ママ。お母さん
その時の私は思い出していた。シゲルがまだ私達の前にいた頃、マカロンさんを呼び出すよりも前のことだ。サッちゃんの一言から膨れたことだったと思うのだが、サッちゃんとシゲルが酷い喧嘩をしていた。
喧嘩の内容は今から思うと、とてもくだらないことである。何をして遊ぶのかという、いつもの問題の延長だ。シゲルがいくつかの遊びを提示する中で、与えられた選択肢から選ぶのが、私達の常だったのだが、その日のサッちゃんは違っていた。
「私はおままごとがしたい」
サッちゃんは頑なにそう言い始めた。その一言に私達はシンプルに驚いていた。
私達四人の比率は言うまでもなく男が多い。それは家の近しさや気の合い方から偶然に生まれた比率だったのだが、その比率が私達の遊びに影響しており、女の子が好むような遊びは避けるわけでもなく、選択肢に上がることがなかった。
サッちゃんがそこに対して何かを言ったことはこれまでになく、私達はあまり深く考えたことがなかった。突然にサッちゃんがそう言い出したことに私達は驚きと共に、サッちゃんに何かあったのではないかと心配になった。
「どうしたの?」
「何かあったの?」
「悩みがあるなら聞くぞ?」
私達がそれぞれにサッちゃんを心配する言葉を口に出し、そのことにサッちゃんの恥ずかしさは膨れ上がっていったようだ。すぐにサッちゃんは顔を真っ赤にし、心配をそのままに詰め寄る私達を押しのけるように手を突き出してきた。
「別に!何かあったわけじゃないから!」
サッちゃんは頑なにそう言っていたが、何もないのに突然言い出すとは思えなかった。私達がしつこく追及したことで、サッちゃんは顔を赤らめたまま、ぽつりと昨日にあったことを話し始めた。
「昔の友達に逢ったの」
「昔の友達?」
昔と言えるくらいの年数を生きていない当時の私達からしたら、それはどこの世界の言葉だと言いたくなるほどに、想像のできない言葉だった。
どうやら、相手が引っ越してしまい、逢うことのできなくなっていた友達と、逢う機会があったそうだ。そこでその友達とサッちゃんは遊んできたらしい。
「女の子?」
私の質問にサッちゃんは頷いた。この段階で今の私なら、サッちゃんが何を思って、ままごとを提案したのか分かったが、当時の私達はこの段階ではまだ分からなかった。
「その子と遊んだの」
「何をして?」
「おままごと」
その友達と遊んでいた頃に良くやっていた遊びだそうだ。玩具の食材や調理器具、小さなテーブルと数体の人形を用意して遊ぶもの。それを久しぶりにやって、そこでサッちゃんは思ったらしい。
「こういうのも楽しいなって…」
小さく消え入るように呟いたサッちゃんの姿に、シゲルはうんうんと何度か頷いていた。
「言われてみたら、そういう遊びはしたことがないからな。やってみるのもいいよな」
私やマサシはシゲルと同じ考えだった。興味がないとか、遊びたくないという精神で、これまで避けてきたのではなく、あくまで思いつかなかっただけなのだから、話に上がってみたらやってみたくなるものである。
特にこれまでの経験にないことなら、更に興味がある。
「それでどうやって遊ぶんだ?」
そこでサッちゃんが自分達に何か役割を与えて、一般的な家庭を模した遊びを繰り広げるということを子供の回りくどい説明で伝えてきた。当時の私達はその話を真剣に聞き、大体理解したところで、シゲルが言い出す。
「それなら、俺は…」
そこで問題のサッちゃんの一言が飛び出た。
「シゲルはママね」
「は?」
「ママ。お母さん」
その一言にシゲルは強く反発した。
「待てよ!お父さんなら未だしも、お母さんとかあり得ない!俺は嫌だ!」
「でも、シゲルってママっぽいし」
私とマサシには良く分からなかったが、サッちゃんの中ではそういう印象だったらしい。
「それなら、お父さんは誰がするんだよ!?」
「それはコージよ」
「ええ!?」
今度は私が驚く番だった。そこで自分の名前が出てくるとは思っておらず、私は酷く困惑した。
「明るいママと物静かなパパ。これがいいと思うの」
「何でだよ!」
それを発端にシゲルとサッちゃんはしばらく口喧嘩を繰り広げることになった。それを私とマサシはしばらく見守ることになり、最終的にシゲルが折れるまで待っていた。
それから、ようやくサッちゃん希望のままごとは始まったのだが、この日のサッちゃんはこれまでで一番楽しそうで、私達は改めてサッちゃんが女の子であることを実感していた。