導!
「闇………闇…………闇……………」
そのように頻りに呟きながら、マカロンさんはゆっくりと移動を開始した。移動方法は歩くというよりも摺り足に近く、マカロンさんが通ったところに黒い跡が道のように残っている。マカロンさんが出てきた場所一帯が既に墨汁を撒いたような光景になっている。
「どうするの…?」
動き出したマカロンさんに怯えた様子のマサシが呟いた。囁くようだが、その語気は強く、マサシがどれだけマカロンさんに怯えているのか伝わってくるものだ。
「取り敢えず、下手に見つからない方がいい。急いで、ここから逃げ出そう」
シゲルの提案に誰も反対するはずがなかった。サッちゃんですら素直に頷いて、私達は物陰から移動を始めた。
その間にも、マカロンさんは境内を巡回するように移動していた。鳥居のある方向に私達は移動したかったが、そこに向かう途中でマカロンさんの視界に入ることは決定的だ。迂回する間にマカロンさんに見つかる可能性がある以上、正面から逃げ出すことは難しい。
そこで私達は茂みを掻き分けて、無理矢理に道路に出ることを試みた。茂みの向こうは大通りに繋がっており、そこまで出られたら、この異常事態も大人に伝えることができるはずだ。
そう思って、シゲルを先頭に私達は茂みをこっそりと歩き始めた。身を屈めて、四つん這いになりながら、ゆっくりと進んでいく。時折、マカロンさんが通り過ぎる気配に気づき、私達は息を殺しながら動きを止めていた。
それから、一分くらいかけて、私達は茂みの端に到着したのだが、そこで立ち往生を食らうことになった。
真っ先に辿りついたシゲルが手を伸ばし、何度も目の前に聳え立った壁に触れている。それに続いたサッちゃんや私も、そこにある壁を確認するように触り、思わずその場所に座り込んでいた。
「何これ?」
「分からないけど、黒い壁だ。覆われてる」
「これだと通れない。ここから出られない」
「嘘…?」
最後に到着したマサシが絶望した表情で、その場に座り込んだ。
本来なら、ここは道路に面しているはずだが、その間に真っ黒な壁があり、私達は完全に神社の境内の中に閉じ込められていた。当時は子供だったが、そんなことは関係なく、人間の力で壊せないと思うほどに壁は固い。
「鳥居の方に行くしかない」
シゲルが覚悟を決めた顔でそう言い出した。珍しく、サッちゃんとも意見が合っている様子で、二人は鳥居の方に行くと言い出すが、私とマサシは反対だった。
「マカロンさんに見つからずに鳥居に行くことは無理だよ」
「見つかっても逃げ切ればいい」
「何が起きるか分からないのに?」
「追ってくるだけだよ、きっと」
シゲルは頑なにそう言っていたが、私とマサシはそこまで楽観的にはなれなかった。私達がそれ以外の方法を考えたいと言い続けていると、流石に面倒臭く思ってきたのか、シゲルが軽く声を荒げながら言ってきた。
「分かったよ。なら、俺が行ってくるから、お前らはここにいろよ」
「いや、ちょっと待ってよ。何でそうなるの?」
「だって、四人で行ったら、どっちにしても見つかる可能性が高いだろう?俺が一人で行って助けを呼んでくるから、お前らは待ってろよ」
私はそれでも問題ないかと思い始めていたが、マサシは取り残されることに恐怖を覚えたようだ。どうしようかと悩んでいるようだったが、答えが出るまで待つほど、シゲルは気の長い性格ではなかった。
「ああ、もういいから。行ってくるから」
そう言って、シゲルは再び四つん這いになって、茂みの中を移動し始めた。鳥居まで行かないにしても、シゲルを見送ることくらいはできる。私やサッちゃんはシゲルを追いかけるように移動し始め、その様子を見たマサシも慌てて後を追いかけてきた。
「気をつけてね」
「分かってる」
茂みの中をひたすらに進みながら、鳥居の見えるところまで移動してくると、そこでシゲルは動きを止めて、私達に声を出さないようにジェスチャーで言ってきた。茂みの外を見てみると、鳥居の前でマカロンさんが方向転換をしているところだった。
「闇……闇………闇…………」
「あれが行ったら、行ってみる」
シゲルがそう呟いた直後だった。ちょうど私達が隠れている茂みから、マカロンさんが立っている場所を挟んだ反対側で、唐突に物音がした。確認したわけではないので正確には分からないが、恐らく枝葉が落ちただけのようだったが、その物音が聞こえた瞬間、マカロンさんが私達の前から姿を消した。
そして、気づいた時には物音が聞こえた茂みの前に立ち、両腕を振り上げていた。
その次の瞬間、
「導!」
と叫んだマカロンさんが茂みに向かって、両腕を振り下ろした。