捺…
私達の間でシゲルの意見が多く採用されていたが、それはシゲルが暴虐な独裁者であるからではない。恐怖政治によって私達に抵抗を許さないのではなく、その多くの意見に反論する必要がないと私達は感じているからだ。
事実、私やマサシに比べて、サッちゃんは意見をする機会が多かった上に、シゲルは自分に非があると感じたら、それらの反対意見を聞くことが多かった。
シゲルはあくまで率先して私達を導くだけで、私達を支配したいわけではない。それは当たり前のことだが、それを私は何となく思い出した。
最初に逢った時から、シゲルは良い意味でも悪い意味でも、私達と遊ぶことに全力であり、それはその時の出来事からも明らかだった。シゲルが持ち出したマカロンさんの噂に、私達は捕らえられることになり、そこで耐え難い恐怖と戦うことになったのだが、その始まりはシゲルの純粋無垢な好奇心だった。
今から思うと、その時のシゲルは罪悪感を覚えていたのかもしれない。その時に本当に考えていたことを今から知ることはできないが、不意にそう思ってしまう光景が私達の前に広がっていた。
「導!」
その一言と共に振り下ろされた腕は私達の前方を綺麗に潰していた。その寸前まで、そこにはシゲルとマサシがいたのだが、それも腕が振り下ろされる直前までのことだ。
その瞬間を私は奇跡的に目撃していた。マカロンさんの腕が振り下ろされる寸前の一瞬の出来事だ。
シゲルは怯えた様子で動けなくなっていたマサシを大きく突き飛ばすことで、私達の方に送ってきていた。その直後にはマカロンさんの腕が振り下ろされ、さっきまでシゲルがいた場所はもう見えなくなっている。
「シ…ゲル……」
私の口からだったと思う。その声が漏れ聞こえてきた。マサシはボロボロと涙を流しながら、恐怖に耐えられなかったのか、股間を濡らしていた。その前にはマカロンさんの腕があり、もう少しでマサシも潰されるところだっただろう。
ただし、今はそれ以上にマカロンさんの腕の下に消えたシゲルが問題だった。明らかに潰されたとしか思えない状況だが、人が潰された時に見えるはずのものが腕の下から流れてこない。
そのことに疑問を覚えていると、ゆっくりとマカロンさんが腕を上げた。その光景を見上げながら、私は心のどこかで失敗したと思っていた。シゲルを気にかけている場合ではなく、逃げ出さないと私達まで殺されると、そう思ってしまっていた。
マカロンさんが完全に起き上がった時、さっきまでシゲルがいた場所からは、シゲルの姿が消えていた。シゲルがそこにいた痕跡すら、そこには残っていない。
まるでシゲルという人間は最初からいなかったような光景だったが、間違いなく、シゲルがそこにいたことは私達が覚えていた。
「捺…」
そう口に出したマカロンさんが拍手をするように両手を強く合わせた。その音が想像よりも大きく、私達が驚きから、身体を強張らせた直後、マカロンさんの身体を覆うように黒い球体が地面から現れていた。
マカロンさんが最初に現れた時の姿。それが再び私達の前に現れ、それを固まったまま見ている間に、中から既に聞いたことのある声が聞こえてきた。
「いーちぃ…にーいぃ…」
再び数え始められた数字を聞き、私達はまた同じことが始まることを理解した。どういう理由か分からないが、まとめて私達を捕まえることはないらしい。
その光景をただひたすらに呆然と眺めながら、私達は消えてしまったシゲルのことを考えていた。シゲルがどこに消えたのか、シゲルは無事なのか、いろいろなことが頭の中を過り、私達の考えはまとまらない。
「あ…今の内に逃げないと…」
不意に思い出したようにサッちゃんが呟いて立ち上がった。その視線は鳥居を見ており、私はさっきまでシゲルが言っていた話を思い出した。
確かに逃げるとしたら今しかない。シゲルのことは気になって仕方ないが、ここで助けを呼ばないとシゲルを助けることもできないかもしれないと思い、私は立ち上がっていた。
「マサシ!ほら、立って!」
サッちゃんが無理矢理にマサシを立たせようとしていたが、マサシは既に腰を抜かしているようだった。この状態のマサシを連れていっている間に、私達が捕まるかもしれない。
そう思って、私とサッちゃんはその場にマサシを置いて、助けを呼びに行くことにした。マサシはあまりの恐怖からか、私達が立ち上がったことも、その場から移動したことも気づかなかったようで、普段なら泣きついてくるところなのに、何も言ってくることがなかった。
「マカロンさんのことと、シゲルのことを伝える!それでいいよね?」
私が外に出た後の行動をサッちゃんに確認すると、サッちゃんはすぐに頷いてくれた。一刻も早く、助けを呼ばないといけないと思いながら、私達は鳥居を潜って外に出ようとする。
その寸前のことだった。私達は神社の裏手から出ようとした時に見た黒い壁を鳥居の中に見ることになった。
「え…?これって…?」
私とサッちゃんが立ち止まり、その光景に呆然としていると、遠くから聞いたことのある声が耳に入ってきた。
「さーんじゅうぅ…」
その声に振り返ると、マカロンさんの入った黒い球体がちょうど弾けようとしているところだった。その前には未だにマサシが腰を抜かした様子で座り込んでいた。