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ロザリーVSグレース王太后②


「大丈夫ですか、お祖母(ばあ)様!」


 アレック殿下はグレース王太后殿下の肩を支え、優しい手つきで抱き起こした。


 彼はグレース王太后殿下のことを尊敬しており、大切に想っているのだ。――アレックの父である国王陛下がグレース王太后殿下を敬愛しているので、そうした想いは子供であるアレックにも受け継がれることとなった。彼は幼少期から、グレース王太后殿下に対する畏怖の念を刷り込まれてきた。


 アレックは聖泉礼拝の件で色々複雑なものを抱えていたのだが、そもそもの話、彼がグレース王太后殿下の存在を軽んじていたならば、ここまで気持ちをこじらせることもなかったのである。


 アレックは初めてロザリーに対して激しい怒りを覚えた。


「お祖母様になんということを……!」


 殺意が込み上げてきて、声が震える。


 ロザリーはアレック殿下の瞳を覗き込み、状況のまずさを正しく悟った。そこで彼女は憐れに許しを乞うた。


「違うんです! 私、転ばせるつもりはなくて……グレース王太后殿下がよろけたように見えたので、杖を支えて差し上げようとしたら、力加減を誤ってしまっただけなの!」


 すると泉に映ったロザリーが口を開いた。


『鬱陶しい、くたばり損ないの、クソばばぁ! 死んじまえ!』


 ロザリーはぎょっとし、泉のほうに視線を向けた。鼻のつけ根に皴を寄せたロザリーが次々と悪態を吐いている。聞くにたえない、汚い言葉を。


 慌ててアレック殿下を見遣るが、彼は泉のほうを見ていないし、今の悪口を咎めるでもなかった。彼には聞こえていないのだわ……そう気づき、ロザリーはホッと息を吐いていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 ロザリーがメソメソと嘘泣きを始めると、アレックは途端に気まずさを覚え、小声で呟きを漏らした。


「ああ、いや……ごめん。僕のほうこそ、一方的に……」


 アレックはグレース王太后殿下が身を起こすのを手伝ってから、泣きじゃくっているロザリーのそばに渋々歩み寄った。


「今日の儀式は私がやるから、彼女を連れて行きなさい」


 グレース王太后殿下がそう告げてきたので、アレックはロザリーの肩を抱き、さすってやった。


「……さぁ、今日のところは部屋に戻ろう、ロザリー。温かいお茶でも飲んで、落ち着こう。大丈夫だから」


 ロザリーを抱きしめながら、アレックは顔を曇らせていた。


 ……本当に彼女に務まるのだろうか? 疑念が湧き上がってくる。


 それになんだか、こうして改めて見ると、ロザリーの佇まいは野暮ったく感じられた。なぜだろう。少し前まではあんなに輝いて見えたのに。


 ……僕がパトリシアを失ったからか? 不意にアレックは気づいてしまった。


 以前は完璧なパトリシアがいつも視界に入るところにいた。アレックは内心ではそれに感心しながらも、氷のような彼女の美貌に苛立ちを覚え、無意識のうちに真逆のものを求めてしまったのではないだろうか。


 ロザリーはパトリシアみたいに、豪奢で滑らかな髪をしていない。それって庶民的で、気取りがなくて素敵じゃないか?


 ロザリーはパトリシアみたいに、滑らかな曲線の体つきをしていない。それってすごく純真な感じがするじゃないか?


 ロザリーはパトリシアみたいに、落ち着いた振舞いをしない。それはつまりロザリーが元気いっぱいで、正直だからじゃないか?


 ――しかしパトリシアが婚約者でなくなった今、ロザリーは単体で評価されることになる。そうなると途端に、ロザリーは泥臭く、野暮ったく、ガサツな女に成り下がってしまうのだった。


 こんなことを考えたくないのに、アレックの頭には、次々とロザリーの好ましくない点が浮かんで来る。――なんだこの女の前髪、腹が立つな、など。


 けれどアレックは自分が選択ミスをしたことをどうしても認めたくなかったから、『いや、ロザリーはちゃんと可愛い。そしてとても良い子なんだ』と必死で信じ込むしかなかった。


 アレックはロザリーを支え、一緒に立ち上がった。この時のアレックの瞳は少し泳いでいたけれど、彼はそれでも『大丈夫さ』と自らを騙し続けた。


 十数回もしつこくそれを繰り返すうちに、段々と、『そうだ、大丈夫。ロザリーと上手くやっていけるさ』という気分になってきた。



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