4.新しい仲間と出発の朝
「お婆ちゃん、もう食べないの?」
ケヴィンの案内で、とある繁盛した大衆食堂に入って食卓を囲んだものの、お婆ちゃんは野菜のスープとチーズ入りパンを少々食べただけだ。
今はゆったりと食後のお茶をすすっている。
「わしは今、ダイエット中なんじゃよ」
「ダッ……!? その身体で?」
「ふぉっふぉっふぉ、冗談じゃよ。歳を取るとあんまり食べないもんじゃ」
「そ、そうなの?」
確かに身体は小さいし、あの歩きのスピードじゃ燃費も良さそうだけども。
俺のおじいちゃんおばあちゃんはみんなまだ六十代だし、こんなに小さくないから分からないなぁ。
「それより、お主のスキルの話をもう少し聞かしとくれ。モンスターの習性が分かると言うとったな?」
「ああ、うん。習性って言うか行動規則っていうか……どういう時に攻撃するとか逃げるとか、特殊な言葉で文章みたいになってるのを読む感じなんだ」
「ほぅ、そいつが本当ならすごいのぅ。しかし長く生きてきたが、そんな職業は聞いたことがないぞ」
「そうなんだよ、【司祭】さまも知らないって言ってたし」
お婆ちゃんは相当長生きしてそうだけど、その人生のなかでも聞いたことがないのかぁ。もしかしなくても俺が最初の【プログラマー】なんだろうね。
「まあ、急には信じられないよなぁ。俺だってまだ半信半疑だからね、噛みつきウサギにしか使ってないし。だからもっと別のモンスターにも試してみたいと思っててさ」
「ほう、それでダンジョンか……」
お婆ちゃんはしばし黙って、両手で包んだ湯飲みを傾ける。
その間もケヴィンは五人前くらいの大量の料理を、せっせと口に詰め込んでいた。
一方、イリスは育ちがいいお嬢さまらしく、ゆっくりとナイフとフォークで食事をしている。確か白身魚のなんたらポワレとかいう、ちょっとおしゃれな料理名だったはずだ。
ちなみに噛みつきうさぎに噛まれた時の奇跡の対価は昨日で切れたらしいから、ちゃんと味ありの食事だ。
「はたしてそのスキル、ダンジョンのボスにも効くかのぅ?」
「あ~、それは試してみないと分からないなぁ」
「もしどんな敵にも効くとなれば面白そうじゃなぁ……よし、そこまでどうしてもと言うなら、わしも一緒にダンジョンに行ってやるかの」
「本当ですか!? 良かったですねぇ、アタルさま!」
「ええっ、お婆ちゃん、本気!? 別にどうしてもってわけじゃ……」
「若い頃を思い出すのぅ。血湧き肉躍るというやつじゃ! こりゃ若返ってしまうかもしれんぞ、ふぉっふぉっふぉ」
お婆ちゃん、なんか張り切ってるけど……ダンジョンって、罠を解除したり宝箱を開けたりするだけじゃないんだぞ?
モンスターがいるんだけど、モンスターが!
って、【ローグ】に転職するくらいのお婆ちゃんならよく知ってるか……。
むしろ俺の方が話に聞くだけで、実際にダンジョンに行ったことがなかったよ。
「う~ん……お婆ちゃんには危険じゃないかなぁ」
「移動は俺が担いでいくぜ? 罠を解除する時だけ下ろせばいいじゃねえか」
ケヴィンは楽観的だなぁ、まったく。
だが楽観的なのはお婆ちゃんもだった。
「そいつは楽じゃわい。歳を取ると坂や階段が辛くてのぅ」
「も~、本当に大丈夫かなぁ。大体うち、いまだに本職の前衛がいないってのに」
「では、こうするのはどうでしょう? 明日、お婆さまに同行いただいて初心者向けのダンジョンに行きます。そこでこの四人では厳しそうであれば、【戦士】の方を探しましょう!」
「なるほど……まずはお試しってことね」
それならまあ、いいか。
最初の方に出るモンスターはそんなに強くないだろうし。
それにあのヨーゼフというイケてない【シーフ】より、この小さなお婆ちゃんの方が癒やし系なのは間違いないしな。
ちょっとお茶目でキャラが濃いけどね!
「そうだ、お婆ちゃんさ、名前を教えてくれない? 俺はアタル=トゥドーっていうんだ。西の大通りを上った先にある雑貨屋トゥドーの一人息子だよ」
「ほぅ、あの雑貨屋か。わしはみんなにミン婆と呼ばれとるよ」
「私はイリス=マリアナといいます」
「俺はケヴィン=ガーランドな。こう見えて【魔法使い】なんだぜ、すげーだろ! がはははっ」
てな感じで自己紹介が始まった。
今回もイリスは自分の奇跡の話をするときは少し暗い顔をしていたけれど、お婆ちゃんは嫌がる素振りもなく、面白がってめちゃ笑ってた。
ケヴィンがマッチョなのに【魔法使い】だって話もたいそうウケてたっけ。
やっぱ、歳を取ると余裕があるなぁ。
というわけで。
だいぶお年を召しているけれども、一応【シーフ】……ではなく、その上級職の【ローグ】を仲間に加えることができた。
◇ ◇ ◇
そうして迎えた翌日の朝。
「じゃあ、母さん、行ってくるね!」
店の奥に声をかけて走っていこうとしたら、ガタガタと音がして母さんが顔を出した。
「もう行くのかい? そんなら傷薬をもう一個持っておいき」
「えっ、いいって! 高いんだから。それにパーティーに【聖女】の女の子もいるって言ったろ?」
ていうか、既に俺のリュックには傷薬が三本も入ってるんだけど!
しかし母さんは「いいから!」と、追加で一本を差し出してきた。
まあ……くれるっていうならもらっておくか。
もしケヴィンが怪我したら使わせてあげよう。大食漢のケヴィンにイリスの奇跡は酷だからな。
「ありがと。じゃあ、行くから」
「そうだ、これも入れなさいな。死霊系のモンスターにはお清めの塩が効くって言うだろ?」
母さんがレジカウンターの横に置いてるお清め塩セットを取って、俺の手に押しつけてくる。
いやいやいや、それって効くって話と意味ないって話が両方ある、眉唾商品だよな!?
「え~? じゃあ一応持って行ってみるけど……もし効いたら『息子が実証済み!』っていうポップでもつけてくれよ?」
「それはいいねぇ! よく売れそうだよ。そうだ、塩と言えばこれも必要になるかもしれないね」
母さんがそう言いながら、エプロンの後ろの紐を揺らしながら店の奥に駆けていく。
ちょっと待ってよ、俺のリュックはもうパンパンなんですけど!
でも母さんが俺を心配して色々持たせてくれるのが分かるから、むげにもできない。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、母さんは「あった、あった」と嬉しそうに小瓶が並ぶ小さな革製ポーチを持ってきた。
「ほら、キャンプ用の調味料セットだよ」
「調味料!? 何に使うんだよ、もう……」
「なにって、パーティーのみんなと焚き火を囲んでキャンプするかもしれないだろ?」
「俺が今日行くのは日帰りのダンジョンなんですけど」
「日帰りったって、ご飯くらい食べるでしょうよ」
「もう保存食をたくさん持ったってば~」
しかも母さんに「念のためだよ」と言われて、五食分も……日帰りなのにそんなに食べないっつーの!
物をどっさり持たされてしまうのは実家が雑貨屋ゆえか。
タダで持たせてくれるんだから助かるんだけどさ。
調味料セットも、そのうち野営することがあれば役に立つかもしれないから受け取ったけど……瓶物って重いんだよなぁ。
「そうそう、保存食といえばね、この間入荷したばかりの……」
「もういいって! なにか足りないものがあったら次の時に持って行くからさ」
「そうかい? う~ん、じゃあ、気をつけるんだよ」
そう言う母さんの笑顔には、ちょっとだけ心配の色がにじみ出ている。
安心させようと俺も笑顔で頷いた時、今度は商品棚の奥から父さんの顔が覗く。
「ああ、アタル、もう行くのか? それなら念のため傷薬をもう少し……」
「今、母さんにもらったよ! もう、二人とも心配性なんだから。じゃ、夜までには帰ってくるからね」
これ以上、傷薬をもらうと重すぎてヤバイ。
俺は話を切り上げると、そのまま大通りの坂を走って下る。
二人が俺を心配してくれるのは分かる。
でもそれだけじゃない。
この一年間、得体の知れない職業に転職してしまってほぼ引きこもりだった俺が冒険者になったもんだから、嬉しいんだろうなぁ。
いくら説明しても父さんも母さんも【プログラマー】がなんなのか、イマイチ良く分かっていないみたいだったけどね。
それでもパーティーのみんなの話をしたときは、その訳あり具合に二人とも笑ってくれたっけ。
てな感じで両親に思いを馳せつつ、そのままギルドまで走って行ければカッコいいんだけど……。
体力のない【プログラマー】の俺は坂を下った中央広場で力尽き、そこからは歩いていった。
くっそぉ~、なんたってこんなに疲れやすいんだよ!
まあ、待ち合わせの八時には十分間に合うかな?
しかし息が整う頃に見えてきたギルドの前には、すでにミン婆とイリスが来ていた。
ミン婆は入り口横に詰んである木箱にちょこんと座って、こくりこくりと居眠りをしていて、イリスはそれに寄り添うように立っている。
「二人ともおはよ! もう来てたのか、早いね」
「おはようございます、アタルさま。一番乗りはミン婆さまですよ」
イリスの爽やかな笑顔が、朝からまぶしい。
そして礼服も白いもんだから、全身まぶしすぎるぜ!
一昨日、はじめて会った頃の影のある感じが嘘みたいだなぁ……あのとき、キモオタパーティーから抜けるのを手伝って本当に良かった。
偉いぞ、俺!
なんて自画自賛してから、ミン婆に目を向ける。
「ミン婆、早起きしたのかな? なんか眠そうだけど」
するとミン婆はもう起きていたようで、パチリと目を開けるとこちらを見てニヤリと笑う。
ミン婆は薄い綺麗なグリーンの瞳をしているけど、普段はシワに埋もれててあまり見えないんだよな。
「なあに、わしは歩くのがちょっくら遅いからの、早く来ただけじゃ。それより、ちょうどよいCランクのダンジョンがあったでの、わしが先にクエスト登録をしておいたぞ」
「クエスト登録……?」
良く分からない俺に、今回もまたギルドに詳しいイリスが教えてくれる。
「ギルドの依頼は繰り返し達成が可能なものと、一度きりのものがあります。噛みつきウサギの狩りは繰り返しが可能な依頼ですね」
「繰り返しと、一度きり……」
「たとえばダンジョン攻略や、強力なユニークモンスター退治など、誰かが達成するとそれで完了する依頼の場合は、先に保証金とともにクエスト登録が必要なんです。そうすれば他のパーティーは参加できなくなりますから。ただしそれぞれ有効期限が決まっていて、それを過ぎると無効になってしまいます」
「なるほどねぇ」
言われてみると当たり前のシステムかも。
噛みつきウサギ狩りは自分たちより先に他の人たちが達成しても問題ないけど、ダンジョンは他の誰かが先に行ってクリアしちゃったら無駄足になるもんな。
「もし思っていたより難易度が高くてリタイアする場合は、ギルドに報告すれば保証金も戻ってくるので安心ですよ」
「ふぉっふぉっふぉ、心配はいらんよ、このダンジョンは初心者向けじゃ。出てくるモンスターもスライムと骸骨戦士、あとは化けキノコくらいかのぅ。わしら四人で十分じゃ」
「骸骨戦士って……けっこう強いの?」
「そうさなぁ、少なくともお主よりは強かろうよ、ふぉっふぉっふぉ」
「なっ!? そりゃ俺は筋力ないし体力もないけど……」
「そんなことありませんよ! アタルさまはボーガンがあるじゃないですか。骸骨戦士は衝撃に弱いと聞きます。物理攻撃が苦手だそうで。ああっ、そうなるとケヴィンさまのファイアボールは効かないかもしれませんが……」
イリスが庇ってくれたけど、俺のボーガンはまだぜんぜん役に立たない。
それなのにケヴィンのファイアボールが効かないとすると、ケヴィンに殴ってもらうしかないのか?
てか、その方がファイアボールより強い気がするんだけど。
「い、いざとなれば、私がこの杖でっ……!」
「いやいやいや、いいって! その杖、ケヴィンの菜箸と違って高いんだろ? 壊れたら大変だよ」
「さいばし……?」
あ、やばい。
ケヴィンの杖を菜箸って呼んでるのがバレた。
「いや~、ほら、ケヴィンの杖って小さくて菜箸みたいじゃんか。ケヴィンがデカすぎるんだけどさ」
「ふぉっふぉっふぉ、確かにそっくりじゃ!」
「ふふっ、アタルさまったら、そんなことを言っては失礼ですよ……ふふふふっ」
なんて感じで談笑すること、しばし。
ようやく菜箸の持ち主の野太い声が割り込んできた。
「おー、みんな早いじゃねえか!」
「なに言ってんだよ、ケヴィンが遅いんだろっ」
約束の時間を少し過ぎてるけど、毎度のことだ。
ケヴィンは心が広いのが良いところだけど、ルーズで大雑把だったりする。
ケヴィンは悪びれもなく笑顔で合流すると、さっそく「さあ、婆さん、行くぞ」と声をかけ、ミン婆を肩にかつぎあげる。
というわけで、俺たちのパーティ初のダンジョン潜りが始まった。




