8.穴の下には未知のダンジョン?
「どういうこと? ダンジョン荒らしってなに?」
ミン婆とケヴィンの会話について行けなくて口を挟むと、代わりにイリスが答えてくれた。
「ギルドの依頼を受けずにダンジョンに入ってしまう冒険者です」
「へ? そんなことして何かいいことがあるわけ?」
「ダンジョンの場合、クエスト登録をする時点で登録料がかかりますから。それに入手した宝物は一度提出して、盗難届が出ていないかや、国宝級の貴重なものがないかなどをチェックされるんです。それらは回収されるので……つまりギルドを通さなければ、その分、自分たちの取り分が増えるということでしょうね」
「あ、なるほどね、仲介金みたいなもんかぁ……って、待てよ。そのダンジョン荒らしのパーティの誰かが、この穴に落ちたってこと?」
穴をのぞき込むと、優に三メートル以上の深さがある。
仲間が助け出せていればいいけど、もしそうでないとすると……。
「ダンジョン荒らしは【シーフ】が一人でやることもあるからのぅ。だとしたら、そやつはもうモンスターに食われとるかもしれんな、ふぉっふぉっふぉ」
ミン婆、笑えないんだけどそれ……。
笑えないのはイリスも同じみたいだ。
「それは大変です! ではギルドでその旨もお伝えしましょう。そうすれば捜索隊を出していただけるでしょうし」
「へえ、ギルドには捜索隊ってのがいるのか?」
「あ、いえ、捜索用の依頼が出るんです。Bランク以上向けの依頼になるのではないでしょうか」
「えっ、依頼……」
それじゃあ俺たちが今から戻って、ギルドが依頼を貼り出して、それを誰かが受けてからここに来るってわけで……めちゃくちゃ時間がかかるじゃん!
「なあケヴィン、俺、ロープを持ってきてるからさ、少し下を見てきちゃダメか? ケヴィンにロープの端を持っててもらって、合図をしたらすぐに引き上げて欲しいんだけど」
「そんなっ、アタルさま、危険ですよ!」
「でも、誰かが怪我して倒れてるかもしれないだろ?」
なんせ、毛束についてる血はまだベットリしてて完全には乾いてない。
誰かが落ちて助けを待ってるとしたら、ギルドに戻ってる間に手遅れになるかもしれないじゃんか。
「へえ、アタル、意外と勇気あんじゃねーか。よし、俺に任せとけ!」
ケヴィンが快く引き受けてくれたものの、イリスはかなり心配顔だ。
するとミン婆がケヴィンの肩からゆっくりと滑り下りてきた。
「面白そうじゃな、わしも行くぞ。罠があるかもしれんしのぅ」
「ええっ、危ないからミン婆はいいよ」
「ふぉっふぉっふぉ、心配いらぬ。いざとなったらお主を囮にして逃げるでな」
「んなっ、ひどい!」
「というのは冗談じゃよ。もしモンスターが現れたら、この婆の弓に任せるんじゃ」
いやぁ、ぜんぜん頼もしくないんだけど……。
ミン婆は歯の少ない口を開けて笑いながら、背中の弓を指さしている。
あの手作り感あふれる、ちっこい弓を。
もしかして危険そうな下のダンジョンを見て、昔の血でも騒いじゃったのか?
ま、一人で行くよりは心強いからいいかぁ。
俺がリュックからロープを出すと、ミン婆はさっさとそれの端を取り「よいしょっと」と言いながら自分の腰に巻き付けた。
「先にわしを下ろすんじゃ。罠がないか確認が済んだらアタルじゃぞ」
「あいよ。気をつけろよ、婆さん」
「ミン婆さま、お気をつけてくださいね……」
ケヴィンがゆっくりとミン婆を下ろしていく。
少しして下についたミン婆の、コツコツと杖をつく音が遠ざかっていった。
そんな音を立てて歩いて平気なのか?
とヒヤヒヤしていると、しばらくしてのんびりと戻ってきて、下から反響して間延びしたミン婆の声が届いた。
「近くには罠もなくモンスターもおらんな。しかし血の跡があるぞ」
「やっぱり! 今行くよ」
「アタルさまもお気をつけて……」
「うん、ありがと。じゃあケヴィン、よろしく」
俺はイリスとケヴィンに見送られ、ロープにつかまって下りていく。
すると意外や意外、すぐ下の崩れ落ちて山になった岩盤と、そこから少し離れたところに立っているミン婆がうっすらと見える。
それで光石灯を持って来るのを忘れたことに気づいた。
「明るい……なんで?」
「通路に灯りがあるんじゃよ。やはり中級者以上向けじゃな」
「そういうもんなの?」
「そういうもんじゃ」
さすがベテラン、ミン婆は分かってたってことね。
通路は床も壁も天井も、灰色の石造りだ。
そしてその壁には遠い間隔ながらも、簡素なランプがつけられていて灯りが揺れている。
中級者以上向けのダンジョンはこんな感じで灯りがあるってことなのかな。
しっかし、誰がつけてんのよ、これ。
魔王なのか? 暇人かよ……。
一定時間でダンジョンが復活することといい、不思議な力が働いてんのかねぇ。
「さて、さっさと血の跡を追うんじゃ」
そう言ってちまちま歩むミン婆は相変わらずリクガメ速度だけど、ここは慎重に進むべきだから文句は言わない。
ミン婆の弓と同じく手作り感のある小さな杖が、コツコツコツと音を刻む。
やっぱりこの音が気になるなぁ。モンスターがいたら気づくだろ?
俺はポタポタと滴る血の跡を追いながら、不安が胸に広がっていく。
あ~、なんでこんな大胆なことをしたんだろ。ミン婆と二人で中級者以上向けのダンジョンに侵入だなんて。
でもさあ、誰かが死にそうになってんなら助けたいじゃんかぁ……。
「ふむ、モンスターが出る前に見つかって良かったのぅ。あそこにおるのがそうじゃろ」
ミン婆が足を止め、通路の先を指さす。
まだだいぶ先、ちょうどランプとランプの間の薄暗いところに、何かがうずくまったようなシルエットが見えた。
「あれか……ミン婆、この辺に罠ある?」
「ここにはないのぅ。もう少し先にゆけばあるが」
「じゃあ俺が見てくるから、ミン婆はここにいてくれ」
もしかしたら人じゃなくてモンスターかもしれないし。
まあ、そうだとしたら仮に俺が囮になっても、ミン婆のリクガメ速度じゃケヴィンのロープまで逃げられないだろうけどさ。
なんて思っていたら、さすがベテランのミン婆。
俺と同じことを考えたみたいで、「よっこらしょ」と言いながら弓を手に持ち、矢をつがえてる。
「ミン婆、無理すんなよ。危なそうだったら先に逃げていいから」
「ふぉっふぉっふぉ、男前じゃのう、この婆を惚れさせる気かの? ほれ、わしのことはいいから、はよ行け」
「はいはい」
俺はなるべく足音を立てないように、そのうずくまったシルエットに近づいていった。 念のため、バッグからナイフを取り出して鞘を抜いておく。
鼻をつく嫌なにおい。
血だ……。
近づくに連れ、薄暗いながらも相手の様子が見えてきた。
壁を背に座り込んで、足の間に頭を垂れている。
深緑っぽい暗い色のローブを羽織っていて、右肩当たりが広範囲に黒くなっていた。滴る血の出元はあそこか?
そして履き古された革のロングブーツは先が細くてちょっとオシャレで、そこそこ高そう。少なくともモンスターが履くものには見えないな。
「もしもーし?」
恐る恐るかけた俺の声には無反応。
もう二メートルもない。
まさか、死んでるのか……?
だとしても、身元が分かりそうなもんくらい持って帰った方がいいよなぁ?
そう思って、ゆっくりと慎重に近づいていった、そのとき。
うずくまったその人がバッと身体を起こすのと同時に、目の前を何かが横切ってカキィィィンと硬い音が続く。
「わあっ!」
俺は驚きすぎて後ろに倒れ込んだ。
「ななな、なに!?」
座り込んだ俺のすぐ横に、コロコロッと矢が一本転がった。
目の前には、俺より大きくて立派なナイフを構えている……女? 男? 長すぎる前髪で顔が半分隠れてるから分からないけど、とにかく、怪我人が一人。
つまり、ミン婆の矢がこの人のナイフに当たって、俺を助けたってわけ?
「あ、わ……あなた、人? ごめ、なさ……モンスターかと……」
低く掠れた声が耳に届いた。
声の感じからして男っぽい。
「ああ、うん……人間だよ。ダンジョンの床が崩れてたから、誰か取り残されてるんじゃないかと思って探しにきたんだ」
「え……マルグって、人に……頼まれた、んじゃ……?」
その声には意外そうな響きがあった。
華奢で色白すぎる顎が、かすかに震えている。
出血が多そうだし、だいぶ疲れてるっぽいな……大丈夫か?
「マルグとやらは、お主と共にダンジョンに入ったやつかの? であれば、そやつはお主を見捨てて逃げよったぞ」
気づけば俺のすぐ横までミン婆が来ていた。
そして落ちた矢を拾って、傷がないかチェックしてるのか、しげしげと眺めてから背中の小さな矢筒に差し込む。
「みす、てた……? う、嘘だ、助けを呼んで、くるって……」
「ダンジョン荒らしじゃからのぅ、ギルドに行くわけもなし、助けを呼ぶ当てなどなかろうよ」
「ダンジョン……荒らし……?」
「違うのか? 俺たちはギルドでちゃんとクエスト登録してきたんだぜ、つまり君たちはクエスト登録せずにダンジョンに入ったってことだろ?」
「そっか……荒らし……僕はただ、【戦士】を探してるって、言われ……て……」
錯乱してるのか、体力が消耗しすぎてるのか、もしくは元からこういうやつなのか?
その怪我人はぼそぼそと途切れ途切れにつぶやくもんで、中々要領を得ない。
「もしかして、ダンジョン荒らしだって知らないでパーティーに参加したってこと?」
すると、こくりと頷く。
そうか……かわいそうに、騙されたんだなぁ。
その上、ダンジョンに取り残されるなんて最悪じゃん。
それにしてもこいつ、俺より痩せてるように見えるけど【戦士】なのか?
「まあ、無事で良かったよ。一人で歩けるか? 仲間がロープで引き上げてくれるから、一緒に町まで帰ろうぜ」
立ち上がるのを助けようと手を差し出すと、相手はナイフを引っ込め、白くて骨張った手を出す。
だがそこでピタッと止まってしまった。




