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5.はじめてのダンジョン


 はじめてのダンジョン、ドッキドキのわっくわく!

 てな感じで始まった冒険なのだけど……それは岩壁にできた、ただの洞窟だった。

 俺の頭の中のイメージは前世のゲームだったから、もっと迷宮的なのを想像してたんだけどなぁ。


「なんか寒いし真っ暗だし、地味だなぁ」


 おっと、うっかり口に出てしまった。

 人ひとりがすれ違えるくらいの幅しかない洞窟内を、ミン婆を担いだケヴィンを先頭に、俺、そしてイリスと列になって進んでいく。


 もちろん、洞窟内に灯りなんてないから、ケヴィンに俺が持ってきた光石灯(こうせきとう)を持たせて周りを照らしながら進んでいる。

 光石灯は陽に当てておけば同じ時間だけ光るっていう石を入れた便利なランプで、うちのお店の定番商品の一つだ。

 火を使うランプと違って消える心配はないけど、ちょっと高いのと使う前に光に当てておかないといけないっていうのがデメリットかな?

 俺の場合、例のごとく母さんに持たされたからタダなんだけどね。


 その光石灯に照らされた周りの壁も地面も、でこぼこした岩だし、湿ったカビのようなにおいがしてなんだか不気味だ。


「なんじゃ、アタルは岩窟のダンジョンでは不満か? 難易度が上がれば、もっと派手なダンジョンもあるが、そっちがご所望かのぅ?」


 ミン婆の面白がるような問いに、俺は思わず背筋を正す。

 派手なダンジョンっていうのがどういうのか分からないけど、多分俺の言った「地味」にかけてるだけで、きっと強い敵や危険な罠が盛りだくさんの恐ろしいところに違いない。


「いや、ごめん、初心者だからこれで十分だよな」


 俺が素直に謝ると、「ところでよぉ」とケヴィンが口を開く。


「なあ婆さん、俺の肩に乗っかったままで罠があるか分かるのか?」


 た、確かに……。

 ケヴィンの肩に腰掛けてズンズン進んじゃって大丈夫なもんかね?


「なんじゃ、わしが年寄りなもんで、罠が分かるか心配しとるんか?」

「そういうわけじゃねえけどさ、今まで俺が入ったことのあるパーティーは【シーフ】が先行して罠を探してたぜ?」

「確かに……私もそうでした」


 そのイリスの声にはなんとなく動揺が感じられる。イリスも同じように不安に思ってたってことか。


「もしかしてミン婆みたいにベテランになると、罠がある場所がだいたい分かるとか?」

「ふぉっふぉっふぉ、まあそんなもんかの。わしのスキルは<罠探知>なんじゃ。罠が近くにあればすぐに分かるぞ」

「へえ、そりゃ便利……って、ええっ!? イリス、<罠探知>って超珍しいんじゃなかったっけ?」

「は、はい、とても希少なスキルだと聞いています!」


 おいおい、<罠探知>持ちの【シーフ】……いや、【ローグ】なんてそうそう見つからないだろ!

 俺たち、もしかしてものすごくツイてるのかもしんない……。


 <罠探知>はその名の通り、罠がどこにあるかを探知することができるスキルだ。これは俺やイリスのスキルみたいに、使いたいときに発動させるアクティブスキルとは違って、常に発動しているパッシブスキルってやつ。

 たとえばうちの母さんの<商売上手>もパッシブスキルだな。意識しないでも常に使えるってわけ。


「ほお~、婆さんすげえな! そんなら俺の肩の上でも大丈夫だな、がはははっ」


 ケヴィンが笑うと肩にちんまり座っているミン婆も揺れて、見てるこっちはヒヤヒヤだ。


「え~、それなら俺たちみたいな訳ありパーティじゃなくて、AランクとかSランクのパーティーに入れるのに」


 同じようなことをイリスにも言ったような気がするけど、ミン婆にも言わずにはいられない。

 だがミン婆は、さもおかしそうに笑う。


「ふぉっふぉっふぉ、そりゃわしくらいになればモテモテじゃぞ! ……と言いたいところじゃがな、そうでもないわい。今もケヴィンがおらねば、わしはダンジョンに来ることすら叶わんかったからのぅ」

「あっ……そうか……」


 言われて気がついた。

 ケヴィンが当たり前のようにミン婆を担いでいるから忘れてたけど、ミン婆の歩みは超スロー、リクガメ並だ。

 他のパーティーじゃ、ミン婆を肩に担いで移動してくれる優しいマッチョがいるかどうか。

 もしかしてミン婆、それが理由でパーティーを組むのをやめたのかな?


「そういやミン婆って何歳なの? もう引退して長いわけ?」

「おや、レディに歳を聞くなんて失礼なやつじゃのぅ」

「レ、レディって……俺は十六で、イリスはまだ十五なんだってさ。ケヴィンは冒険者になってもう三年過ぎてて十八だとか」

「ふぉっふぉっふぉ、みな若いのう。わしはいくつだったか……百までは数えとったが、もう忘れたわい」

「ひゃ、ひゃく!? 百歳超えてんの!?」


 マジかよ!

 かなりの歳だとは思ってたけど、百歳以上って!

 この世界の平均寿命は七十ちょっとだ。前世の俺が生きてた世界より少し短い。つまり百歳を超えてるお年寄りはほんの一握りってわけ。

 そんなお年寄り、こんなダンジョンに連れてきていいのか?

 モンスターが出てきた瞬間、ポックリいったりしないよな!?


「婆ちゃん、そんなに長生きしてんのか! すげえなぁ! 身体、どこも悪いとこねえのか?」


 おおらかなケヴィンもさすがに驚いたようだ。

 イリスも「まあ……」と絶句している。


「なあに、心配いらんわい。ちょいと足腰が弱ってるのと、歯が減って硬いもんが食えんくらいじゃ」

「すごいなぁ……俺、そんなに長生きできる自信ないよ」

「ふぉっふぉっふぉ、お主はもっと身体を鍛えたほうがええぞ」


 くっ……言われなくても分かってるよ!

 くそう、今度ケヴィンに筋トレを教えてもらおうかな。

 なんて悔しがっていたら、ミン婆は急に真面目な顔をして軽く眉をひそめる。


「そうさな、ベテラン【ローグ】のわしからもう一つ忠告するとすれば……このダンジョン、なにかよからぬ予感がするのぅ」

「え? よからぬってどういう……」

「おっと、ジメジメしてきたぞ。スライムに気をつけねえとな」


 ミン婆に問いかけたところで、ケヴィンが不意に振り返ってそう言った。

 周りを見れば、なるほど、壁がしっとりと湿っている。

 さらに、いつの間にか地面が岩から土に変わっていて、そのでこぼこした地面のあちこちに小さな水たまりができていた。

 水面には光石灯の光が反射していてよく見えないけど、この中にスライムが隠れてるかもしれないってこと?


「こんな小さな水たまりでも、スライムがいんのかな」


 なんて言いながら歩いていたら。


 バシャッ!


 うっかり左足を水たまりにつっ込んでしまった。

 俺はくるぶしを覆うくらいのショートブーツだったから、跳ねた水でズボンまで濡れる。

 くっ……冷たい……。


「アタルさま!」


 イリスの鋭い声にビックリして振り返ると、イリスが引きつった顔で俺の足を指さす。


「スライムです!」

「えっ!?」


 濡れたと思った足首付近に、手のひらサイズの半透明のゼリーがへばりついてる。

 これがスライム!?


「うわっ、やばい、どうやって取んのこれ!」


 冷たい感覚はあるけど、痛くもかゆくもない。

 でもこうやってる間も精力を吸ってるんだろうし、早く剥がさないとヤバイはず。


「えっと、物理攻撃が効くんだよな。ナイフナイフ……」


 リュックを下ろしてあさる俺に、すかさずミン婆が声をかけてくる。


「気をつけるんじゃ。そのスライムは小さいからのぅ、核を突いたつもりが自分の足を切りつけていた、なぁ~んてことになるぞ、ふぉっふぉっふぉ」

「そうですね、スライムは身体の中心にある魔力紋がついた核を狙わないといけないんです。そのスライムの核、だいぶ小さいです……」


 ミン婆とイリスに言われてスライムをよく観察すると、その中心あたりに豆粒みたいな茶色の粒がある。

 こ、こんなにちっさいのかよ……本当にナイフで切れるのか?

 そんな風に考え込んでいたら、なんだかスライムが貼り付いたあたりから身体が冷えて、背筋が震えるついでに頭がクラッときた。


「やばい、なんかクラクラする気が……」

「それは急がないとです! 私がナイフでやってみましょうか? あ、でも私、あまり刃物の扱いは……」

「そんなら俺が握りつぶした方が早いんじゃねえか?」

「おっ、そのケヴィンの案、いいかも!」


 このサイズのスライムなら、ケヴィンのグローブのような手にすっぽり収まる。核を狙わなくても全体を潰せば簡単だよな。

 ケヴィンは「婆さん、いったん下りててくれ」と言って身をかがめて、ミン婆を下ろそうとした。

 すると背中に背負っていた馬鹿でかい大盾が、ガリガリっと岩壁を削る。


 ボトボトボトッ!


「な、なんだ!?」


 光石灯はケヴィンが持っていたから影になってよく見えないけど、どうやらケヴィンの盾で岩壁が削れ落ちたみたいだ。

 でもその割には音が湿ってるような……。


「うおっ、なんだこりゃ!?」

「ケヴィン、どうした?」


 ケヴィンが慌ててかざした揺れる光の中、その逞しいふくらはぎから太ももにかけて、数え切れないほどのスライムがくっついていた。


「うわっ、きもっ!」


 引くほど気持ち悪い。

 鳥肌を立てた俺が一歩後ずさると、すぐ後ろにいたイリスにぶつかってしまった。

 しかしイリスはいつにも増して白い顔で立ち尽くし、ケヴィンに貼り付くスライムを凝視している。


「大変です! 岩壁の中に水がたまっていたのか、スライムがたくさん隠れていたんでしょう……」

「あっ、それでか」


 ケヴィンの足の後ろには、砕けた岩壁の一部が山になっていて、テカテカと濡れて光っていた。

 ケヴィンの足にひっついてるスライムは、どれも俺にくっついてるのと同じく小さなやつばっかりだ。

 そんでもってこの数は……。


「これはまずいのう、早く引き剥がさねばこやつが昏倒するぞ」


 さすがのミン婆も、声が真剣だ。

 ミン婆はまだケヴィンの肩に乗っていたけど、意外な身軽さでひょいひょいとケヴィンの腕を伝って地面に下りる。

 確かにいかに体力自慢のケヴィンといえど、これだけのスライムに精力を吸われたらあっという間にへばるに違いない。

 俺なんてたった一匹でクラッときてるってのに!


「よし、婆さん下りたな。じゃあ、先に俺の分を握りつぶしちまおう」

「ふうむ、長く生きとるがそんな倒し方は聞いたことがないのぅ。ここはわしの弓で核を狙うのはどうじゃ?」

「婆さんの弓でちっこい核を狙う方が大変じゃねえか。こうやって俺が……ありゃ? なんだこれ、ぐにゃぐにゃしてて……ああっ、くそ!」


 ケヴィンは手始めに太ももに貼り付いた一匹をつかもうとしたが、ガシッと握ってもスライムはぐに~んと形を変えて、核がある部分がケヴィンの指の間から出てしまった。

 その飛び出た核を反対の手で握りつぶそうとするも、さっきと同じく核がグニグニ逃げてしまう。

 それでいてスライムは、ケヴィンの太ももからちっとも離れようとしない。


 なんてこった、これだけ軟体だと握りつぶすなんて無理かも……。

 俺が愕然とする中、ミン婆が背中の弓を下ろした。

 えっ、本気であの小さい核を弓で狙う気なのか?


「わしの弓の方が確実じゃぞ。しかし、ひい、ふう、みい……弓が足りんのぅ」

「弓は何本ありますか?」

「十本だけじゃ」

「全部で二十匹はいますよね……」

「まあ、矢が無事なら再利用できるからの。エコじゃぞ、エコ。とにかくやってみるだけじゃ」

「いやいや、弓で核を射るなんて危ないって! 俺、小さなナイフを持ってきてるから、それでやってみるよ」

「お主のナイフよりはマシじゃ! お主、スライムを刺したことはあるのか? 見ての通り、そやつらは核の位置を自在に変えられるんじゃ。つまり、ゆっくりナイフを刺しても核は逃げて刺さらん。お主にスライムの反応を上回ることができるかのぅ?」

「うっ……だからナイフじゃ危ないって言ってたのか」


 俺たちが話し合っている間も、ケヴィンは両手を使ってスライムを握りつぶそうと頑張っているが、そもそもケヴィンは剣が使えないくらいの不器用だ。乱暴に手で叩いたり握ったりしているようにしか見えない。


 そしてスライムの身体は変幻自在。核はそんなスライムの身体の中を自由に動き回って全然つかまらなかった。

 そしていつの間にかケヴィンは、大げさなほどに息をハァハァと乱している。


 やばい、言い合ってる間にケヴィンが倒れそうだ!

 とりあえず可能性が高いのはミン婆の弓か? でも本数が足りないわけで、残りはダメ元でナイフで……。

 ああっ、もっと簡単に倒す方法があればいいのに!


 ――って、ちょっと待てよ。


「俺のバカ~! 今がスキルを使うタイミングじゃね!?」

「……た、確かにそうですね!」


 イリスと顔を見合わせて、よしと頷く。

 俺のスキルを使えば、弓やナイフ以外の打開方法が見つかるかもしれない。


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