第5話 なんてことない穏やかな朝
基本深夜テンションで書いてます。
里実 自室にて
やっぱり習慣というのは怖い。
日が登ってその明かりで目が覚めたと思ったら、まだ6時ちょっと前。夏休み初日のことである。
学校がある日は5時40分起きだったせいなのか。せっかくの夏季休業なのだから遅くまで寝ていようと思ったのに、大して変わってないじゃん。
こういうときは二度寝に限る。二度寝の心地よさって異常だよね。横になったままの体勢がそのままスムーズに眠りに誘い込んでくれるというか。
目を閉じてリラックスして、私は再び夢の中にダ〜〜〜〜イ…
バーンッ!
「里実おはよーっ!」
「うわあぁあぁあああ!?あぁ?!」 ガンッ
黒髪ロングの女にびっくりしすぎて思わず後ろに下がってそんで頭ぶつけた。揺さぶられるような痛みで感覚が戻り、意識や視界がはっきりする。いや目悪いから明瞭に見えてるわけじゃないんだけど。
てかなんかドアを勢いよく開けてとびかかって来たやつがいるんだけど怖い。この不意打ちは卑怯。マジで卑怯。
「うぐぐ…」
「あ!ごめん驚かせちゃったね。痛かったでしょ?」
玲は私がぶつけたところを優しく撫でる。柔らかい手がなんだか安心させてくれるけど、一応こっちだって言わなきゃいけないことがあるのだ。
「あ、あんた。不法侵入したよね?鍵、鍵をかけてたのに、入って来たよね?」
寝起きで回らない呂律で文句を言うと、
「テレポートで鍵のかかったドアなんて通り抜けちゃうわ」
と彼女は当たり前と言わんばかりにそう言った。ただこれではムカつくので一応言葉を続けてみる。
「不法侵入って言って警察に通報するよ」
「それは困る。あ、でも証拠がないわ」
「玲の足跡とか」
「それは警察が来るまでになんとかできるわ」
「私が取り押さえる」
「うふふ、テレポートで侵入も逃走も出来るこの私を捕まえられるものなら捕まえてみなさい」
「もうあんた嫌い」
「うそだよごめんよ里実許してよ…」
「あー泣くな泣くな」
しがみつこうとする玲をかわしながら、眼鏡を取って眼鏡拭きで綺麗にする。
「そういや、今日何しに来たの?遊びに来たの?」
「それもある。けど、その前に重大な目的があって来たのだよ。里実くん」
「なんで研究者口調なの?」
玲は「ふっふっふ」と笑い、その場でくるりと回って右腕を高く挙げた。
「それはズバリ、『一緒に夏休みの課題をある程度進めちゃおう』計画を実行するときが来たのだー!」
「おやすみお引き取りください。」
「ちょちょ待って待って待てまだ話終わってないから待って」
ベッドに戻ろうとした私を掴み、念力でタオルケットを吹き飛ばした。
「なんですかぁ。二度寝するだけっすよー」
「せっかく起きたのにまた寝るなんてさーびーしーいー」
「背中にくっつくな。背後霊かあんた」
「やーだー」
「駄々っ子か。あと体重かけるなって」
「さーとーみーと一緒にいーるーのー」
ご覧ください。この人、大和撫子みたいに容姿端麗で穏やかな雰囲気で、しかもこんなんで神なんすよ。精神年齢いくつだ。
「あんたって毎日楽しそうだね」
「えへへー。でも里実も毎日楽しそうだよー」
「あーまあね」
なんだかんだこう言うくだらないやりとりを楽しんでいる自分がいるのは、とっくにわかっている。
さて、目が覚めたからカーテン開けるか。
「お、カーテン開けた、そんで眼鏡をかけたってことは…」
「起きるよ。顔洗ってくる」
「わーい!やったー!」
里実 自宅のリビングにて
「玲、せっかく来たとこ悪いんだけどさ、朝ごはん食べてからでいい?」
「もっちろーん。なんなら朝食の準備手伝おうか?」
「いや、トーストだけなんだし大丈夫」
「トーストだけ?なんか質素じゃない」
確かにそうだが、朝は胃袋がまだ起きていないからかそんなに食べたい気分にもなれないのだ。だからトースト一枚、それを半分に切った分だけしか食べない。
玲はまだ何か言いたげな顔をしている。
「…」
「野菜は?って聞くつもりだったでしょ」
「よくわかったわね」
キョトンとして感嘆したような表情だ。この子はよく表情がコロコロ変わるな。時々年下の子供を見ているような感じになる。実際はもっと年上なんだろうが。
「野菜は夜に取ってるから大丈夫」
「いつものこと聞くけど、生野菜━━」
「あれは嫌いだ」
生野菜はなんだか水っぽくて、サラダ…なんだっけ。あ、そうだ、サラダドレッシングをかけても、液体がかかっていない部分が味がしなくて水っぽい野菜のままだから、不味いって思うんだよね。火を通して炒めるなりスープに沈めるなりすれば平気で食べられる。
トマトともやしは例外。前者は祖母に「これだけは食え」って食わされ続けてたから生でも大丈夫になったんだ。まあ美味しいとは思わないけど。後者は昔からラーメンの具だったり炒め物に入っていたりで、歯応えが好きでよく食べてた。
「じゃあさ、昨日コーンスープ作ってたからその余り飲まない?」
「え、なんか悪い気もするけど」
「試作品だったんだけど、あれ美味しくてさ。里実にも飲んでみて欲しいなーって」
「いただいてもいいんすか?」
「うん!」
こういったことは初めてじゃない。ご馳走してもらったり逆にご馳走してあげたり、そういうのは何度もあった。
「それなら、飲みたい」
「じゃあ温めて持ってくるね!」 シュッ
ほんの少しの間光を放って玲の姿が消えた。テレポートっていいなぁ。どこでもドアじゃん。
騒がしい彼女が一時的に消えたからか、静かになった。たまに風が吹く音がするくらいで、まるで夜みたいに静まり返る。なんか寂しいなと思ってテレビをつけてみた。
「おはよーございます!今日も朝から張り切っていきましょう!」
司会のお姉さんが元気に挨拶してきた。これは地府テレビの番組『ハリキリモーニング』で、6時から7時半まで生放送でこんなに高いテンションが続く。
目覚ましには丁度いいのかもしれないが、朝からこれを正面から受けるのはちょっときついので、テレビの音量を2個くらい下げている。
早朝にテレビに出ないといけない人やスタッフは大変だなぁ。てか冬だともっと大変そう。
シュッ
「さーとみ、おまたせー。あっためてきたよ」
「お、ありがと」
玲が再び姿を表した。消えたり現れたりする瞬間って、実は玲のいるor現れる位置で一瞬だけ発光するんだよね。あれ電気だったりするのかな。それとも見た目だけ魔力か何かでそれっぽくしてるだけとか?
「お、トースト焼けた」
「じゃあ里実の朝食タイムね。里実のスープカップってどこにあったっけ?」
「そこの食器棚、二段目の右側」
「はーい」
玲がカップにスープを注ぐ間に、私はいい感じに焼けたトーストを取り出し皿に盛り付ける。はちみつと小麦の焼けた匂いが食欲をそそる。
そしてコップを用意して数年前から愛飲している麦茶を注いで、トーストと玲お手製コーンスープをテーブルに置けば…
「できた」
「完成!『トーストとコーンポタージュの友情タッグ』!タイトルは今考えた」
「なんか物語できそう(小並感)」
とりあえず、いつものアラカルトなものから玲の乱入によって色が増えたって感じかな。
「いただきます」
まずはスープから口に運んでみよう。とうもろこしの色そのままの自然な黄色。玲によく似合う鮮やかな黄色のポタージュだ。
…玉ねぎがはいっているのだろうか。それととうもろこしの優しい甘さがたまらない。それでいてなめらかで濃厚なポタージュは、お店で出せるほどのクオリティ。
夏だから寒くないにしろ、人の心を芯から温めてくれそうな抱擁力のある柔らかな味が懐かしく感じる。そう、そばにいてくれた人が昔━━━
「今日の占いコーナー!今日もランキング形式で運勢を見ていきましょう!」
時刻は6時ちょっとすぎ。画面にランキングが映し出された。だいぶポップな感じのデザインで、お遊び的な運試しって感じ。
「あ、この時間占いやってるんだ。5月は7位、微妙。『やることをやって不安を無くそう』か。ラッキーカラーは黄色。今飲んでるこれじゃん」
「じゃ、里実は安心だね♪4月は…おお、3位。『攻めの姿勢でいくとナイスな結果になるよ』だって。やっぱり里実んちに押しかけてよかったわ」
「え、まさかあんた、この占い文を予知して行動を?」
「いや、違うけど」
「違うんかい」
どっちかって言ったら玲は占い師側でしょ。玲が占い師だったら、ローブは被ってなさそうだな。もちろん宝石などの彼女の美しさと可愛さにとっては余計な装飾は付けてなくて、話を聞くことで共感やアドバイスを…ってそれカウンセラーじゃね?
「そういや玲。あんたって朝ごはん食べたの?」
「食べてますとも」
「てかいつ起きた?」
「4時半」
「早すぎだろおばあちゃんか」
さっきも駄々っ子かと突っ込んだが、子供か年寄りかどっちだよ。ま、彼女の精神年齢については考えても無意味だろうなあ。実年齢は私の想像を遥かに超えてるだろうし。
「あなたがコーンポタージュで喜んでくれて良かったー」
「うん、美味しかったよ。ありがとうね」
「どーいたしましてー」
玲は穏やかに微笑んでいる。美人の笑顔ほど見たいものはないよ。
「ごちそうさま」
「じゃ片付けようか」
「あ、いや流石にそこまでは悪いって。テキトーに過ごしてよ」
「わかったー」
そうは言ったけど食器を片付けて洗う間に、玲は何してるんだろ。あ、コーンスープの鍋を自宅に戻しにいったのかな。
里実 自室にて
「さー、気合入れていくよ!」
「げぇ!それは…」
違った。皿洗いから戻って自分の部屋に行くと、玲が夏季休業課題を広げて待っていた。…起きたばかりの時に言ってたな。
「くっ、朝食の間に忘れてくれれば良かったのに…」
「だって『やることやって不安を無くさなきゃ』だもんね」
「そーでしたねはい」
玲に読まれないようになるべく宿題のことは考えないようにしてたんだけどねぇ。そううまくはいかないか。あわよくば遊びに持ち込もうと思ったのに。
「ムッとしない。ささ、少しは進めましょう。あなたはいい子ですから」
「良い子じゃない私不良」
「このわがまま娘め〜」
からかうように笑う玲を見て、私も笑いが込み上げてきた。
「ふっ」
仕方ない、遊ぶためだ。遊ぶのはやることやってからだ。
「じゃあちょっとやるか」
「おー!」
私たちは6時半というめっちゃ早い時間から宿題を進めることになった。この文だけ見るとめっちゃ優等生感あるよね。