1.上手くいかないウサギ狩り
夕まぐれの茜色に染まった草原に、ざあっと風が吹く。
俺は茂みをかき分け走りながら、慣れない手つきでボーガンを構えた。
向かう先には先回りしたケヴィンが待ち構えていて、その手にはケヴィンが持つと小さすぎて菜箸に見える片手杖が握られている。
きっと今頃、詠唱を始めているはずだ。
「いくぞ、ケヴィン!」
これを逃したら、今日はもうここまで。
噛みつきウサギの警戒音狩りは、連続で使えない。一度使った相手には小一時間ほどのインターバルが必要になるんだ。
そうなるともう、日が沈んじゃう。
俺は足を止めると大きく息を吸った。
「キキキキキッ!」
鋭く短く。
これが噛みつきウサギが警戒したときに仲間に知らせる警戒音だった。
狙いどおり、俺が追っていた噛みつきウサギ三匹は、ケヴィンの前方、ほどよい距離でピタッと固まった。
「おっしゃ、ファイアボール!」
その太い声とともにケヴィンの杖の先からぼわっと炎が盛り上がり、弾になって飛んでいく。
そして先頭にいた噛みつきウサギにぶち当たって、その身体を炎で包み込んだ。
「よしっ!」
続けて俺はボーガンの照準を合わせ、残りの二匹のうち、近い方を狙ってトリガーを引いた。
シュパッ。
小気味のいい音をたててボーガンの矢が飛んでいき――。
そして、ケヴィンの真横当たりにスポッと落ちたのだった。
「うわ、めっちゃ外れた……」
そこで五秒が過ぎたみたいで、二匹の噛みつきウサギは素早く方向転換をして丘を駆けて逃げていく。
「はあっ、はあっ……やりましたね!」
「でも俺の矢は当たんなかったよ。ケヴィンが倒すと丸焦げになるから、仕留めたかったなぁ……」
膝丈ワンピースの神官用の礼服だと走りにくいんだろう、遅れてきたイリスが笑顔でねぎらってくれる。
しかし俺の心はちっとも晴れない。
噛みつきウサギはその毛皮が高く売れるから、毛皮を集める依頼がメインだ。
でも失敗した時用なのか? 食用に肉が欲しいという依頼もあるから、ケヴィンが倒した噛みつきウサギはそっちに持って行くことになる。
そう、この世界ではモンスターも立派な食料になるんだ。まあ味が悪いとか、においがキツいとか、あとは毒があったりで食べられる種類は限られるけどね。
できれば俺も一匹仕留めたかった……だって毛皮と肉じゃ、報酬が十倍も違うんだぜ?
昨日、噛みつきウサギを二匹、丸焦げにしてからその問題に気づいた俺は、今朝待ち合わせ前に初心者用のボーガンを買った。
俺はボーガンなんて使ったこともないし、弓も吹き矢も射的ゲームですらやったことがないけど、少なくとも剣を持って戦うよりは俺向けだろうと思ってさ。
しかしそれが甘かったよ……。
【プログラマー】は前世でのその職のイメージどおり、デスクワークの職だからか? 運動神経がゼロ……とまではいかないけど、かなりヤバイのかもしれない。
転職前はどんだけ走っても疲れなかったのに、いまやちょっと走っただけで息切れが激しいし、ボーガンを構えるにも重くて照準が定まりづらい。
ていうか、今も呼吸を整えるのに必死だ。
そんな俺を見て、イリスは少し心配そうな顔をした。
「私もボーガンを買って、一緒に戦いましょうか?」
「えっ、いやいや、両手杖とボーガンを両方持つのはキツいだろ?」
【魔法使い】のケヴィンが小さな片手杖がないと魔法が使えないのと同様、【聖女】のイリスが奇跡を使うには神殿で祝福された両手杖が必要だった。
両手杖は木製で、ケヴィンの菜箸と比べて断然大きいし、重い。
それに既に昨日、イリスが試しに俺のボーガンを使ってみたけど、腕は俺とぜんぜん変わらなかったし。
「神官の中にはメイスという、両手杖と一体化した打撲武器を使う方もいるようですが……」
「ああ、メイスねぇ、でもイリスのその細腕じゃあ無理じゃないか? そもそもさ、【聖女】に打撲武器って、なんかイメージが合わないんだけど」
「ははっ、撲殺【聖女】だなんて物騒じゃねえか! それよりわりぃな、俺が剣さえ使えりゃなぁ」
ジューシーに焼き上がった噛みつきウサギをぶら下げて、ケビンが会話に入ってきた。肉の焼ける良い匂いに、不覚にも腹がぐぅ~っとなる。
昼飯休憩の時はボーガンの練習をやりたくて俺だけ食べてないから、余計にお腹が空いてるんだよね……。
「まあ、苦手なもんは仕方ないよ。それより今日も噛みつきウサギだけかぁ。一日中やってやっと五匹、三人の一食分にも満たないなんてなぁ」
「いっそのこと、このまま食っちまった方が腹の足しになるかもな、がははははっ」
「あのねぇ……でも確かに、これからギルドに戻って換金してって考えると、そのまま食べた方がエネルギー効率良かったりして?」
「がははっ、冗談だって。ウサギってのは案外、肉が少ないからな、俺には足りねえ」
ケヴィンはそう言うけれど、笑い事じゃない。
俺はまだいい、家に帰れば母さんが夕飯を用意して待っててくれる。そしてイリスも、あの【司祭】さまである叔父さんの家に帰れば食事が出てくる。
だがケヴィンはこの町の出身じゃないから、宿屋に泊まっているそうだ。
どうやらケヴィンは訳あり過ぎて、故郷の村じゃ組んでくれるパーティーがいなくなったから、旅をしながらここまで来たらしい。
そんな生活を既に三年も続けているんだとか。
だからパーティを結成して二日目の今日、俺のスキルを他のモンスターに試すより先に、まずはケヴィンの生計が成り立つよう、噛みつきウサギ狩りに勤しんでいた。
ていうか午前中に噛みつきウサギを狩って、午後に他の依頼をこなせばいいじゃんって思ってたんだよ。それが……結局、一日がかり。
今日、依頼をこなした報酬はすべてケヴィンに渡すことにしてるんだけど、それでもケビンの宿代と一日分の食費に充てるには微妙に足りないんだ。
あ~あ、もっといろんなモンスターにスキルを使って、どうしてモンスターの行動がソースコードになって見れるのかを調べたいんだけどなぁ、先が長いぜ。
俺はよっぽど悩ましい顔をしてたのか、それともさっきの俺の腹の音に気づいたのか?
ケヴィンがニカッと笑って「よし、こうしようぜ」と口を開いた。
「今日くらいみんなで飯を食うか!」
「なに言ってんだよ、うちのパーティーにそんな金あるか」
「俺だって今までの蓄えってもんがあるんだぜ? 気にすんなって」
「はい、私も今日は多めにお金を持ってきました!」
イリスまで……。
二人の気遣いが嬉しい。
パーティーはみんなで協力して依頼をこなす。
だから平等な立場のはずだけど、どうしても俺は責任を感じてしまうんだよな。
多分、この狩りの方法を提案しているのが俺だから。
「そんで明日はもう一人、パーティーメンバーを探そうぜ。やっぱ俺だけじゃ狩りの幅が狭まるしなぁ。アタルはもっと他のモンスターと戦いたいんだろ?」
「そうか……それもそうだな。人数が増えればもっと報酬のいい依頼もこなせるだろうし」
人数が増えれば一人あたりの報酬が減るわけだけど、その分、もっと効率のいい依頼を受けられると思えばいいか。
報酬がいいと言えばダンジョンらしいけど、もともとイリスには、ダンジョンに行くにはこの三人じゃ難しいって言われてたしな。
「それなら募集するのは【戦士】がいいかな?」
「そうですねぇ、どんな依頼かによりますね。あっ、ダンジョンにいく場合は【戦士】もそうですが【シーフ】も不可欠ですよ。初心者向けのダンジョンでも罠がありますから」
悩ましそうにそう言うイリスに、ケヴィンが提案する。
「【戦士】が見つかったら、初心者向けの東の湿地のスライム狩りとか、廃墟のゴブリン狩りがいいんじゃねえか?」
「そうですね! そのあたりは初心者向けとして有名ですし」
「待てよ、スライムってケヴィンのファイアボール、効くの?」
現世の世界のゲームでは、スライムは大抵最弱モンスターだ。
この世界でも多分そうだけど、出てくる場所はほぼ水場なところが俺の知ってるゲームと違うところか。
あいつらは湿地の水の中に隠れていて、人や動物が通るとヒルみたいに足にくっついてこっそり精力を吸い取っていく気持ち悪いやつらだ。
大きさは手のひらサイズで人間ならすぐに気づくからいいけど、馬車なんかだと気づかないうちに馬がスライムにやられて、へばっちゃうなんてこともよくあるらしい。
まあそんなことはさておき。
水の中にいるやつにファイアボールなんて効くのかよって話だ。
「スライムは氷魔法や雷魔法、あとは物理攻撃が有効だったと思います」
「そうだよなぁ、少なくとも火は……【戦士】が仲間になっても、ケヴィンの魔法が効く相手の方がいいよなぁ」
「俺は別に壁役だけでも構わないぜ?」
ケヴィンはそう言うけど、せっかく【魔法使い】なんだから、魔法で活躍したほうが本人もやる気が出る気がしてさ。
ほら、そうすりゃ他の魔法も覚える気が起きるかなぁなんて。
「まあ明日、試しにスライムに俺のスキルを使ってみるのもありか。みんなが知らない弱点があるかもしれないし」
「そうですね! それにスライムは薬の材料になるので常に依頼が出ているはずで、噛みつきウサギより効率がいいかもしれません」
「そんでスライムが駄目ならゴブリンでも探しに行こうぜ」
「了解、そうしよう」
答えながら、俺は少しだけ不安になる。
無事に【戦士】の仲間が見つかればいいけど……【戦士】は冒険家中では人数が多い方だけど、パーティーの主力でもある。上のランクに行くと一つのパーティーに複数の【戦士】がいることも多いらしい。
そもそも昨日、募集の掲示板を見たときもめぼしい人がいなくて、偶然ケヴィンに出会えたわけで。
不安が顔に出ていたのか、ケヴィンがそのグローブみたいなデカい手で俺の背中をバシンと叩いてきた。
いててっ……俺は倒れそうになるのをなんとか踏みとどまる。
「元気出せって! もし【戦士】が見つからなくても、ゴブリンくらい、いざとなりゃあ俺がこの拳でぶん殴ってやるよ」
「はははっ、頼もしいなぁケヴィンは。じゃあ、とりあえずギルドに行って報酬をもらったら、みんなでご飯を食べようか」
というわけで、俺たちは町に向かって歩きだした。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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前回のお話で第一章完となり、今回から第二章となります。
予定では第三章か第四章で第一部が終わる予定ですが、読んでくれる方が少ないようであれば第一部で完結でいいかなぁと考えています。
(一応キリ良く終わります)
とにかく第一部完までは引き続き毎日更新で頑張りますので、よろしくお願いします〜!




