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裏切りの宰相と失恋女王  作者: 五月ゆき
その後の話
10/22

番外編:宰相暗殺未遂事件のその後の話


早々に、引退を願い出るつもりだったのだ。

けれど、意識を取り戻したとき、セレンティアが、あまりにも壊れそうな瞳をしていたから。

最愛の彼女が、ぼろぼろと涙をこぼしながら、自分の手を握りしめて、繰り返し名前を呼んだから。

今のセレンティアに向かって、もはや宰相は務まりませんので隠居しますと、そういえるほど、冷酷にはなれなかった。


そして、それがまずかった。

セレンティアの勘の良さを甘く見ていた。

この毒殺未遂事件の真の黒幕が、逮捕された男ではなく、宰相その人であると気づいた彼女は、激怒した。


「 ─── だとしても、あの男が有罪であることに変わりはありませんよ。卑賎の血筋相手には、何をしても許されると考えている男です。今後100年投獄してもなお足りないほどには、罪状が山積みにございます」


療養中の身なので、不敬ではあるが、ベッドの上で身体を起こしたままの態勢でいう。

セレンティアは、ぎりと奥歯を強く噛みしめて、怒りに燃えた瞳でいった。


「それが理由だというの? わたしに何一つ話さずに、誰にも相談もせずに、勝手に毒をあおったのは、あの男の尻尾を掴むためだと?」

「ええ。……それに、これで陛下とオリオール卿を結婚させることができます。お二人の結婚は、国中から歓迎されることでしょう。政権の基盤は盤石となり、ヒューデリア王国はますますの発展を遂げる。素晴らしいことではありませんか」


言葉が薄っぺらく響くのは許してほしい。

これは精神的なものではなく、体調不良によるものだ。そういうことにしておいてくれ。

……そんなことを考えていたせいで、セレンティアの表情が一変したことを、気づくのが遅れてしまった。

すでに怒りはそこになかった。

何もかもが抜け落ちてしまったような、うつろな瞳で彼女は呟いた。


「ラシェドは、わたしに、オリオールと結婚してほしいの……?」

「……? ええ、それは、まあ……」


どうしたのだろう。セレンティアに、少しも喜んでいる様子がない。オリオールと喧嘩でもしたのだろうか?

この場にマリエールでもいれば、眼だけで事情を問うこともできたが、あいにくセレンティアが話があるといった時点で人払いしている。自室には二人きりだった。

仕方なく、ラシェドは続けた。


「オリオール卿ならば、誰よりも、陛下を幸せにしてくださると思いますよ」


何だって、オリオールの肩を持つような台詞を吐かなくてはならないのだろう。

釈然としない思いでいう。

セレンティアは、ひどく悲しげに微笑んだ。


「そう……。あなたがいうなら、きっとそうなんだろうね……」


いったい、オリオールと何があったのかと、そう尋ねるより早く、ヘイゼルの瞳は、王としての冷静さで感情を隠しきってしまった。


「でも、それとこれとは別よ。わたしに黙ってその身を損なう真似は、2度としないで」

「……御意に。女王陛下」





オリオールがやって来たのは、その翌日のことだった。

アメリアから、常人なら悶絶するほど苦い薬を処方され、口を抑えて懸命に吐き気に耐えていたときだ。

靴音高らかにやってきたオリオールは、開口一番に告げた。


「あなたに決闘を申し込みます、ラシェド」

「私がすでに死にそうなのが眼に入らないのですか、オリオール」


何の冗談だと呻けば、オリオールはアメリアに目を向けて尋ねた。


「医官殿のお見立てでは、()()は、いつ床を離れられそうですか?」

「ひと月もあれば十分でしょう」


アメリアはあっさりと答えた。半死人の患者に対して、慈悲の欠片も感じられない。

普段とは違うその様子は、刃物のような冷ややかな怒りすら感じられた。本当は誰が毒を盛ったか、アメリアは知らないはずだが、薄々気づいているのかもしれない。だとすれば、医者として、腹を立てるのも理解できる。

オリオールは、大きく頷いていった。


「わかりました。では、ひと月は待ちましょう」

「……そもそも、あなたに決闘を申し込まれる理由がないと思うのですが」


アメリアに容赦なく売り飛ばされたので、ラシェドは仕方なく自己弁護を始めた。

このままでは、戦神オリオールと決闘する羽目になってしまう。

穏健なオリオール卿であるから、命まではとらないだろうが ─── だいたい、見るからに頭脳派の自分を倒したところで、オリオールの名声は上がるどころか下がるだろう ─── 新兵のごとくボコボコにされるのは間違いない。

騎士団の鍛錬は見たことがある。生涯で絶対に参加したくないものの一つだ。


「光の騎士オリオールが宰相に決闘を申し込むなど、あってはならない珍事ですよ。周りの者たちがこぞって理由を尋ねるでしょう。()()()()()()()がございますか? それとも、何の理由もなく宰相を叩きのめすのだ、とでも?」

「誰かに聞かれたら、話せないと答えます。話せないが、許せないことはあるのだと」


ラシェドは思わず額を押さえた。

オリオールにそんな返答をされたら、評判が地に落ちるのはこちらである。

だいたい、普段から、周囲の信頼度も好感度もちがうのだ。騎士オリオールがそこまでいうのなら、相当な理由があるのだろうと、誰もが察し、刺々しい視線をこちらへ向けるだろう。

まだ完全に宰相位を退いていないのに、仕事をやりにくくされては困る。

これが、オリオールがその辺りの機微をわからずにいっているのなら、説得のしようもあるが、この男はそんな易しい相手ではない。


「私に何の恨みがあるというんですか……。今回の一件は、まあ確かに、許可を得ずにしたことは責められて当然ですが、結果として、不利益なことは一つもないでしょう……」

「本気でいっているんですか?」


ぶわりと、オリオールの怒気が膨れ上がった。


「あなたは、どれだけ陛下の御心を踏みにじれば気がすむんです」

「私は生きていますし、これから死ぬ予定もない。陛下がそこまで悲しむ必要もないでしょう……。何なら、あなたが慰めて差し上げたらいかがですか、オリオール」


いつ剣を抜いたのかわからなかった。

抜刀の音すら聞こえず、白刃のきらめきを目にすることもなかった。

─── なるほど、これが戦神か。

気づいたときには、首へ当てられていた硬質の輝きに、数多の戦場で恐れられるわけだと、ぼんやりと思う。


「その口を閉じろ、ラシェド。次に陛下を侮辱すれば、貴様の首を飛ばす」

「やれやれ……。穏健派で名高いオリオール卿を、そこまで激怒させてしまうとは、私の不徳の致すところですね。ですが、少しくらい感謝して頂いてもよろしいのではありませんか? 下賤の血筋に過ぎないあなたが、陛下と結ばれるのは、私の犠牲があってこそでしょう」


嘲りを込めて笑う。まごうことなき挑発だった。

オリオールは、もはや顔色一つ変えなかった。殺気すら静かであった。

ああ、これは本当に斬られるかなと思ったとき、アメリアが淡々と口をはさんだ。


「オリオール卿、お気持ちはよくわかりますが、医者の前で命を奪う真似は控えて下さい」

「 ─── ……申し訳ございません。見苦しいものをお見せしました」


オリオールは、怒りを抑えるように、深く息を吐き出すと、剣を鞘へ納めた。

残念だと、少しだけ思う。あのまま殺されていたら、二人の結婚式に出なくてすんだだろうに。


オリオールは、吐き捨てるようにいった。


「あなたが犠牲にしたのは、あなた自身などではない。陛下の御心です。陛下の幸福です。それをこの先、一生、忘れないでいただきたい」

「……そこまでいわれる筋合いはないでしょう」


さすがに苛っとして、ラシェドは騎士を睨みつけた。


「私の独断ではありましたが、これで陛下は、気兼ねなく、愛するあなたと結ばれることができる。かつて夢見ておられた通りに、愛する男との幸せな結婚ができるのです。私はいわば、その立役者といってもいいはずですよ」


「……………………はっ?」

「何をいっているのです、宰相。頭にも毒が回りましたか」


オリオールが、ぽかんとした顔でマヌケな声をこぼす。

アメリアは、相変わらず自分にだけ辛辣だ。


ラシェドは、緩やかに心配になってきた。

まさか、二人とも、ここまできてなお、計画の目的が読めていなかったのだろうか。そこまで計算ができない者たちだったのか?


「私が何のために、血筋にうるさい派閥を潰したか、二人とも察していらっしゃいますよね……?」

「え、ええ……。それは、俺と陛下の結婚を仕組むためでしょうが……、待ってください、愛する男? あの……、誰が、誰を愛していると?」

「……わざわざ私の口からいわせますか……。いささか悪趣味ではありませんかね、オリオール。陛下があなたを、に、決まっているでしょう」


死んでもいいたくなかったことをいわせるとは。詫びとして今すぐ死んでほしい。

ラシェドは、軽く殺意を滲ませながら思った。


しかし、オリオールとアメリアは、なぜか、そっくりな表情を浮かべて、二人で顔を見合わせる。

二人とも、信じられないといわんばかりの顔だ。


「オリオール卿に一任いたします」

「いや、一任されても……、アメリア……」

「医者の出る幕ではございません。私の治療が効くとは思えません」

「それをいうなら騎士の出番でもないと思いますが……!」

「アレは不治の病です。私の見立てではすでに末期。手の施しようがありません。ご愁傷さまでした」

「俺に()()を対処しろと……!? どうしろというのです。率直にいって、なにをふざけたことをと、剣を抜かない自信がありませんよ」

「それもまた一つの手でございましょう」

「さっきは止めたでしょう!?」


……何の押し付け合いだか知らないが、最終的にはオリオールが負けたらしい。

いい気味である。どんな些細なことでも、オリオールの敗北を見るのは愉快なものだ。

ラシェドがにやにやしていると、オリオールは深い深いため息をついて、こちらに向き直った。


「ラシェド」

「なんでしょう?」

「陛下が愛している男は俺ではありません。ほかにいます」

「…………何を馬鹿なことを」


知らずと、声が低く、暗くなる。

怒りのあまり、吐きだす息すら震えた。


「まさか、この期に及んで、王婿という地位に尻込みしているのですか、オリオール? あなたらしくもない。戦神の二つ名をどこへ置いてきたのです。まして、己の臆病さにも向き合わず、陛下の御心を偽るとは、恥を知りなさい」

「恥を知るのはどちらだか……。その、セレンティア陛下が俺を愛しているという思い込みは、どこからきているんですか」

「……まさか……、あなた、まだ無自覚だったんですか? 陛下にあれほど慕われていながら、自覚がないと?」


ラシェドが愕然としていう。

オリオールは天を仰いだ。


「神よ……。これはあまりにも難題です……」

「しっかりしてください、オリオール。陛下は、日頃から、あれほど、あなたへ御心を向けていらっしゃるではありませんか。それにお応えできなくては、騎士の名が泣くというものでしょう」

「あなたって、馬鹿だったんですね、ラシェド……」

「突然なんですか、その暴言は」

「いえ……。いつも、計算がどうだとか、策略がどうだとかいっているから、()()()()()()()()()()と、勝手に思い込んでいた俺が悪かったんです……。これほど馬鹿な男だとは思いませんでした……」

「はあ。私を愚かだというなら、いつでも宰相位を代わって差し上げますよ」


嘲笑ってやると、オリオールは、いっそ哀しげな眼をしていった。


「俺のセレンティアは、本当に、男を見る眼がない……」

「ノロケならよそでやってもらえませんか」


なにが『俺のセレンティア』だ。暗器を投げつけられたいのか。

オリオールは、軽く頭を振ると、妙に疲れた顔になっていった。


「決闘は、一ヶ月後まで、待ってさしあげますよ」

「嘘でしょう、まだやる気だったんですか。私との決闘などより、はるかに重大なことがあるでしょう」

「大丈夫ですよ。一ヶ月後には、あなたも、一度くらい俺に叩きのめされておいたほうがよいと、理解しているでしょうから……」

「そのような被虐趣味はありませんし、持つ予定もございません」


ラシェドはきっぱりとそういった。







その後。

自室へ飛び込んできた女王陛下によって、今すぐだれか自分を叩きのめしてくれと呻く羽目になることを、悪辣宰相はまだ知らない。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] はい!もう1話≡((((屮゜Д゜)屮カモオオオオオン
[良い点] じれったい!でも面白すぎて。。。 [一言] もし余裕がありましたら、ぜひ更なる番外編も読みたいです!ふたりのその後を。。。!
[一言] ありがとうございますありがとうございますありがとうございます!!!! 恋の病はお医者様でも草津の湯でも治りませんからね!! 悪辣敏腕宰相さまもお馬鹿さんになっちゃいますよね! 幸せになってよ…
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