第97話 激怒VS激怒
昨日のやらかしとキリのいいところの関係で、本日も更新
立っていた七音と流華には体勢を崩しかけたが、なんとか持ちこたえる。
だが、衝撃はなくなったわけではなく、微小の揺れが続けていた。
「あ、あの女の声だ……!」
リーダー格のモデルが悲鳴の様に言葉を発する。モデル達は青ざめ、震え、恐慌状態になっていた。
魔族の声と地響き。嫌な予感と共に振り返った七音の目に、ありえない景色が映る。
通路が動いている。動くというよりは、流れていた。
曲がり角も勝手に曲がり、そこで七音は気づく。この袋小路ごと、この場にいる全員が動かされている。
「流華、モース」
「分かってる」
『オウ!』
剣を構えて流華の名を呼べば、流華も大鎌を手に構える。わざわざ行き先を教えてくれたのだ、警戒しない手はない。
やがて、袋小路は一つの部屋に入ると、動きを止める。
次の瞬間、頑丈な石造りの壁と天井が役目を終えたとばかりに、外側に倒れていった。天井は奥の壁にくっついて倒れた為、七音達に害はない。
算数の展開図みたいだと思ったのも束の間、すぐに周りを確認する。
石造りの大きな部屋だ。壁に飾ってある蝋燭が光源で、視界に入る二段の階段の上、一人の少女が玉座に座っている。
美少女。七音が羨ましくなるほどの美少女だ。アイーシュという名前だと、モデルたちが言っていた。
優雅に肘をついてこちらを見下すアイーシュは、軽く口に弧を描いている。
「なかなかに手こずらせてくれたのう……じゃが、遊戯は終わりじゃ。後は貴様らだけじゃからのう」
唇を舐め、にたりと笑うアイーシュ。それが意味することは、すぐに理解できた。
誘拐されたモデル達はこの場にいる者以外、その毒牙にかかったのだと。
今すぐに斬りつけたい。だが、アイーシュとの間の距離はそこそこに長い。
駆け出しても、見つかって簡単に策を取られてしまうだろう。歯を食いしばり、じりじりと近づこうとする七音。
ふと、アイーシュと目が合った。生唾を飲み、剣をしっかり握りしめる。アイーシュはそのまま流華にも視線を移す。
そして、盛大に鼻で笑った。
「何じゃ。妾の邪魔をする愚か者が、色気のいの字も知らぬ、青臭いお子ちゃまとはな」
「おこっ、お子ちゃま!?」
「は?」
発せられた言葉に七音も流華も反応する。わざと煽っている可能性もあるが、ため息交じりに呆れた表情が本当にそう思っているのだと表している。
今から戦う敵にそういう事を言われて、怒らないわけがない。七音達の返しも予想していたようで、つまらなさそうにアイーシュが吐き捨てる。
「そうやってムキになる所がお子ちゃまじゃ。身体だけのお子ちゃまに、そのレベルすらに届かぬ最底辺のお子ちゃま……哀れよのう」
『確かに、七音の身体はすげーって男子SEINで盛り上がってたわ』
「ちょっ、嘘でしょ!?」
思わぬところからの事実に意識が勇人の方に向く。詳しく問い詰めたいが、それどころではないと我に返って向き直る。
だが、すでにアイーシュの興味は七音達から外れていた。
「そこの新顔、なかなかの顔立ちじゃなぁ……付け加えられた色形がまた、そそられる。よし、貴様も妾の物にしてやろう」
うっとりと見つめる先には、苦い顔をしてアイーシュを睨むロビンがいた。
どうやら、ロビンはアイーシュのお眼鏡に適ってしまったようだ。適合を解いていたことが仇となった。
勇人の判定がどうなるかは分からないが、元の姿になる時は七音が負けた時だ。そうならなるかと気合を入れなおす。
ふと、隣の流華が一歩、前へ出た。それにより、アイーシュの目に再び流華が映る。
「兄さんは貴方には勿体ない」
「おや? ド底辺女がこの妾に戯言を抜かすとは、なんとも馬鹿馬鹿しい」
アハハと笑うアイーシュ。それに対し、流華はじっとアイーシュを凝視している。だが、ちらりと見える横顔から、七音は察した。
流華は完全に怒っている。それを表すかのように、大きく息を吸い込んで言葉を紡いだ。
「確かに、その通りかもしれない。けど、それを敵の『男』に言われる筋合いはない!」
ピシャリと、その場が凍り付く音がした。
言葉を飲み込めないまま、流華の方を見る。アイーシュを睨んでいるようだ。
そのまま顔をスライドさせ、アイーシュを見る。顔を赤くさせ、わなわなと震えている。
二、三度。二人の顔を見比べ、七音はようやく言葉の意味を理解した。
「『ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』」
勇人と同時に迸る絶叫。アイーシュを何度も見るが、可憐な美少女にしか見えない。
視覚情報と聴覚情報が一致せずに、答えを求めて流華を見つめた。
「流華、流華、どういう事!?」
「さっき言った通り。あいつは男」
「根拠は!?」
「肩幅と胸はフリルで誤魔化しているみたいだけど、胸部から腰部までのラインがコルセットをしても隠しきれていない。女性ならもっと曲線ができる。あと、腰回りのリボンの位置が低い。男性的。違和感がある状態で馬鹿にされてムカついたから、それに賭けた」
「よ、よく気づいたね……」
「……冷静でいないと、衝動のままにこの大鎌をへし折りたくなる」
手元の大鎌をじっと見つめて呟く流華に、寒気を覚えた。最も、大鎌であるアレクが一番の被害者だろう。
背後でモデル達が話し合っている声が聞こえる。論点は先程流華が述べた、ドレスについてだ。
服を着る事が専門の職種だからか、冷静に眺めれば違和感が見当たるようだ。
「…………さぬ……」
アイーシュが一瞬、俯く。次の瞬間、ばっと上げた顔は鬼の形相と化していた。
「許さぬぞ小娘ぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
大口を開けて両手を上げ、天に向かって吠える。途端、変化は如実に表れた。
アイーシュの上半身が肥大化していく。肌が緑へと変色し、愛らしかった顔が逆三角形になり、大きな目玉を突出させる。
怒声が奇声へと変わっていく。伸ばした両手は、鋭く長くしなやかな鎌になった。
たった数秒。可憐な美少女の姿は、天井まで届きそうな程巨大な上半身蟷螂人間へと変貌した。
「ロビン兄さん!」
「はいさー!」
異常な光景に、いち早く声を上げたのは流華だった。ロビンも予測していたのか、流華の傍まで来ており、即座に適合する。
直後、ぎろりと蟷螂の視線がこちらに向けられた。明らかな殺意が感じられる。剣をしかと握りしめた。
アイーシュが奇声を響かせながら、こちら目掛けて両手の鎌を振り下ろしてくる。
最初の一手を流華と逆側に飛んで避けた。続けざまに降ろされた鎌は流華目掛けており、避けられた拍子に石畳に穴を開けた。
首が、視線が、完全に流華を向いている。先程の暴露に対する怒りか、標的は流華のようだ。
流華も把握しているようで、低空飛行で止まらないようにしている。流華を貫こうと降ろされる鎌が、躱される度に地面を抉る。
『七音! 流華が囮になってるうちにあいつをやろうぜ!』
「モース、でも……」
勇人の意見も最もだが、懸念事項がある。怯え切って震えるモデル達。
それを見て、勇人も七音の言いたいことをわかったようだ。
『あ゛ー! くっそ! 敵を討つ、一般人を守る、両方やらなきゃいけないのがヒーローの辛いとこぉ!』
「そうだよ!」
「七音!」
悩む七音と勇人に、流華の声が届く。七音達から離れた場所で、鎌の猛攻を避けながら真剣な表情で叫ぶ。
「こっちは平気! そっちの安全、お願い!」
次回、決着!




