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ロザリー、クロード殿下に突撃②


 ――クロード殿下は障害物が排除されたあとで、傍らにいたミラーのほうに視線を送った。


「なんだあれは」


「……特徴からして、ロザリー嬢ですかね。アレック殿下の新しい婚約者の」


「おい、おい、アレック殿下は正気なのか?」


「どうでしょう。雲行きが怪しくなってきましたね」


「歴史に残る愉快な会談になりそうだな。なんだかワクワクしてきたよ」


 そう呟きを漏らしたクロード殿下は、確かに口元に笑みを浮かべていたのだが、微かに細めた目元には、冷ややかな怒りの気配が漂っているように感じられた。


 それを眺め、ミラーは少しだけピリッとした気分を味わうこととなった。


 クロード殿下は不快になったとしても、部下に当たり散らすようなことは決してしない。けれどだからといって、気安く怒らせてよい人ではないのだ。――抑制が利いていて、懐の深い人物だからこそ、相対する側がそれに甘えて無礼を働いてはいけないとミラーは考えている。


 ロザリー嬢のあの馬鹿げた振舞いを見るに、ブレデル国はきちんとわきまえてはくれなそうであるが……。


 クロード殿下が気まぐれのように続ける。


「本館に着いたら、警護はそこに置いていく。そのまま残すことで、アレック殿下たちに圧をかけてやろう」


 どこまで本気なのかは分からない。クロード殿下の考えは複雑すぎて、ミラーが真意を読み解くことは不可能だった。


 今の『圧をかける』という発言だって、完全におちょくっている口調だったし。……いや……実は少し本気だったりするのか?


「……パトリシア嬢には身軽な状態で会いたいということですか?」


「まぁそうだな」


「理由をお訊きしても?」


「理由なんかない。単なる気まぐれ」


 本当だろうか? ミラーは思わず眉根を寄せてしまう。


「私はご一緒してもよろしいですか?」


「ああ。二人でパトリシア嬢のもとに向かおうじゃないか」


「さようですか」


「何を話そうかなぁ……趣味でも訊くか? お喋りな男は嫌われてしまうかな? どう思う?」


 軽口を叩いているものの、クロード殿下の表情は完全に冷めていた。これから起こる出来事に対して、何一つ期待していない様子である。それほど先のロザリー嬢の乱入が、クロード殿下にとって良くない印象だったのだろう。


 ……確かにあれはなかなかに衝撃的だった。ミラーは『人語を話すチンパンジーが飛びかかって来たのか?』とぎょっとしたくらいだ。


 それでもミラーとしては、あるじがこうも投げやりになっていると、心配せざるをえなかった。


「――殿下。お忘れのようですが、アレック殿下ほか、王族との挨拶がまだお済みではないですからね」


「途中で私の堪忍袋の緒が切れて、彼らの口に石ころを詰め込もうとしたら、羽交い絞めにして止めてくれよ」


 クロード殿下は軽く肩を竦めながら、そんなジョークを口にした。


 ミラーとしては苦笑いするしかなかった。


 ――このあとアレック殿下と面会したクロード殿下の機嫌は、下降の一途を辿ることになる。一番下まで行き着いたので、かえって穏やかに感じられたくらいだ。


 パトリシア嬢のもとに向かう頃には、あるじの精神状態は凪ぎに凪いでいた。


「外は良い天気じゃないか。……世界は平和だ」


 と殿下が隠居人のようなことを言い出した時には、本気で心配になったほどだ。


 途中でグレース王太后殿下と遭遇し、そのあとで約束の場所に辿り着いた彼らは、運命の扉を開け――


 この状態から見事、クロード殿下を惹きつけてしまったパトリシア嬢の鮮烈な存在感に、ミラーは圧倒されるような心地だった。


 運命、といったら陳腐だろうか。


 とにかく彼女は何一つ計算することもなく、あるがまま、身一つで、クロード殿下に衝動めいた行動を取らせたのだ。――この怜悧なクロード殿下に!



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