるのか良く分かんないけど、少なくとも珍しがられて騒がれるのは想像がつくしね。
「ち、ちがう……僕、弱い……パーティーに、入れてもらえない……」
「そんなに弱いのか? でも骸骨戦士と戦って勝ったんだろ?」
「……僕のスキルは強い、けど、危険で……あんまり、使えない……」
思わせぶりなその物言いに、俺はイリスと視線を合わす。
イリスも不思議そうな顔をしている。
「そのスキル、どんなのか教えてくれるか?」
「……えと、その……<肉を切らせて骨を断つ>って、スキル……」
「肉!?」
それって、ことわざだよな? えっと、確か……。
俺が考え込むと、代わりにイリスが口を開いた。
「それはつまり、モンスターの攻撃を受ける代わりに、相手に致命的な大打撃を与えるというようなスキルでしょうか?」
「……そ、そう……」
「へえ、エルフのスキルって変わってんだなぁ」
なんて関心してしまったが、よく考えれば大変じゃないか?
つまり、スキルを使う時は自分も攻撃を受けるってことだよな?
「あっ、だからライはあんなに怪我だらけだったのか!?」
「……そう、モンスターに、攻撃されたとき……スキル使う……から……」
なるほどね!
随分とリスキーなスキルだなぁ。
モンスターが強かったら、スキルの発動条件として受けた攻撃で、死んじゃうかもしれないってことだろ?
なんて俺が考えたのと同じことを、ケヴィンが口にする。
「へえ、お前みたいなほっそいやつだと、モンスターの攻撃を受けて死んじまう可能性もあるもんなぁ! 危ねぇスキルだぜ、がははははっ」
なんて、モンスターに数発殴られても倒れそうにないケヴィンが笑う。
「ぼ、僕、体力もなくて……運動神経も、わ、悪い……【魔法使い】になりたかった、のに……なんで、【戦士】に……」
「そうだよなぁ、なんでケヴィンみたいなマッチョが【魔法使い】で、ライみたいな筋力なさそうなやつが【戦士】なんだろうな」
「え、この、ひと……【魔法使い】なの……?」
ライが細い顎を上げ、ケヴィンの方に顔を向ける。
顔は全然見えないけど、なんとなく羨ましげだ。
「まったく、女神さまも意地悪するよな。ていうか、ここにいるみんな……ミン婆以外だけど、みんな女神さまに意地悪されてる仲間だから、ライも気にすんなよ」
ライが自分のスキルを気にしてるっぽいから、俺は俺の変な職業とスキルを手短に話してやった。
そしてイリスもおどおどしてたけど、自分から奇跡のデメリットを語る。
そしたらライの身体からフワッと力が抜けたようだった。きっと今まで、職業とスキルでたくさん悩んできたんだろうなぁ。
「よし、だいぶ時間くっちゃったな。まずはライの剣をどうやって取り戻すか、作戦を立てよう」
一番の目的は脱出なわけだけど。
でも、ライが村を追い出された話を聞かされて、剣を諦めろだなんて言えない。
ライはいつか立派な【戦士】になって村に帰りたいんだろう。
そのためには、どうしても家宝を取り戻さないといけないんだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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今回のお話で第ニ章完です。
進みがゆっくりですみません〜!
そしてキリ良く収めるために二章は文字数が多い回もありました……(の割にあまりキリ良くないですが)。
読むの大変ですよね、すみません〜!
引き続き更新頑張りますので、よろしくお願いします!




