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婚約破棄②


 ――大国アストリュックの王族との縁談? あまりに分不相応だわ、とパトリシアは恐ろしくなっていた。先に想定していた数々の罰則よりも、逆に怖いことのように感じられる。だってこんなことはありえないのだから。


「驚いたか」


 この時のアレック殿下の声音はなぜか少し優しくもあったので、さらに恐怖が増すばかりだ。パトリシアはこくりと唾を呑み、震える声で尋ねた。


「恐れ入ります、殿下。どうしてこのような話、が……」


 上手く喋れない。


「実は私にもよく分からないのだ。――グレース王太后殿下が纏めた話らしいのだが」


「グレース王太后殿下が……」


 寝室から出ることすら難儀するような健康状態だろうに、と驚いてしまった。――流石に隣国まで自ら出向いたわけではないだろうけれど、書面をしたためるくらいのことでも、あの状態ではかなり難儀したはず。


 先日あれだけ生意気な態度を取ったパトリシアのために、それをしてくれたのだ。


 様々な感情が込み上げてきて、パトリシアの瞳がじわりと潤む。


「パトリシア宛に、グレース王太后殿下から伝言を預かっている。――本日、この時より、そなたが聖泉礼拝を行うことを禁ずる。以降の聖泉礼拝は、ロザリー・カミングスが担当するものとし、グレース王太后殿下が直接指導に当たられるとのことだ」


「グレース王太后殿下は、外に出られるほどに、ご回復されたのでしょうか?」


 指導するためには、王宮の敷地内とはいえ、少し距離があるケイレブ聖泉まで歩かねばならない。


 無理をして体に負担がかからないだろうかと心配になってしまう。


「それはパトリシアが気にする問題ではない。――グレース王太后殿下ご自身がそうするとおっしゃっているのだ。できないなら、やるとは言わないはずだ」


 確かにアレック殿下の言うとおりだった。パトリシアの気遣いは、出過ぎた真似に当たるだろう。


「承知いたしました」


「それからもう一つ、グレース王太后殿下がおっしゃっていたことがある。――これ以降は会いに来てはいけないと」


 パトリシアは虚を衝かれた。


「納得が行かないか? しかし当然の話だ。――これまで君は聖泉礼拝を行っているから、自由にグレース王太后殿下とお会いできていたのだ。その任を解かれたのだから、君は王太后殿下と面会できる権利を失う。――それでね、パトリシア。会えなくなるのは、私に関しても同じなんだよ。もう婚約者同士ではないのだから、つきまとったりされると困るからね。きちんと立場をわきまえるように」


 パトリシアはグレース王太后殿下とお会いできないと告げられ、ショックを受けすぎて、頭が混乱していた。これを自分の中でどう整理したものか、よく分からない。


 なぜ、と疑問に思ったし、もうお話しできないのだと思うと、寂しかった。今回の縁談の件で、色々お訊きしたいこともある。せめてお別れの挨拶くらいはしたかった。


 アレック殿下はそんなパトリシアを眺め、右手のひらで、自身の顎をさすり、考えを巡らせていた。――ナルシストなつもりはないが、自分は外見的に、かなり優れているほうだろう。対し、アストリュック国の第四王子は、噂で聞く限りは、凡庸な男とのことである。


 ――かわいそうに、パトリシア。憐みの気持ちが湧いてくる。次の男のグレードがガクンと下がったら、さぞかしがっかりだろう。


「新しい婚約者は大国の王子だが、期待はするな、パトリシア。第四王子は、どうやらかなりの半端者らしいのだ。私より数段レベルは落ちるものの、君は贅沢を言える立場にないのだから」


 アレック殿下の言葉に、パトリシアは耳を疑ってしまった。グレース王太后殿下の件で頭が真っ白になっていたパトリシアであるが、アレック殿下のびっくり発言のおかげで意識を引き戻された。


 ――当国とアストリュック国を客観的に比べれば、子供と大人くらいの力の差がある。殿下はこんな小国にいながら、なぜ大国の王子を小馬鹿にできるのだろう?


「その方のお名前は」


「クロード殿下、といったかな」


 クロード殿下……パトリシアは心の中で何度か名前を繰り返した。


 どんな方かしら、優しい方だといいけれど……とパトリシアは考えていた。そして『もしそうなら……』と希望が芽生え、胸がじんわりと温かくなったので、自分の単純な精神構造に驚いてしまった。いまだに物事を楽観的に捉えられるだなんて、随分おめでたい性格をしているわね……と呆れてしまったくらい。


「クロード殿下はおいくつなのでしょうか」


 もしかして、クロード殿下がオムツも取れていないような幼子だから、アレック殿下はこのような物言いをしているのだろうか? とパトリシアは思い、年齢を尋ねてみたのだ。……とはいえまぁ、たとえクロード殿下が三つかそこらの子供だとしても、立場を考えれば、アレック殿下の先の発言はやはりありえない無礼ではあるのだが。


「二十一歳だ、確か。――私と君が十九だから、二つ上か」


 では年齢もこちらが下ではないか。パトリシアとしてはもう、返す言葉もない。


「二十一にもなって、情けない王子だよ。というのも、びっくりな話なのだが、縁談をちらつかせたら、向こうから来ると言ってきたようなのだよ。ありえないだろう? 普通はアストリュック国のほうに顔見せに来いと言いそうなものじゃないか。それなのにクロード殿下ときたら、尻尾を振り振り、馳せ参じるつもりらしい。アストリュック国でのクロード殿下の立ち位置も、それでなんとなく分かろうというものだ。――誰にも相手にされない、惨めな第四王子なのだろうな。この縁談でなんとか親兄姉から褒められたいと考えているのかな? なんとまぁ……志の低いこと」


 ――どうしてここまで他人を馬鹿にできるのだろう? アレック殿下は、クロード殿下の事情など何も知らないはずなのに。決めつけて、嘲笑っている。


 そんな失礼なものの見方をしなくたって、『どこかに行くついでに立ち寄ってくださるのでは?』とか、いくらでも解釈のしようはあるだろうに。


 それに、たとえ先方が行くと言ってくださったのだとしても、立場的に『こちらから伺います』と申し出るのが礼儀なのではないだろうか。そうしていれば、先方からなんらかの説明がされたのではないか。



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