7.ミン婆の嫌な予感
「あ~、なんか腹が減ってきたぜ」
「まだお昼には時間がありますね……」
「ケヴィンが化けキノコを焼きまくるからだろ」
「化けキノコ、食えねえかな?」
「え~? 毒があるからやめときなよ……調味料セットならあるけどさ」
スライムの大群に襲われた後。
しばらく進むと通路が広くなって、大きなキノコが密集した場所に出たかと思うと、今度は化けキノコが襲ってきた。
化けキノコっていうのはミン婆くらいの大きさのキノコ型のモンスターで、頭の傘にある胞子に毒があるから接近戦は危険だ。
けれども群れる習性はないらしく一匹ずつ出てきたから、ケヴィンが盾ではじきながら呪文を詠唱して、みんな丸焦げにしたから超楽勝だ。
「化けキノコの弱点は火で特に意外性はなかったなぁ。毒の種類が生息場所によって変わるっていうのは知られてないみたいだけど……なんの役にも立たないし」
ケヴィンが化けキノコを盾ではじいてる間にスキルを使ってみたところ、今度はスライムよりソースコードが多かった。噛みつきウサギと同じくらい?
それに上にスクロールすれば、スライムと同じくステータスが定義されていたのも同じ。
やっぱり、すべてのモンスターがプログラミングで作られてるってことなのかなぁ?
できれば出会うモンスター全部にスキルを使ってみたい。
もっと知性の高いモンスターの場合、どんなことが書かれてるのかとか、それぞれのステータスの違いも気になる。
それにしても、もし本当に魔王がプログラミングしてモンスターを作ってるんだとしたら……ひょっとしてそいつも俺と同じように異世界転生してきたのかな? そんで、前世ではプログラマーだったとか。
いやいやいや、仮にそうだとして誰が異世界転生させたんだよ!
魔王の上にもさらに悪のCEO的な存在がいるとか?
なんてスキルや魔王について考え込んでいたら、後ろにいたイリスがキラキラした瞳で俺の顔をのぞき込んでいた。
「えっ、な、なに?」
「もう少し進んで少し休めるところがあれば、少し早めの昼食休憩にしましょうか? 私、皆さんにサンドイッチを作ってきたんです」
「サンドイッチ!? マジで?」
どおりでイリスの背負ってる荷物が大きいわけだ。
って、人のこと言えないけど。
「私、実家を出てから家族で食事をしていないので……皆さんと食べるのを楽しみにしていたんです」
イリスがちょっと頬を染めて、恥ずかしそうに足元を見て言う。
その仕草がめちゃ可愛い!
この洞窟の地味で不気味な雰囲気が吹き飛ぶ勢いだ。
「お、俺も超楽しみだよ!」
そんなに楽しみにしててくれたなんてなぁ!
いやあ、今までのパーティーがそんなに楽しくなかったってことかな?
やっぱりスキルのせい?
「実家は遠いの? 家を出てどんくらい?」
さぞ実家が恋しいんだろうと思ってそう聞いたんだけど、なぜかイリスは視線を泳がせ、気まずそうに肩に垂れた髪を指先で梳く。
なんで?
もしかして、家族と上手くいっていないとか?
「ええと……十五歳になってすぐ出たので、もう半年でしょうか。実家は王都にあるんです」
「王都! へえ、都会じゃんか。帰れない距離じゃないけど、そこそこ遠いか」
王都はここからだと町二つ、馬車なら二日ほど、徒歩でも五日あれば着く距離だ。めちゃくちゃ近いわけじゃないけど、半年の間、一度も帰らないってのは……どうなんだろ?
俺の両親だったら、絶対もっと頻繁に帰ってこいってうるさいよなぁ。
それに王都出身ってことは、やっぱりお嬢さまなんかね?
イリス自身が【聖女】で、【司祭】さまが叔父さんだから聖職者の家系なんだろうし。
「おじさまともたまに食卓をご一緒するのですが、お忙しいので……家ではだいたい一人で食事をしていまして」
「えっ、一人でご飯食べてんの? 【司祭】さまは奥さんとかお子さんはいないわけ?」
「奥様は数年前に亡くなられて、お子さまは二人とももう独立してますね」
そうなのか……【司祭】さまも大変なんだな。
こんな可愛い姪っ子なら、本当は一緒にご飯を食べたいだろうに。
ていうか。
なんか実家のことを話してたのに、話をそらされたような気がする。
ちょっと気になりつつ、イリスが話したくないのなら無理に聞ききだすのも悪いよな。うちは両親と仲がいいけど、そういう家ばっかりじゃないだろうし。
「じゃあ、今日はみんなでイリスのサンドイッチをいただこうかな」
「はい! えっと、料理は得意ではないのですけど、給仕係に教えてもらって作りましたので」
恥じらいながらそう言うイリスは、再び頬を紅潮させて嬉しそうだ。
俺まで嬉しくなってくる。
それなら昨日、みんなで夕飯を食べたときも嬉しかったのかなぁ?
「俺、保存食しか持ってこなかったから助かったよ。母さんにおにぎりを持って行くかって聞かれたんだけど、重くなるからさぁ。父さんも母さんも心配性でどっさり店の売りもんを持たされちゃってね」
なんて浮かれてたら、急に岩のようなケヴィンの背中に激突してしまった。
「いでっ」
「ああすまん、こりゃこれ以上進めねえなぁ」
「ふうむ、残念じゃがここまでか。落とし穴というわけではないようじゃがのぅ」
「ここまでって、なんで?」
ケヴィンの巨体の横から顔を覗かせて見れば、少し先の地面が陥没して大きな穴になっていた。
その穴は通路全体に広がっていて迂回もできないし、頑張って助走をつけてジャンプしても、向こう岸に届かなそうな大きさだ。
「うわ、でっか~……これじゃジャンプは無理だしなぁ、穴が浅ければ一度中に下りて向こうに行くってのはどうかな?」
初ダンジョンゆえに諦めきれない俺が粘ると、ケヴィンがよく見えるように光石灯を掲げ穴に近づいていく。
「この高さじゃ、下りたら登れねえぞ」
「そんなに深いの? なんだあれ、すっごい人工的な床……」
遥か下、光石灯に照らされて、崩れた岩盤の散らばった石畳が見える。
俺のすぐ横にイリスも並んだ。
「下に別の通路があるんでしょうか?」
そうか、この通路の下に交差する感じで別の通路があったってわけか。それでこっちの床が陥没してつながっちゃったと。
「ほぅ、下はアタルが欲していた派手なダンジョンじゃな。少なくともCランク向けではないのぅ。おそらく危険なモンスターもわんさかおるぞ?」
「わんさかって……脅かさないでくれよ、ミン婆。じゃあ、BランクとかAランク向けのダンジョンとつながっちゃったってわけかぁ」
「それならギルドに戻って事情をご説明し、クエスト登録料を返していただけるか交渉しましょうか」
そう言うイリスの声はやや気落ちしている。
そりゃそうだよなぁ、サンドイッチまで作ってきてくれたんだもん、楽しみにしてたんだな……。
俺だって初ダンジョンで気合い入りまくりだったし。
「まあ、腹減ってたしちょうどいいじゃねえか。午後から他のダンジョンに行くってのもありだよな」
「どうかのぅ、朝イチで貼られた依頼が残っていればいいがな。ダンジョンはいつの世も人気じゃて」
ケヴィンとその肩の上のミン婆が次のダンジョンに思いをはせながら踵を返したとき。
揺れる光石灯の光が何かを反射させた。
「あれって……ケヴィン、ちょっと待って!」
それはサラサラとした糸のようなもので、陥没穴の縁に引っかかっていた。
俺は落ちないよう気をつけて手を伸ばす。
「これって、髪の毛じゃないか?」
光石灯に近づけると、明るいプラチナブロンドの頭髪に見えた。
二〇センチくらいの一握りの束だ。
人間の髪の毛だよな?
それとも、こんな綺麗な体毛のモンスターもいるのか?
「あっ、これ、血がついています!」
「うわっ」
イリスに言われてよく見れば、毛先に赤いものがべったりくっついてる。
それって、つまり……。
「ふうむ、嫌な予感が的中じゃ! それはダンジョン荒らしのもんじゃろう。実はな、ここまで罠が一つもないもんで、おかしいと思っておったんじゃ」
「そんじゃ婆さん、ダンジョン荒らしが先に罠を解除したってことか?」
「そういうことじゃな」
嫌な予感?
そういえば、だいぶ前にミン婆が「このダンジョン、なにかよからぬ予感がするのぅ」って言ってたっけ!
スライム騒動ですっかり忘れてたけど。
でもダンジョン荒らしって……なんのこと?




