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君に全てを捧げよう


 アストリュック国に向かうまでの道中、パトリシアは楽しい時間を過ごすことができた。


 クロード殿下は立ち寄る先々で、地元の人間に美味しい食べものを尋ねては、楽しげにパトリシアを引っ張り回した。


 彼はすごくお喋りという訳ではないけれど、『美味しい』だとか『楽しい』だとかのポジティブな台詞は、わりと積極的に口にする。


 相手が庶民であってもコミュニケーションを取り、美味しいものは調理方法を尋ねたり、スパイスを買いつけたりして、お土産を増やしていった。


 パトリシアはクロード殿下と一緒にいると、いつもニコニコと笑顔がこぼれ出てしまい、このまま顔が戻らなくなるのではないかと、心配しなければならなかったほどだ。


 ――ところでパトリシアは荷物も持たずにクロード殿下の馬車に飛び乗ったので、着替えや生活用品をそろえていく必要があった。


 旅の途中のため、衣装は既製品から選んでいくのだが、クロード殿下はまずパトリシアに選ばせて、そのほかに自身が彼女のために見繕ったものも一緒に購入する。


 彼の選択はパトリシアからすると、一見『え?』と戸惑いを覚えるようなものばかりだった。クロード殿下の趣味が悪いとかではなくて、『自分に合うかしら?』と自信が持てないようなものを彼は選ぶのだ。


 けれど実際に着てみると、自分で選んだものよりも、彼が選んでくれたもののほうがしっくりきて、素敵に見えるのが不思議で仕方なかった。


『あなたのほうが私のことをよく分かっているみたい。どうして?』


 尋ねると、彼はスマートに微笑んでみせ、


『たぶん君が鏡で見ている姿よりも、僕の目に映っている君のほうが、ずっと正確なんだと思う』


『あなたにはどう見えているの?』


『――君はこの上なく美しい。在り方が、とても』


 彼の落ち着いた声音が染み入り、ジンと胸が震えた。じっと見つめ返すと、彼が照れたように微笑む。


『気づいている? 君は楽しい気分の時、必ず僕のほうを振り返る。君が微笑んでくれると、時間が止まったみたいに感じる。その瞬間に、今ここにある全てが完璧だと思えるんだ』


 まるで魔法のようだった。彼のほうこそ、時間を止めることができるのではないだろうか。


 戯れのように手を引かれ、その緩急に、パトリシアは目が回りそうになる。


『国に戻り、家族に祝福されながら、式を挙げる。――それまでは君とのことを、無理に進めないと誓うよ』


『ええと……あなたにお任せするわ』


『助かったと思っている?』


『その、よく分からない。ごめんなさい』


 パトリシアは知識不足で、先の言葉が何を示唆しているのか、彼が本当は何を求めているのか、上手く汲み取ることができなかった。


 クロード殿下は微かに瞳を細めている。『もしかして拗ねているのかしら?』というような、物言いたげな様子で。


『あー、でも……君が強く望むなら、僕はそれを叶えたいとは思っているんだ』


『え?』


『寝室に呼びたい気分になったら、遠慮なく言ってくれ。君に僕の全てを捧げよう』


 悪戯のように頬にキスをされて、パトリシアは真っ赤になって、『もう、からかわないで』と彼の肩を叩いた。――クロード殿下は楽しげに笑うばかりで、パトリシアを慌てさせたとしても、ちっとも反省していないのだった。


 そんなふうにじゃれ合いながら、彼と多くの時間を過ごし、パトリシアはアストリュック国に辿り着いた。


 ここはクロード殿下の故郷であると同時に、パトリシアにとっても、これから大切な場所になる。


 足を踏み入れた瞬間、パトリシアは胸の奥から愛情が溢れてくるのを感じていた。



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