導!導!導!
幸いと表現するべきなのか、奇跡的と言うべきなのか、黒い球体の中から現れたマカロンさんは、その前で腰を抜かしていたマサシに背を向ける形で座り込んでいた。開幕から見つかってしまい、即座に両腕に潰される最悪な結果は回避されたが、それもマサシが動かないところを見るに時間の問題と思われた。
このままではマサシが見つかってしまうが、既に鳥居の近くまで移動してしまった私とサッちゃんでは、マサシを無理矢理に動かすこともできない。
どうすればいいのかと私が足りない頭で必死に考えている間に、サッちゃんは動き出していた。まさか、ここから走って、マサシのところに行くのかと私が思った瞬間、サッちゃんが私を突き飛ばした。
「隠れて」
そう小さく言ってから、サッちゃんが大きく息を吸う姿が見えて、私はサッちゃんが何を考えているのか理解した。すぐに止めなければいけないと思ったが、そう思っただけで私の身体は動くことがなかった。
私が止めるよりも先にサッちゃんは大きく吸った息を言葉として吐き出す。
「こっちよ!」
ゆっくりと立ち上がろうとしていたマカロンさんが、その声に反応するように動きを止めた。
サッちゃんが危ないと咄嗟に思った私が、サッちゃんによって押し込まれた茂みから飛び出そうとした瞬間、サッちゃんが私の向かい側の茂みに向かって走り出した。サッちゃんもマサシを助けようと思っただけで、捕まりたいわけではないようだ。
必死に逃げようとしていたが、マカロンさんは甘くなかった。それは既に知っていたことだが、改めて私達に教え込ませるように、マカロンさんは私の前に移動してきていた。そこで茂みの中に飛び込みかけていたサッちゃんに向かって振り下ろすために、両腕を高く掲げる。
その瞬間まで、私はそう思っていたのだが、そこでマカロンさんの変化にようやく気づいた。
掲げられたはずの腕は片腕しかなく、もう片方の腕はいつのまにか消えていた。ただ上げていないのではなく、マカロンさんの左腕が完全になくなっている。
「腕が…」
私がそう思った直後、「導!」の一言と一緒にマカロンさんの腕がサッちゃんに向かって振り下ろされた。シゲルが潰される時に見た光景が目の前で繰り返される。
そう思っていたが、恐らく、腕が片方になったことで、一度に潰せる範囲が変わったのだろう。マカロンさんの腕に当たる前に、サッちゃんは茂みの中に飛び込んでいた。
「導!導!導!」
その茂みに向かって、マカロンさんが何度も腕を振り下ろし始めた。サッちゃんの舐めた行動に発狂しているようにしか見えない動きに、私は離れた茂みの中で恐怖に震える身体を必死に押さえつけていた。
一瞬でも声を出したら見つかる。それを思い出すことで、何とか息を潜めることができていた。
何度目かの腕の振り下ろしを終え、マカロンさんはようやく静止した。激しく動いていたが、呼吸が荒くなった気配はない。そもそも、マカロンさんが呼吸をしているのかどうかも分からない。
サッちゃんは潰されてしまったのかと私は不安になったが、それを確認する手段は私になかった。
マカロンさんが再び動き始める。その動きを見て、マサシが発見されるとようやく思い出した私は、さっきまでマサシが座り込んでいた場所に目を向けた。
そこにいたはずのマサシがいつのまにか消えていた。
どこに行ったのだろうと思った私が、周囲を見回してマサシの姿を探し始めた直後、私は肩を叩かれて声を荒げそうになった。
その私の口を片手で塞ぎながら、私の顔をじっと見てきたのは、サッちゃんだった。その後ろにはさっきまで腰を抜かして、小便を垂らしていたマサシが座っている。
「無事だったの?」
「何とか助かったよ」
そう言ってサッちゃんは子供らしい笑顔を浮かべた。