パラシュートは開かないがケツにダイナマイトは入れられる
私は絶叫マシーンが嫌いです
過去に『こんな自殺めいた遊びをスポーツと呼ぶ奴等の気が知れない』と、テレビの前でナチョスをつまみながらワイフと話したことを思い出した。
きっと今の私を見たら、過去の私は『ナチョスなんかじゃなくてデッドピザにしとけば良かったよ!』と豪語したに違いない──
トラブルメーカーって奴は何処にでもいるようで、私の会社にも少なからず二人は居る。一人は座ったままの奴で、一人は立ったままの奴だ。
「リチャード! 今度の休みにスカイダイビングしないか!?」
立ったまま顔だけをこちらに向け、飛び切りの笑顔で遊びの誘いをしてくる友人。
「……久し振りにやってみるか」
私はその時本当にどうかしていたと思う。ワイフと別れて三年が経ち、寂しさのあまり気が狂っていたに違いない。そうでないと説明が付かないとさえ思えてくる。
「オーケー! 後でパンフレットを見せるよ。知り合いの元空軍兵士のやっているとこだから安心だよ!」
「分かった。とりあえず今スルーした説明書とペンチを箱に入れるんだ。始末書が日課になるぞ?」
「おっと!」
ベルトコンベアで運ばれてきた部品や工具を箱に入れ、ラベルを貼り、別のコンベアに流す。それなのに友人はやたら部品をスルーするので始末書が絶えない。この前カナダに送ったやつなんか空箱で送りやがったもんだから、実に上司が怒り狂って逆にピザをご馳走してくれたっけ。
「最後の晩餐だと思え!」
そう言って泣きながらピザを食べる上司は、今日も座ったままパソコンで伝票作りに翻弄されている。
仕事終わりに渡されたパンフレットには装備を着けた男が飛び切りの笑顔で親指を立てて笑っている写真があった。誰かさんと同じで、まるで信用できない笑顔だ。類は友を呼ぶと言うが、流石に元空軍兵士だから、きっと大丈夫だろう。
しかし、パンフレットに書かれた値段を見て、私は早速一抹の不安を覚えた。
「おいおい、流石に100ドルは安すぎないか?」
ロッカーに作業服を丸めて押し込んだ友人が雑に扉を閉め、こちらを振り向いた。
「安い方が良いだろ?」
飛び切りの笑顔で親指を立てる友人を見て、不安が更に募る。
「大丈夫だよ。俺が先に飛んでやるから」
それなら……と、渋々納得する。本当にこの時私はどうかしていたと思う。きっと昼に食べたサンドイッチが腐っていたに違いない。
スカイダイビング当日、残念なことに天気は快晴。神は私に行けと命じた。
友人の車で元空軍兵士との待ち合わせ場所へ向かう。気分は売りに出される子ブタのようだ。
「最後にチキンでも食うかい?」
「やめてくれ、冗談でもない」
飛び切りの笑顔は今日も健在だ。ふと、後ろのシートに目をやると、リップが落ちていた。
「おい、何か落ちてるぞ」
「ああ。彼女のやつさ。昨日この車でドライブしたからね!」
「いつの間に彼女なんか出来たんだ!?」
「ハッハッ! 昨日さ!」
盛大に笑う奴の口にチキンをねじ込みたい衝動を抑え、車はあっと言う間に待ち合わせの広場へと到着した。
「ようこそ! 私のスカイダイビングクラブへ!」
パンフレットの笑顔の持ち主が現れ、握手を交わす。まだ若そうな青年だ。そして簡単な講習と誓約書にサインをして、俺達はヘリに乗り込んだ。
「最後にやったのは大学の時かい?」
「そうだな。あの時は無茶も無謀も勇気も全て同じだったからな……」
ヘリが浮き、徐々に空へと上がっていく。会社もガソリンスタンドも私の好きなデッドピザも全てが豆粒以下になり、次第に不安と恐怖が大きくなっていく。
「なあ……やっぱり怖いな」
「普段は強気なリチャードが珍しいね。大丈夫さ。タンデム(二人同時のダイブ)なんだからマスターに任せれば良いんだよ。ね!」
ヘリの助手席に声を掛ける友人。しかし、助手席には誰も居ない。そしてその事に今気が付いたのは私も同じだ。やはり止めておけば良かったと、この時酷く後悔したが、よくよく思えば飛ばなければまだ間に合う。何故その事に気が付かなかったのか……。
「お、おい!? タンデムをお願いした筈だが──!?」
「…………すまない。奴は昨日、マリファナで捕まった」
明かされる衝撃の事実。何故それを今になって言うのか分からない!
「私は大丈夫だったから、安心してダイブしてくれ」
飛び切りの笑顔がこちらに向けられた。
「私はって何だ!? ま、まさか…………!」
助手席にの下にチラリと見えた謎の草。
「おっと!」
慌てて隠すインストラクター。やはりこの笑顔の持ち主は信用してはならない!!
「さあ着いたぞ! 飛んでくれ!!」
誤魔化すように急かす所が更に怪しい。準備を終えた友人はヘリの扉を開けてそそくさとダイブした。
「あ! おい! 置いてくな!」
踏ん切りが付かない私は飛び降りることに戸惑った。そしてふと脳裏に気に掛かったことを、うっかり聞いてしまった。
「ところで、何故元空軍兵士なんだい? まだ若いだろうに……」
飛び切りの笑顔が更に怪しさを増し、親指を立てた。
「飲酒運転さ!」
私はその言葉を聞いて、逃げる様に飛び降りた!
「うおおおおぉぉぉぉ!!!!」
高度2000mから見える景色は最高に素敵なのだが、久々のダイブだからか上手く姿勢が保てず、何度も回転してしまい安定しない。地上と空を交互に見せられ段々と酔ってきてしまい、悪戦苦闘の末に体を水平に保つことが出来た。
友人は少し下で優々とダイブを楽しんでおり、たまにこっちに体を向けて親指を立ててくる。しかし、こちらはそれどころではない。姿勢を保つだけで精一杯だ。景色もダイブも楽しんでいる余裕は無い!
本当ならさっさとパラシュートを開いてしまいたいが、そうすると風に流されてあらぬ場所へと降り立つ事になる。万が一高圧電線にでも引っかかったら終わりだ。
ある程度地上が近くまで来ないとパラシュートを開けないのが実に歯痒い。
そして、地上が近付いた時、ようやく私は背中の紐に手をかけ待ちわびた気持ちで強く引っ張った。
強く引っ張った。
何度も強く引っ張った。
しかし……パラシュートが開くことはなかった。
初めに訪れたのは焦り、次に後悔、そして最後は空白。
友人のパラシュートが先に開き、私は友人を追い抜かして落下していく。
「おい! 大丈夫かい!?」
「パラシュートが開かない!!」
再度トライするも、パラシュートは黙りだ。
諦めに似た何かが不意に訪れ、走馬灯のように過去が次々と訪れてゆく。
「アンタなんかこれで死ねば良いのよ!!」
そう言って出て行ったワイフ。あの時は何故つまらない事でケンカしたのか……。もしも、今君に謝れるなら謝りたい。
ポケットから取り出したダイナマイト。ワイフから突き付けられたコイツは、片時も手放した事が無い。
ライターの火を間近で着け、ダイナマイトをケツに挿す。
「君に殺されるなら本望さ…………バイ」
飛び降り自殺よりも愛するワイフに殺される事を選んだ私。きっと私の死を知ったワイフは鼻で笑うだろう。それでも私は君を愛している。
「アッツゥ!!」
導火線の火がケツに触れ、熱さで思わずダイナマイトを放り投げた。瞬く間に広がった激しい爆発音と熱で目を伏せる。
「おわぁぁ!!」
その声に上を向くと、燃えるパラシュートと共にこちらへ勢い良く落ちてくる友人が居た。
「しまった──!!」
上に奴が居たのを忘れていた! このままでは私は殺人犯になってしまうではないか!?
必死で手を伸ばす。そして友人の手を掴んだ!
「私達が生き延びるには、お前が私のパラシュートを開くしかない!!」
私は顔がすすで黒くなった友人に強く主張した。
「パラシュートが開かない奴がヤケクソでケツにダイナマイトを入れたかと思ったらコッチに投げてきてパラシュートを燃やされた俺はどうしたらいい!?」
「多分紐が絡まってるかなんかしてるだけだ! 落ち着いてパラシュートを開け!!」
友人が紐に手をかけ、グチャグチャにいじくると、バッとパラシュートが開き、私は咄嗟に友人を抱えた。
「良くやった!」
まるで神に祝福されたかのような感情をどう現したら良いか! 真っ白の頭から薔薇色のような幸福感とでも言えば良いだろうか! とにかく最高の気分だ!!
久し振りの地上は、感動的帰還であり、私は思わず友人を抱きしめた。
「帰ってデッドピザでも頼もう! 私の奢りだ!」
「オーケーリチャード。ダイナマイトについてはその時詳しく聞こう」
パラシュートを外すと、元空軍兵士のトラブルメーカーの声がした。何故か奴のヘリコプターは黒炎を上げて、落ちる様に不時着。元空軍兵士が逃げ出した瞬間、ヘリコプターは大爆発を起こし、私の足下にプロペラの部品や怪しい緑色の草が飛んできた。
「ハッハッ! 流石にペプシは燃料の代わりにならなかったか!!」
豪快な笑顔はで笑い飛ばす元空軍兵士。二度とコイツとは関わり合いにならないようにしよう。
私はワイフの居るニューヨークの方角に向かって親指を立て、友人の車に乗り込んだ。スカイダイビングはもうゴメンだ。
読んで頂きましてありがとうございました!! (*´д`*)