6.スキルで打倒スライム!
俺は急いで自分に貼り付いたスライムに目をこらし、中心にある豆粒ほどの核と、その表面に刻まれた赤い魔力紋を見つめる。
噛みつきウサギにスキルを使ったときはこの魔力紋が光っていたから、これに向かってスキルを唱えるのが正解なはず。
「<コードインスペクション>!」
二日ぶり、二回目のスキル発動だ。
すでに懐かしい耳鳴りとあの視界が暗くなる感覚。
そしてすぐさま目の前に、ソースコードが浮かび上がってきた。
「あれ? ……なんか少ないな」
前の噛みつきウサギの時は、もっと量が多かったはず。
一昨日は前世で良くやってたスマホの画面をスクロールする感じで、ソースコードを下に動かして目を通していた。
まあ手は動かないから、なんとなく感覚で動かしてるんだけど。
でも今回のスライムは習性を表す単純なイベント処理が五つしかない。
簡単にまとめるとこんな感じ。
・食事中以外は水がある場所を探して隠れる。
・生命力を持った何かが接近したら対象に貼り付いて、精力を吸う。そうでない場合は隠れたまま。
・精力を吸っている間、自分の許容量を超えるか、相手の精力が枯渇した場合は離れる。
・刺激物が身体に触れた場合は水を探して入り、それを落とす。
・核が狙われた場合は核を移動させて避ける。それでも核が傷ついた場合は崩壊する。
「そっか、もしかしてスライムの行動が少ないからか?」
噛みつきウサギは雑魚モンスターの一種で、動物に近い。
対するスライムも雑魚モンスターだけど、軟体動物のようなもんだ。
つまり行動パターンが少ないってことね。
「まてよ、これ、上にスクロールできるな。もしかして前回もそうだったのかな?」
うわ、気づかなかった。
イベント処理の上に、空行をいくつか挟んで別の処理がある。
いや、これって処理じゃなくて……。
「ステータス?」
それは体力、精神力、力、知力、器用さ、すばやさ、運といった、前世のゲームではおなじみのステータスの類いだった。
そしてステータスはイベント処理に影響されることがない固定の値として、定数っていうもんで定義されていた。
こんな感じに。
final int STAMINA = 30;
final int MIND = 10;
final int STRENGTH = 5;
final int INTELLIGENCE = 5;
final int DEXTERITY = 60;
final int SPEED = 110;
final int LUCK = 70;
おいおいおい……ステータスって。
ビックリしてたら、すぐ下にさらになじみ深い情報があった。
俺の解釈だとこんな感じになる。
種族:スライム
スキル:生命エネルギー吸収
レベル:7
レベル!
マジでこれ、ゲームなわけ?
てことは、魔王はゲーム感覚でモンスターを作ってるってこと?
そう考えると、ボスを倒されても一定時間で復活するっていうダンジョンの仕組みも不思議じゃないような……。
そんな風に考え込んでいたら、例のカウンターがゼロになって、あっという間に周囲の音と色が戻ってきた。
「どうでした……?」
イリスに恐る恐る問われ、俺は「う~ん」と唸る。
「色々気になることはあるんだけど……えっと、そうだ、まずはこいつをどうやって倒すかだった!」
うっかりモンスターの仕組みが気になって考え込んじゃったけど、それどころじゃなかった。
このままじゃケヴィンと、ついでに俺のスタミナがどんどん吸われちゃう。
「ええと、核を攻撃するならスライムの素早さを上回らないとダメだな」
素早さ110っていうのがどんなもんなのか分からない。
でもケヴィンの奮闘を見るに、なかなかに素早そうだ。
「他に刺激物が身体に触れると逃げるっていうのがあったんだけど、刺激物ってなんだろ?」
「刺激物っていやあ、辛いもんじゃねえか? はぁ、ふぅ……」
ケヴィンはスライムをグニグニ握りつぶしながら、息を乱して言う。奮闘むなしくスライムは核をひょいひょい逃がして超余裕だけれど。
一方、イリスは「う~ん」と考え込んだ。
「においのキツいもの、たとえばニンニクとかでしょうか……」
「はて、スライムに刺激物じゃと? 聞いたことがないのぅ。初心者はスライムを倒そうとよく塩をかけるがの、ふぉっふぉっふぉ」
なるほどね、塩か! かけたくなる気持ち、分かるかも。
ナメクジっぽいモンスターになら効くのかな?
でも塩は刺激物ではないしなぁ。
塩でいいなら母さんに持たされたお清めの塩があるんだけど。
……あっ!
「そうだ! 母さんがキャンプ用の調味料セットを持たせてくれたんだよ。その中に……あったあった! ほら、これならどう?」
俺は重いリュックから、家を出るときに最後に持たされた調味料セットを見つけ、そのうちの小瓶を一つイリスに渡す。
「これは……香辛料でしょうか?」
「そう、黒胡椒だ。これって刺激物だろ?」
「はい、さっそく試してみましょう!」
イリスは小瓶の蓋を開け、俺の足首にへばりついているスライムに向けてシャッシャッと振る。
するとスライムのプルプルな身体の表面に、粉っぽい胡椒が降り注ぐ。
周囲に広がる、胡椒の良い香り。
なんか、シュールだ……。
場違いにも笑いそうになったとき、ほどよく胡椒をまぶされたスライムは、ざわざわっと身体の表面を波立たせ始めた。
「あっ、動いた!」
そしてペロンと俺の足首から剥がれると、ススススーッと滑って近くの水たまりに入っていったのだった。
「おおっ、上手くいった! 今度はケヴィンだ。貸して」
「はいっ!」
俺はイリスから胡椒の小瓶を受け取って、ケヴィンの足にみっしりとくっついているスライム達に振りかけていく。
どのくらいかければいいんだろ?
とにかく数が多いから、まんべんなく全体的に……。
「あ、やば……っくしょん!」
「うおっ、なんか鼻が……ぶえっしょん! アタル、これ……ぶあっしょーん!」
俺とケヴィンがほぼ同時にくしゃみをしたと思ったら、そばにいたミン婆も、そして一番離れてたイリスも「くちゅん」と可愛いくしゃみが始まった。
やばい、瓶を振りすぎた……。
しかもここは岩壁に挟まれた狭い洞窟。
逃げ場なんてないし、変に逃げようとしてうっかり水たまりに足をつっこめば、またスライムがくっついちゃう。
というわけで、みんなでくしゃみを繰り返して耐えること、一分強。
「っしょん! ……はー、やばい、涙が出てきた」
「ふぅ、老体にはきついのぅ、死因がくしゃみになるところじゃったわい」
「私もくしゃみのしすぎで肋骨が折れるかと思いました……」
「いやあ、みんなごめん、慌てて瓶を振りすぎたよ」
「おっ、全部とれたぞ! すげえな」
ケヴィンの雄叫びに涙をこすって見てみれば、あれだけびっしりくっついていたスライム達が一匹もいなくなってる。
すごいな、黒胡椒!
「よし、黒胡椒の瓶に『スライム避けには胡椒を!(息子がダンジョンで実証済み)』ってポップをつけて、うちの店で売り出そっと」
「ふぉっふぉっふぉ、これは画期的じゃぞ。長く生きてきたが、スライムに胡椒が効くとは知らんかったわい。……お主のスキル、どうやら本物のようじゃな」
そう言うミン婆の声は掠れてて、くしゃみのせいで体力が削られた感じだったけど、顔はニヤリと笑っている。
「なんだ、疑ってたわけ?」
「歳を取ると疑い深くなるもんじゃて。さあて、水たまりに気をつけるんじゃぞ。次、胡椒にやられたら今度こそポックリいってしまうでな、ふぉっふぉっふぉ」
というわけで。
くしゃみでちょっとくたびれた俺たちは、胡椒の香るダンジョンの中を進んでいったのだった。




