第2話 玲の正体(あらすじでバレバレだが)
里実 自室にて
ザッパーンッ!
波がぶつかり合って弾ける大きい音が聞こえたので、スマホを手に取り画面をスライドする。波の音は聞こえなくなった。
これは目覚ましのアラーム音である。自然界の音を使うことで少しでも気持ち良く目覚めようという試み。寝過ごさないようにとかけたアラームだけど、習慣化すると鳴る5分前とか10分前に起きたりするようになる。
ただいま5時40分。起き上がってカーテンを開ける。夏の空は昨日と同じ雲ひとつない晴れやかな空が挨拶してきた。眩しい。起きたばかりでぼーっとする頭には刺激が強い。
顔を洗うために洗面所へ。まだ眼鏡をかけていないので視界がぼやけるが、住みなれた家なのでどうってことはない。
洗面所に着いたら薄暗かったので灯りをつけた。蛇口を捻って水を出し顔につけながら、洗顔用の石鹸を手探りで探す。
十分な量の石鹸の泡を顔につけて伸ばした後、また水をつけて洗い流す。
そうした一連の作業を終えて蛇口をしめたとき、
ザーザー…
「…何か聞こえる」
垂れ流された水の音のような気がしたが、蛇口の水はもう出ていない。ということは洗面所の外からということに。
とりあえず顔を拭いて洗面所を後にし、自室に戻ってみる。
水の音はだんだん大きくなっている。いや、近づいているのか。まるでバケツをひっくり返したような音が…
あれ、ちょっと待って?バケツをひっくり返したようなって、雨降ってない?
里実 リビングにて
リビングも薄暗かったため電気をつけた。
慌ててカーテンを一気にスライドさせる。外の様子を見て目を疑った。
「え…なんで?さっきは…」
さっきまでの爽やかな陽気は存在しない。
青空が黒いクレヨンで塗りつぶされたかのような分厚そうな雲に覆われて、その雲から滝の雨が地面を、家の庭に打ち付けている。砂利のおかげで水溜りのようなものはできていない。
空が一瞬光った。その僅か2秒後、轟音が鳴り響く。どこかで雷が落ちたようだ。窓越しに見上げると、稲妻が雲を引き裂くように走るのが見えた。続いて雷鳴が響く。空が一瞬だけ真っ白に染まる。すぐに雷鳴が聞こえる。
そう、これは間違いなく「ゲリラ雷雨」だ。
「いや…なんで?だって、さっき見た時は晴れてたのに」
そうだ、昨日の天気予報で「明日の天気は一日中晴れです」って。つまり今日は晴れのはずなんだよ。起きた時は空が明るかったんだよ。
眠気は覚めたが動揺していて考えようにも頭が回らない。この雷雨が私の願いに応えた形だということすら、この時は気づくことができなかった。
ただ確実に言えることは、この天気のまま外に出たらやばいってこと。傘をさしても間違いなくびしょ濡れになるし、この辺は高い建物が多いから避雷針があると思うけどだからって絶対に雷に打たれない保証はない。
学校…遅刻して行こうかな。いざというときのために担任の四谷先生が予め電話番号を教えておいてくれて良かったよ。
ブー
スマホが振動する音がした。テーブルに置いてある携帯を手に取り確認する。
「あれ?メール?学校からだ」
四谷先生が自身の電話番号と共に教えてくれた学校側のメールアドレスから、全校生徒に一斉送信でメールが届いているらしい。なになに…え!?
簡単に言うと、そこには生徒にとって喜びの通知だった。
『本日は急な雷雨のため、休校とします』
「きたああああああ!!」
本 日 ★ 休 校 で ご ざ い ま す ! !
これは嬉しい。嬉しすぎる。今の私のテンションは最高潮、乾いた人生の株も急上昇、年に数回のバブルで絶好調!
とっても気分が高まっている。今から踊りたい気分だ。運動は苦手なので踊れないけど。
「さーて、今日はなーにしよっかなー♪ゲームかなー?動画かなー?」
思わぬ時間の余白ができたのだ。楽しいことをしたい。雷の音をバックに音ゲーのスコア詰めでもしようかなー。リアル雷の音を聴きながら動画の雷でも観ようかなー。自慢するけど私、雷ってそんなに怖くないんだよね。建物の中に居れば大丈夫だしね。停電だけは洒落にならないけど。
とりあえず、朝の音ゲー曲鑑賞ターイム!
そう思ったが…カレンダーが目に入ってしまった。続けて不都合な事実を思い出してしまう。
「テスト勉強あるやんけぇぇぇ……」
へなへな〜っと突然現実に引き戻される。一度現実を知ってしまうと、夢の味も薄れてしまうというもので。嬉しさの余韻を味わうことはできない。
うん、時間ができたんだ。行くはずだった学校のためとはいえ早起きしたのだからテスト勉強し━━━
『もし神という奴がいるんだったらー、明日の学校を休みにしてみろー!』
昨日、青空に放った私の言葉がよぎった。
「あ…いや、まさか、偶然だよね…」
昨日の玲との会話を思い出した。まさかとは思うが、記憶を辿る。
ピンポーン
「わ!?」
インターホンが鳴った。怪しい勧誘だったら居留守を使うところだが、こんな雨の中来るとは思えない。インターホンのカメラをオンにして誰が来たのかを確認しよう。
ピッ
『里実おはよー』
「…え?」
玲がモニターに映し出された。正直彼女が来るとは思ってなかった。ただ、昨日のことを考えると、私がやってしまったことについて言及されるのではないかと思って冷や汗が出る。
心拍が速くなるが、平静さを保って対応しよう。
「おはよう、なんでこんなときに?」
『ちょっと話したいことがあってね、入っても良いかなぁ?』
昨日の話か?いや、まだそうと決まったわけじゃない。できるだけ自然な振る舞いをしよう。
「いいよ。入って」
外はまだ土砂降りの雨、約10秒に1回雷鳴が聞こえる最悪な天気の中、玲はこっちに向かってきた。
「よくこんな天気でうちに来たね。それで話って何?」
「この豪雨のことよ」
やっぱり来たかこの話、と心の中で身構えた。
「今も降ってるよね」
「天候が悪くなって、学校が休みになった。里実の願いが叶った状態になったわね」
「…っ!」
心臓が跳ねる。これ誤魔化せる気がしない。
「き、昨日の話か…」
違う話題に持ってっても無意味な抵抗だと思われそうだ。思ってることを見抜く力が本当にありそうな玲相手には勝てない、そう感じた。だからすぐに思ってることを話すことにした。
「この豪雨って偶然だよね…?まさか私が言ったからこんなことになってるんじゃないかって、こんな漫画みたいなこと普通ありえないのに…」
「そうよ、普通はありえない。そして偶然ではなく故意に起きたことだが里実のせいでもない。里実の言葉はこの雷雨の決定打になった。ただそれだけ」
あ、あれ…?なんか予想外の反応された…?
「え、決定打?」
「ふふふ…確かに『神』はあなたの願いを聞き入れ、悪天候という形で応えた。けどそれは、里実に証拠を見せるための手段に過ぎないの。『神』がいるという事実を教えるための」
彼女は含み笑いをしている。相変わらず可愛らしいんだけど、昨日までの玲とはなんだか違う雰囲気だ。
それに、なぜ玲はこんなこと語っているのだろう。おふざけなら今はとっくに話が終わっているはず。非科学的な内容を話し続ける目の前の存在の意図がますますわからない。
「『神』は昨日ここに、この部屋であなたの話を聞いていた。近くなんてもんじゃない。目の前で」
玲は豪雨が降り続ける外を見て微笑み、その顔をこっちに向けて語った。
「実は私が『神』で、この悪天候を起こしたのは他でもない私なの」
バリバリバリッ!!
「うわっ!」
耳を塞ぎたくなるほどの雷が鳴ったと同時に灯りが消えて真っ暗になった。
「て、停電!?」
とりあえず、停電かどうかを確かめるために電灯のスイッチを押してみる。
パッ
「あ、戻った…」
停電はしていなかったようだ。だがほっとしていられなかった。玲が姿を消していたし、今の言葉を置き去りにできないからだ。
今の言葉、「私が『神』だ」と。まさか玲があれを引き起こしたっていうのか?おふざけにもほどが───
「そんな反応をするのもわかっていたわ。未来予知で知った通りね」
「!?」
後ろから声が聞こえた。
「玲!あんたなんで後ろに回り込んでんの?びっくりしたんだけど───」
「里実、聞きたいことがあるわ。私がいないと思った場所にいつのまにかいた…そう思ったことはある?」
「!」
思っていたことを言い当てられてびっくりする私に、玲は耳元で囁き続ける。優しくも、心にまで響くような深みのある声で。
「クラスメートの百合江ちゃんが何も言っていないのに、絵の具を忘れたのかと言い当てた私のことを不思議に思ったことはある?」
「あ…る」
「その感覚は正しいの。テレポートで姿を現し、読心術で人の心を読み、未来を予測ではなく予知する…そんな神としての基本的な力と、私の能力である雷を操って雷雨を起こす…あなたの親友、里田玲にはそれが出来る」
「つまりあんたは元々人間じゃなくて、『雷神』ってこと…?」
黒い空が、さらに黒くなる。こちらを見る玲の目は黄色の妖光を放ち、強大な魔力を秘めていそうなオーラを放っている。
「そう、私は雷雨を司る者。あなたが感じたことは、神たる私も把握している。里実が私を探ろうとした時、私もあなたの心を覗くのだ…」
雷光と轟音がほぼ同時にやってきて、窓を真っ白に照らす。耳をつんざく音と共に部屋は再び暗くなり、脳裏に二つの黄色の光が焼き付いていた。
…シーン
ぱちっ
再び照明が灯る。
「………」
「………」
「あれ?どしたの?なんか静かになっちゃったけど演出ミスったかn」
「そういう問題じゃねぇよ!怖いわ!あとなんだよ演出って。今の雰囲気でそんなこと言われると気が抜けるわ」
「いやー、大事なことを友達に告げるには迫力ないとダメかなーと思って色々考えてたんだよねー」
「…そのために雨とか降らせたん?」
「うん♪」
玲は子供みたいに首を縦に振った。
「仕掛けが壮大過ぎませんかねこの人、てか神様」
「場を盛り上げるのは大事ですから」
「雷はエンタメ?何そのパワーワード」
怖い人もいれば、楽しめるタイプも一定数いるけどさ。
「あ、そうそう。重要なこと言うわ。なんで勉強できるのかとか、運動神経が抜群だとか、料理が上手いとかは、神の力関係なく人間としての努力で身につけたものなんでその辺誤解しないように」
「はい、玲様」
「『はい、吾郎さん』みたいに言わないの。あと、様つけないで今まで通り呼び捨てで良いからね」
このネタ今わかる人いるのかな…?
「私今まで結構傲慢な態度取ってきたんだけど、その辺鬱憤溜まってない…?」
「里実は傲慢っていうより呟きが多いかな、言葉と心両方の意味で。あと怒ってないから大丈夫、むしろ接し方変えられて関係歪む方がきついよー」
と笑いながら話す玲に、私はなんだか安心できた。
「じゃあこれからも同じで良いってことすよね?」
「いぇす」
良かった、怒ってないみたいだ。
「そういやなんで私にこんなこと話したの?疑ってたにしても時間が経てばスルーしてた案件だったよ」
「それがねー、もう少ししたらあなたにバレる所だったんだよね。だからこの際、先に言っちゃえってなった」
「先手を打ったんか」
バレてもなんともなかった気もするけどなぁ。
「ところでオレンジジュースのことだけど、今日は大荒れだから明日以降で良いわ」
「オレンジ…って昨日のお供物の話かい!しかも要求するんかい、ちゃっかりしてるな」
「久々に神様が大きいことやったんだからお願いの対価はもらうわよ、ふっふっふー、雷様だぞ、崇めろ〜」
「ジュースは明日買うんで鎮まりくださいな〜」
「えへへ〜」
玲は神だった。比喩的な意味ではなく本当の意味で。いつから人間の姿なのかと聞くと、私が高校生になる直前に転生したんだそう。
お金だってなんとかなるんだろうし、家族なんて元々いないのでもちろん両親がなんだってのも嘘だ。
これで私の中の玲に対する疑問、その一連の流れは予想よりはるか斜め上の答えを提示されたことで幕を閉じたのだ。
アニメや漫画では大体、重要キャラの本性や正体が明かされると、物語は急展開を迎える傾向にある。そして新章が始まったり、最終決戦みたいなクライマックスに突入する。
でもまあ、神様でも玲は玲だってことがわかったし、世界の形が変わるようなことはなるべく何もしないって本人が言ってるんだから、こっから先はゆるーい日常があるんだろうなぁー。