第91話 敵地侵入
前回:空中ダイブ
ぐんぐん上がる落下速度、身体負荷。長く続かないとわかっているので、恐怖は薄らいではいる。それでも、怖い。
思わず目を瞑っていると、落下速度がゆっくりとなっていき、最終的には止まった。
「大丈夫?」
「……ちょっとちびるかと」
「……替えの下着、ある?」
「漏れてないから! 乙女の尊厳まだあるから!」
流華に支えられながら、七音は叫んだ。漏らしていないのでセーフだ。
目を開けて流華を見上げれば、翼を必死で動かしたからか少し苦しそうな表情になっている。
やはり、この作戦は無理があったようだ。小型ジェット機から飛び降り、落下途中で流華がそれを引き留める。
体格が似ているから大丈夫だと言っていたが、落下の負荷はかなり酷いようだ。
最も、この作戦の重大な部分は成功しているようだ。
『フゥゥゥゥゥ! ヒーローっぽい! 最高!』
剣の状態でもわかる程、勇人のテンションが上がっている。唯一の攻撃手段である勇人を元気づける、ダメ押しの一手は上手くいった。
アイコンタクトでその旨を伝えると、流華がほっとしたように表情を和らげる。しかし、このままでいるわけにもいかない。
予定通り、流華がゆっくりと蟷螂の卵モドキに近づかせてくれる。触れる直前辺りで流華が止めてくれてから、右手の力だけで剣を突き立てた。
柔らかい感触と共に、剣が突き刺さる。剣先に空洞の手ごたえを感じ、そのまま大きく円を描いた。
剣が一周すると、内側の円が中へと落ちていく。覗き見れば、石が並ぶ頑丈な床が見えた。
「流華、足着く場所あるよ」
「わかった」
簡単な返事と共に、開けた穴へと降りていく。石でできた通路のようで、壁の灯りがあるものの薄暗い場所だ。
浮遊感から解放され、足裏の感覚に感動が沸き上がってくる。その間に、流華は辺りを見渡し、状況を推理し始めた。
「石造りの通路……外から見た物と明らかに材質が違う…………ロビン兄さん。わかる? …………やっぱり」
「何かわかったの?」
「闘技場に組み込まれていた建築様式、材質が同じだって。でも、闘技場そのままではなく、造り替えられてる」
流華が遠くを見ながら断言する。同じ方向を見れば、通路の先に十字路がある。直線状の通路の先は、流石に暗く遠いので把握できない。
まるで迷路だ。少なくとも、闘技場ではないとはっきりわかる。
薄暗い雰囲気も相まって、RPGに出てくるダンジョンにいるキャラクターだと錯覚しそうになる。
現に、勇人がそうはしゃいでいた。
「迷路みたい……」
「闘技場を複数組み合わせて、迷宮にしているみたい。目的として考えられるのは、侵入者に対する為か、或いは」
突然の地響き。流華の言葉は、そこで途切れた。
あまりにも大きな揺れで、立っているのがやっとだ。遠くの方から、何からの音が不規則的に聞こえる。
その音が真横で起きた。波打つように地面が動き、一瞬体が浮く。なんとかうまく着地で来た時には、地響きが止んでいた。
『こんな時に地震かよ!?』
「びっくりしたぁ……! ねぇ、る」
今度は七音の言葉が止まった。
流華がいない。
正確には、先程まで流華がいた方向に、頑丈な石壁ができている。
視界の情報が上手く呑み込めない。目を点にしながらゆっくりと石壁に向き合い、手で軽く叩く。
硬く分厚い。本物の壁だ。そう認識した瞬間、即座に頭が現状を叩きだす。
流華と分断された。
「流華ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『ちょっ、七音!? ステイ!』
絶叫しながらその場で剣を手放し、両手で壁を叩き出す。勇人の言葉が耳に入るが、それどころではない。
魔族の巣らしきところへ、まともな戦力は七音のみで行く。緊張、恐怖、その他諸々を抱えないはずがない。それを押さえられていたのは、流華が隣にいたからだ。
自分と違って戦う術はないが、ロビンがいれば逃走は可能だ。それに、自分と違って頭がいい。この救出作戦も、流華がいればきっと成功する。そう確信していた。
そんな流華と離れ離れにされて、七音はパニックに陥った。思考がグルグルと回る中、必死に流華との繋がりを求める。
分厚い壁の向こうに流華がいるはずだ。それだけを頼りに、どんどんと壁を叩く。
「流華ぁぁぁっ! ねぇ! 流華ってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『気持ちはすっげぇわかるけど! あ、スマホ! スマホあるだろ!』
「それだ! スマホスマホ……あったー! 圏外ぃー! うわぁぁぁ流華ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『落ち着……おいっ! 後ろっ! 魔物っ!』
「ふぁあっ?」
勇人の叫んだ単語の羅列に、何ともまぬけな声を出しながら後ろに振り替える。途端、硬直した。
魔物が一匹、こちらを凝視している。
人間の様に二本足で立ち、鍛え上げられた肉体。だが、背に透明な翅、腹部付近から生えた一対の腕。
真っ黒の肌に白の斑点がぽつりぽつり点在している。何より、細長すぎる顔に横に突き出た目、針のように長い口。
例えるなら、蚊人間といったところか。仮面レーサーシリーズでよく出てくるような怪人が、現実に、目の前にいる。おぞましさが全身を駆け巡る。
「あ…………」
自分の方に魔物が出てくる可能性を、完全に失念していた。ちらっと足元に転がした勇人を見る。
これを拾って構えるまでに、隙が生まれる。そこを攻撃されればアウトだ。
迷う暇はない。ごくりと生唾を飲み込み、覚悟を決める。
だが、魔物の動きの方が早かった。
首を横に数回、まるで違うと言わんばかりに振ると、踵を返して歩いていく。
「………………ふぇ?」
魔物が襲ってこない……?




