2.草原のちんまりお婆ちゃん
俺は町に向かって歩き出しながら、夕日に染まる草原を眺めた。
あちこちにポツポツと噛みつきウサギがいる。
あれを全部狩れたらなぁ。
な~んて贅沢は言わない。せめて一匹でもいい、俺がボーガンで仕留められたら。
そんな風に考えていたら、草原の片隅に小さく動く影を見つけた。
目をすがめてよく見れば、それは背が曲がってて杖をついた、小さな小さなお婆ちゃんだった。
お婆ちゃんは杖と背中に背負っていた袋をよっこらせと地面に置き、モタモタと中から何かを引っ張り出している。
「なにしてんだろ。あれは……弓?」
かなり小さな弓だ。
お婆ちゃんはそれに矢を一本つがえると、プルプルと震える細い腕で引き絞る。
そうして斜め上を向いたかと思うと、おもむろに矢を放った。
ひゅ~~~~。
弓が小さいのと、矢を引く力が弱いせいか。
弓は力なく弧を描いてから、そう遠くない地面に落ちていき――。
「えっ」
草を食んでいた一匹の噛みつきウサギに、スッと突き刺さったのだった。
「当たった!?」
うそだろ、あんな簡単に?
俺が足を止めていたからか、ケヴィンもイリスも立ち止まって俺が見たお婆ちゃんの狩りを目にしたようだ。
「ほぉ~、あの婆さんやるじゃねえか」
「はい、簡単に当てましたね!」
感心する二人に、俺は興奮気味に「ちょっと待ってて」と言い残し、お婆ちゃんの方へ歩いて行く。
あのヨボヨボで小さなお婆ちゃんが、弓で噛みつきウサギを仕留めるなんて!
そんなら非力な【プログラマー】の俺だって、ボーガンで狩れるはずだろ?
だから、ほんのちょっとでいい、狩りのコツを聞かせてほしい!
俺が鼻息荒く近づいていくと、お婆ちゃんは矢を外した噛みつきウサギを袋に詰めているところだった。
近くで見ると、さらにちんまりしていて手や顔はしわくちゃで、相当な歳に見える。
曲がった背中が伸びても、俺の腰までぜんぜん届かなそうだ。
お婆ちゃんは真っ白な髪を頭のてっぺんでお団子にしていて、服装も地味な上下、町のそこらにいるお年寄りとなんら変わりない。
こんな普通のお婆ちゃんが……。
あっ、そういえば【狩人】っていう職業があったっけ。
【狩人】はモンスターだけじゃなく、むしろ主に野生動物を狩って生計を立てていて、大きな山や森の近くの住人に多い。
だからこの辺だとあまりいないんだけど、お婆ちゃんは【狩人】なのかなぁ。
「お婆ちゃん、さっきの弓すごかったね、ビックリしたよ」
「おやおや、こんな所でいつから見てたんじゃ? まさか今はやりの、すとーかーとやらかのぅ? ふぉっふぉっふぉ」
「ス、ストーカー!?」
お婆ちゃんは高くしわがれた声で笑った。
だいぶお茶目なお婆ちゃんだなぁ。
「いやいや、たまたま見かけてさ、本当にすごいなぁって……えっ」
お婆ちゃんの足元に置いてあった弓が視界に入り、目を見張った。
なんとその弓はそこらに転がってそうな枝に糸を張っただけの、かなり手作り感あふれる質素な弓だった。
プロの【狩人】が使う物とは思えない。子どもが遊びで作ったオモチャみたいだ。
「嘘だろ、そんな弓で噛みつきウサギを仕留めたってのかよ……」
「そりゃあ弓は大きけりゃいいってもんじゃないからのぅ。わしみたいな小っこいババにはこれで十分じゃ」
「だからってこんな……そうだ、お婆ちゃんって【狩人】なの?」
「ほほう、【狩人】ときたか! 随分とカッコいい職じゃのう、ふぉっふぉっふぉ」
「えぇ? 違うの? 他に弓が得意な職業って……まさか、【シーフ】?」
「おやおや、そんなにこのババの職が気になるかの? んん?」
お婆ちゃんはいたずらっぽくニヤリと笑う。
なんか遊ばれてる感があるな……でもそんなにもったいぶられると、ますます気になるんだけど。
俺は次こそ当ててやると、一歩下がってお婆ちゃんの全身に目を走らす。
う~ん、歳を取り過ぎてて背も曲がってるから、見た目じゃ何の職か分からないなぁ、服も普段着っぽいし。
「そんなに見るでない、照れるじゃろうて」
「あ、ごめん……」
わざとらしく手のひらを頬に当てて微笑むお婆ちゃんに、俺は一応謝罪する。
「いやあ、全然分かんなくて……」
「仕方ないのぅ、特別にこれだけは教えてやるが、わしは【シーフ】でもないぞ、ふぉっふぉっふぉ。ま、弓は若い頃からず~っと使っとるからの、この歳でもそこそこ上手いってだけじゃ」
「えっ、【シーフ】でもないの? へえ……じゃあ俺も長く使えば上手くなるかな? 今日からボーガンを使い始めたんだけど、ぜんぜん当たらなくって。何かコツがあったら教えてくれない?」
するとお婆ちゃんは「ボーガンか、ふうむ」と小さな顎に枯れ枝みたいな細い指を当てて、しばし考え込む。
「そうさなぁ、弓とボーガンはだいぶ違うが、まずは止まった的に当たるように練習するんじゃな」
は? そんなの当たり前じゃ……。
お婆ちゃんはそんな俺の心の声を聞いたかのように、ニヤリと笑う。
「ふぉっふぉっふぉ、今、当たり前だと思ったじゃろ? 当たり前だからこそ大事なんじゃ。ほれ、弓はこう山なりに飛ぶからの、距離と角度の感覚を身体で覚えるんじゃ。それでも当たらなけりゃ……」
「当たらなけりゃ?」
お婆ちゃんはもったいぶった感じで少し黙り込むと、お茶目にパチリと片目を閉じる。
「的になるべく近づくことじゃ!」
「ははっ、そりゃ確かに! そっか、まずは練習で感覚をつかむしかないってことね。ありがと、頑張ってみるよ」
「うむ、頑張るんじゃぞ、若者よ」
お茶目なお婆ちゃんは噛みつきウサギを入れた袋を「よっこらせ」と曲がった背中に背負い、弓を拾うと、杖をつきながらちょこちょこと歩き出した。
そのあまりの小幅加減にふざけてるのかと思いきや、どうやらそのゆっくりしすぎる歩みはお婆ちゃんの通常速度らしい。
こんなスローな歩みでここまで来たってわけ?
もう夕方だぞ? 町に着く頃には真っ暗になってるんじゃ……。
「お婆ちゃん、町に住んでるんだよな? このまま帰るの?」
「そうじゃよ。夕飯前に噛みつきウサギを捕りにきたんじゃ」
なるほどね! 夕飯に食べるために狩りをしたってことか。
噛みつきウサギは普通のウサギより可食部が多い上に臭みもないとか。町にも噛みつきウサギの肉を出すお店があるくらいだ。
でもなぁ、俺の足ならここから町まですぐだけど、このお婆ちゃんの足だとだいぶかかるよな?
お婆ちゃんの手慣れた感じからしていつものことなんだろうけど、もう日が暮れかかっている事を考えると心配だなぁ。
「お婆ちゃん、ボーガンのコツを教えてくれたお礼に、俺が荷物を持とうか? 暗くなると町の外は危ないし急いだ方がいいよ」
「ほお、随分と親切じゃのぅ。なあに、わしは慣れとるから平気じゃよ」
「でも……」
こんな小さなお婆ちゃん、夜哭ギツネに出くわしたらと考えると心配だし、この辺はだいぶ平和な方だけど盗賊なんてのも一応いる。
この盗賊ってのは、ダンジョンやモンスターを相手にする【シーフ】とは違い、人間相手に盗みや略奪をする、ならずもの達だ。
まあ、お婆ちゃんは服も着古した色あせた生地で、背に背負っているのだって麻を縫い合わせた質素な袋だ。
盗賊に遭っても、さっき狩った噛みつきウサギを盗られる程度で済むか?
でもなぁ、盗賊の中には問答無用で斬りかかってくるやつもいるらしいしなぁ。
「おーい、アタル、どうしたんだ? 早くしないと日が暮れちまうぜ」
俺がお婆ちゃんと話し込んでいたからだろう、ケヴィンがガッサガッサと茂みを踏み分けながらこっちにやってきた。
その向こうでイリスがぽつんと一人で待ってて、心配そうにこちらを見ている。
「ごめん、このお婆ちゃんにボーガンのコツを聞いてたんだ。そんで今から町に帰るらしいんだけど、お婆ちゃんは歩くのがゆっくりだし一人で大丈夫かなぁって」
「おやおや、これまたずいぶんと大きな男じゃなぁ」
お婆ちゃんは背が低い上に背中も曲がっているから、ケヴィンを見上げるのに顔を横に倒して仰ぎ見ている。
ケビンはそのお婆ちゃんにニカッと笑いかけた。
「おう、婆ちゃん。俺たちも町に戻るところだから、俺の肩に乗ってきな」
ケヴィンはそう言うないなや、お婆ちゃんの脇に手を入れてヒョイと肩に担ぎ上げたのだった。
「おお、こりゃあいい眺めじゃ」
「ケヴィン!? だ、大胆なことをするなぁ、もう……」
いきなり持ち上げられてビックリしたんじゃないかと思いきや、お婆ちゃんはケヴィンのごつい肩にちょこんと腰掛け、楽しそうに周囲を見渡している。
「婆ちゃんくらいなら乗ってても乗ってなくても同じだぜ。さあ、飯食いにいくぞ」
さすがマッチョ。
いくらお婆ちゃんがミニマムだからって、肩に座らせるとはね……小動物じゃあるまいし。でもこれで安心だ。
俺たちはそのまま待っていたイリスと合流して、いそいそと町へと向かったのだった。




