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捺…捺…

 拝殿の中に伸びてくる影に気づいた瞬間、サッちゃんが私の身体に縋りついてきていた。目を合わさなければその現実はなくなると言うように、サッちゃんは涙で濡らした顔を私の身体に押しつけてきた。


「嫌だ…」


 とてもか弱く口に出された言葉を聞き、私は昔のことを思い出して、サッちゃんが女の子であることを実感していた。私達の後ろでマサシは身を縮こまらせ、再び襲ってきた耐え切れないほどの恐怖に失禁しているようだった。


 その二人の姿に私は却って冷静さを取り戻していた。この状況で二人を守れるとしたら私しかいない。さっきのサッちゃんの姿を思い出し、私は二人を守るために何とか動こうとする。


 しかし、それを許してくれなかったのが、マカロンさんではなく、意外にもサッちゃんだった。サッちゃんは私の服に縋りついたまま、動き出そうとした私を制止してきた。


「待って!行かないで!」

「いや、このままだとダメだから!」


 シゲルやサッちゃん自身がマサシを助けるために動いたように、私も二人を助けるために動こうとしたのだが、サッちゃんの引き止める力が強く、私はなかなかに動き出すことができなかった。


「マサシ!マカロンさんを引きつけるから、サッちゃんを押さえて!」


 私が必死にマサシにそう言うと、流石のマサシも分かってくれたようだ。恐怖よりもサッちゃんを止めることを優先してくれて、私はようやく動き出すことができた。


(あん)闇闇!」


 マカロンさんがそう声に出しながら、拝殿の中に入り込んできた。間近で見るマカロンさんの姿に、私は忘れかけていた恐怖を思い出す。その姿は子供であるかどうか関係なく、本能的な恐怖を私達に与えてくるものだった。


 私は一瞬、その姿に動き出すのが躊躇われた。本当に大丈夫なのかと思いながらも、ここで大人しくしていると、三人全員が一気に捕まる可能性がある。助かるためには、さっきのサッちゃんのように動き出さないといけない。

 そう思って、私はマカロンさんの隣を通り抜けるように走り出した。


 この時の私は冷静さを取り戻したつもりでいたのだが、やはり幼い子供だったのだろうと今になって思う。私はマカロンさんの隣を黙って走り抜けながら、その向こう側にある茂みの中に身を潜めようなどと考えてしまっていた。


 もちろん、拝殿の外に茂みはない。さっきマカロンさんが全て潰してしまったからだ。


 そのことに私は外に飛び出してから気がついた。本来はそこにあると思っていた逃げ場がそこにないと気づき、私は一瞬でパニックになった。


 もしかしたら、サッちゃんは外に茂みがないことに気づいていたのかもしれない。さっきの自分と同じようにできないと分かっていて、恐怖で身体を震わせていたのかもしれない。


 外に飛び出した私を呼び止めるように、自分を押さえつけていたマサシを振り払い、サッちゃんが声をかけてきた。


「ダメ!」


 その声に振り返り、拝殿の中を見た私は気がついてしまった。そこまでの自分の動きに全く反応することなく、マカロンさんが拝殿の中に立ち尽くしていた。そのことにマサシは気づいていたようで、マカロンさんを見上げたまま、涙や鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていた。その恐怖でサッちゃんを取り押さえる力が弱まっていて、サッちゃんはマサシを振り払えたのだろう。


 そして、サッちゃんもマカロンさんが動き出さないことに気づいたようで、マカロンさんを見上げていた。


「あ…」


 私か、サッちゃんか、誰が発したか分からないが、その声がその場所に聞こえ、それを掻き消すようにマカロンさんが叫んだ。


(どう)!」


 勢い良く振り下ろされたマカロンさんの腕は、的確に立っていたサッちゃんの上に伸しかかっていた。私は慌てて拝殿の中に飛び込んだが、その時点では片腕を振り下ろしたマカロンさんと、その腕から間一髪逃れたマサシの姿しか、そこにはなかった。


(なつ)…捺…」


 そう呟きながら、マカロンさんが振り下ろしていた片腕を上げた。そこにいたはずのサッちゃんの姿は綺麗に消え去り、私もマサシも言葉を失っていた。


 次の瞬間、マカロンさんが再び黒い球体に包まれて、その中から声が聞こえてくる。


「いーちぃ…にーいぃ…」


 私もマサシも、その声をただ呆然と聞くことしかできなかった。

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