1-9.友人たちとの再会
日曜日、午前6時、起床。今日は一人だ。伯怜は昨日と同じように胴着に着替え、庭に出て木刀を振る。動きのキレも昨日よりかは多少良くなっているように見えた。
鍛錬も終わり、家に入り身支度をして朝食、という手順を踏むつもりだったが、家に入ろうとしたとき、突然隣の家から何かが投げ入れられ、伯怜の体に当たった。伯怜は一瞬身構えるが、地面に落ちた何かとは、雑に丸められた紙だった。
「何しやがんだ、彩乃!」
犯人の正体がすぐに分かった伯怜は、すぐさま隣の家に対して抗議するも、返事はなかった。
「ちっ、何考えてんだか……」
伯怜は抗議を諦めて、地面に落ちた紙を拾い上げ、広げてみる。そこにはこのようなことが書いてあった。
「今日の11時、私たちの家に来るように。みんなで待ってるから。by 愛理」
「愛理、何のつもりだ? わざわざ彩乃を使って呼び出すなんて……」
伯怜は不審に思ったが、何が起こるのか、大方予想がついたので、深く考えずに、その場に見合った服装を選ぶことに考えがシフトしていた。
朝食後、軽く新聞を読み、美怜とも少々いちゃつく。妹の要求にとことん甘い兄である。
10時になると、身支度を始め、家族に予定を伝え、10時45分に家を出た。向かう先は愛理の家だが、伯怜の頭には色々なことが頭をよぎる。
(昔は顔パスで入れたけど、今は大丈夫なのか?)
(みんなって書いてあったけど、あの二人はともかく、あいつらもいるのか?)
伯怜は疑問に思ったが、すぐに愛理の家、というより広大な『城』に到着した。
ここは『白帝城』。龍庭保護区の中心にある、様々な儀式が行われると同時に、王族の居住地でもある広大な城である。何故このような姫宮本家よりも厳格なところへ伯怜が来たかということは、すぐに明らかになる。
城に入ろうとすると、当然のように門番に声をかけられるが、伯怜は自身の名と要件を軽く伝えるだけで、門番は素直に伯怜の入城を許可した。また、今後もご自由に、とも言われた。
(まだ顔パスは通じるみたいだな。ついでに言うと、今でも自由に出入りしていいってことか)
伯怜はそう感じつつ、昔と変わらぬ風景を目にしながら、慣れた足運びで愛理たちの住む邸宅へ向かった。
到着したのは『龍公御所』。白帝城の敷地内にある『ある一家』が暮らす邸宅である。伯怜は早速、玄関に入り、
「こんにちはー」
と、ものすごい場の雰囲気とは合わない軽い挨拶をする。すると一人のメイドさんが現れ、
「お待ちしておりました、伯怜様。愛理様たちの元へご案内します」
と、これまたご丁寧に伯怜をもてなした。
「そんなにかしこまらなくていいですよ。昔みたいな感じの方がいいので」
伯怜はやや謙遜しながら、そう答え、メイドの後をついていった。
(なんかデジャヴだな……)
おとといの姫宮本家でのやり取りを思い出したが、特に緊張することなく邸宅内を歩く。
「こちらになります、ごゆっくりと」
部屋の前に到着し、メイドはその場を後にする。伯怜は自分で扉を開け、部屋の中に入る。
すると突然、破裂音がし、伯怜はすぐさま身構える。それも木刀を取り出すほどに、だ。
しかし、伯怜の意図とは全く異なった。音の正体はクラッカーであり、ひと段落置いて、
「伯怜、改めて、おかえりなさい!」
と、愛理が伯怜に声をかけるのだった。伯怜はクラッカーの音に困惑していたが、状況をすぐに理解し、木刀をしまった。そう、これは愛理が主催した伯怜の歓迎パーティーなのである。
「愛理、ここまでする必要はないだろう……」
伯怜も一安心したようで、愛理のみならず周囲を見渡す。そこには、愛理と彩乃を含めた女子が3人と、男子が3人いた。皆、伯怜と同い年である。それぞれ伯怜に声をかけるが、ここは紹介も兼ねて一人ずつの伯怜とのやり取りを見ていこう。
「よく生きて帰ってきたな、伯怜」
口数少なくそう言ったのは、皇龍幸人。伯怜の親友にして最大のライバルである。見た目は伯怜と同じくスラっとしており、目はやや細めだが、伯怜に劣らぬイケメンであり、髪の色は黒で、右分けだがうまいこと左右に分けられた髪型である。
「お前も、大分風格が出てきたな、幸人」
伯怜も幸人を見て、並々ならぬ雰囲気を感じていた。
「よお、伯怜、久しぶりだな!」
快活で大きめな声でそう伯怜に語りかけたのは、皇龍恭人。こちらも伯怜の親友であり、かつ悪友でもある。体つきは幸人よりやや筋肉質で、顔つきは態度と同じく幸人より快活であり、髪の色も幸人と同じ黒髪であるが、ツンツンヘアである。
「お前、自分の立場分かってんのか?」
伯怜は恭人に対し、少々呆れとともに昔と変わらない態度に安堵した。
「おかえり伯怜。無事で何よりだ。それに大分たくましくなったな」
こちらはやや真面目な雰囲気で、伯怜に話しかける。彼の名はは高臣俊貴。こちらも伯怜の親友である。体つきは標準、いや、伯怜たちより若干背が低い。顔つきはおとなしめな雰囲気であり、眼鏡をかけている。何より目を引くのは、左の前髪が特徴的、かつアンテナのようなアホ毛が生えた金髪である。
「俊貴、お前、縮んだか?」
「失礼な! ちゃんと身長は伸びてるぞ!」
「はは、冗談だよ。お前も変わらないな」
伯怜は俊貴をやや茶化しながらも、再会を喜んだ。
「昨日も言ったけど、おかえり、伯怜」
そう優しく語りかけたのは、愛理である。もう説明は不要であろう。
「ああ」
昨日のことがあったので、伯怜も愛理とのやり取りは控えめにした。
「もう一回行っておくわ。おかえりなさい、伯怜」
今度は彩乃が伯怜に声をかける。態度は昨日と大して変わらない。
「彩乃。てめぇ、朝のは何だったんだよ」
「あれ? だって愛理から頼まれたから、一番手っ取り早い方法を選んだだけよ」
「まったく……」
伯怜と彩乃のやり取りも昨日とほぼ同じである。
「伯怜、その、よく生きて帰ってきたわね。褒めてあげるわ」
そう切り込んだのは、藤原葉月。こちらも伯怜とは長い付き合いである。身長は彩乃より高いが、女性的な魅力は感じられない。はっきり言ってしまえば、体つきが貧相ということである。顔つきもどちらかというと男っぽい。髪型はミディアムヘアの一部を編み込みにしており、髪の色も赤いのが特徴的である。
「葉月、相変わらず素直じゃないな」
「う、うるさいわね。せっかく褒めたんだから、感謝ぐらいしなさいよね!」
葉月の返答に伯怜は何事もなかったかのような態度をした。葉月の態度は、俗にいうツンデレというやつだろう。
「それから、背は大きくなったが……」
と、伯怜が続きを言おうとすると、葉月の表情と目つきが豹変し、
「死にたいのかしら?」
と、殺意をむき出しにして伯怜に迫る。
「お、俺はまだ何も言ってないぞ」
ごまかす伯怜だったが、葉月の顔を見て、体つきを茶化すのを止めた。
「とりあえずみんな集まったんだから、ちゃんと挨拶しましょ」
一通り話が終わったと思った愛理は、そう口にし、あらかじめ側使えやメイドに頼んでおいた食べ物や飲み物をテーブルに並べる。
「今日の主役はお前だ。しっかり挨拶しろよ」
「分かってるさ」
幸人の指示に対し、伯怜も答える。
「今日は俺のために集まってくれてありがとう。俺はこうしてちゃんと生きて、いや、強くなって帰ってきた。それの礼だ。乾杯!」
「かんぱーい!」
伯怜の挨拶を聞き終わった一同は、それぞれ飲み物が入ったコップを手にし、皆で乾杯した。
色々と気になる点はたくさんあるが、伯怜たちのパーティーはこうして幕を開けた。
『白帝城』、分かる方ならピンとくると思います。現在は島になっているようですね。