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殺意


「私を追い詰めないで、ロザリー」


 パトリシアは小声で懇願する。


「アレック殿下にはできる、とはっきりおっしゃればいいのよ、パトリシアお姉様! 聖泉礼拝はそんなに特別なものではないでしょう? そうでしょう?」


「分からないわ」


「それって、できるわけないってこと? 馬鹿にしていますの? なんて無礼なのでしょう!」


「本当に分からないのよ、ロザリー……」


 パトリシアは逃げ場を探すように、視線を彷徨わせた。そして背後に佇むアレック殿下の姿を認め、彼がこちらを凝視していることにやっと気づいた。――互いの視線が絡む。


 パトリシアは打ちのめされていた。アレック殿下と向き合うのがつらくて、思わず視線を逸らしてしまう。どうしてよいか分からなかった。『アレック殿下にはできるはず』と断言できない自分が、冷たいような気がして。婚約者なのに。彼を信じきれない。


 ――アレックは泉のほとりで交わされる会話に耳を澄ませていた。パトリシアの声は小さく、ほとんど聞き取れない。しかしロザリーの声は高く、よく通ったので、内容は把握できた。


 体の中に情念が渦巻いていて、苦しかった。そうだ、認めよう――パトリシアに対して、先程、女を感じた。それは確かだ。彼女の体に魅入ってしまった。もしもこの場に二人きりだったなら……そんなことを妄想した。聖域であることも無視して、互いの境界線がなくなるように溶け合い、入り込みたいと願った。


 熱は期待を伴い、パトリシアに向かう。一直線に。


 見ろ――こちらを見ろ、パトリシア!


 雑音が聞こえている。ロザリーが何か言っているようだ。――パトリシアがアレックを認めていない、聖泉礼拝は務まらない、云々。


 しかしアレックは熱に浮かされたような状態で、彼女たちが語る文言よりも、もっと直接的な交流を求めていた。


 こちらを見ろ、パトリシア――早く――見てくれ、パトリシア――……


 願いが通じたのか、ロザリーと向かい合っていた彼女が、一瞬だけこちらを振り返った。アレックは歓喜した――彼女がとうとうこちらを見た!


 しかし視線が絡んだ瞬間、パトリシアはすぐに顔を背けてしまった。それはとても冷たい態度のように感じられた。まるでアレックの一切を拒絶するかのようだ。


 アレックはぎゅっと拳を握り締め、屈辱に肩を震わせた。


 つれない態度ばかり取るパトリシア。このような思いをさせられるのは、何度目だろう? 彼女はいつもそうだ。アレックを傷つける。


 もしかするとアレックが抱いた劣情に彼女は気づいていて、『汚らわしい、そんな目で見ないで』とでも思っているのだろうか?


 どうして拒絶する? 婚約者同士なのに! 受け入れようとしないのは、聖泉礼拝の儀式ができない、半端者だと馬鹿にしているからか? グレース王太后から聖泉礼拝を許されていない男には、指一本触れさせないとでも言いたいのか?


 なんて高慢で嫌な女だ! 憎い! あの女が、憎い!


 アレックはパトリシアを殺したくなった。



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