第9話 読書少女
木曜日に上げようと思ってたんですけど、現実で疲れると投稿して逃避したくなりました。
所謂逃避ですね
縦に横に、斜めに前後。全ての方向へ起こる凄まじい揺れ。それは一気に船内を死屍累々へと追いやった。
「うわぁ……」
波の轟音だけが響く中、七音は船内を歩いていた。
脱出直後、背後の部屋からは悲惨な状況が見てわかるような悲鳴や怒号が轟いた。そのまま、揺れに足を取られないようにしながらそそくさと部屋から離れた。
あの香水が充満した匂いの中、無事な人はいないだろう。見えなくなる直前、部屋に向かって形だけ合掌した。
それから通路を当てもなく歩いているのだが、避難が間に合わず、屍のように倒れている生徒を何人も発見した。
動けるスタッフや船員が水を飲ませ、各個室に運ぶようだ。
「君は平気なのか?」
出合わせたスタッフや船員たちに何度も聞かれたが、その度に七音は首を縦に振ってきた。
今歩いている通路は完全に人気がなく、目視できる曲がり角まで全く同じ光景である。見ごたえがない景色に、ぼんやりと幼いころの記憶が蘇ってくる。
干支一回りも下の妹ができ、有頂天になったマサルは積極的に七音の世話をしていた。その内の一つに、泣き止まない七音を散歩で眠らせるという仕事があった。
だが、二人きりで出かけることにマサルのテンションが上がらないはずがなく、散歩は全力のランニングとなっていた。
日本男子中学生最高記録に並ぶマサルの走りが、ぎりぎり首が座った程度の七音にとってどれだけ恐ろしいことだったか。
七音自身は覚えていないが、当時の写真を見ると眠っているというより気絶という表現の方が正しい気がした。
その影響か、七音は揺れには非常に強くなった。中学校時代の昼休み、大きめの地震で皆がパニック気味になる中で悠々と昼ご飯を食べていたくらいだ。
まさか、その体験が今に生きるとは。酷い揺れの中でも平気な自分自身にビックリだ。だがしかし、一人だけというものは寂しいものだ。
「……暇だなぁ……」
一人ぽつりと呟く。聞こえる人などいない。自分も個室に戻ろうかと、通路の曲がり角にたどり着いた時だった。
右奥の方、一部屋の扉が開きっぱなしだ。確か、七音がいけなかった談話室の一つだ。
大方、せり上がってくる胃の中身を必死に抑えて個室へ向かった生徒が開けっ放しにしたのだろう。
じーっと開いている扉を見て、七音はピンと思いついた。談話室には自販機がある。個室に戻る前に飲み物を買おう。
何を飲もうかと少し楽しくなりながら、談話室の前まで歩いていく。こちら側に開いている扉から覗き込むように中を見る。そして、息を飲んだ。
誰もいないと思って居た談話室だが、一人いる。女子生徒だ。椅子に座り、静かに本を読んでいる。
この揺れに耐えているというより、七音同様に平気なようだ。
背は七音と同じくらいだろうか。だが、それ以外は醸し出す雰囲気が全く違う。
肩ぐらいまでの藍色の髪をいわゆる姫カットと呼ばれる整え方で、さらさらとまっすぐ流れる髪が綺麗だ。七音は無意識に頭上の双葉状の髪束を触った。
薄い水色の眼鏡で縁取られた目が、静かにページを読み進めていく。凛と佇む姿は全体的に知的で大人びており、子供っぽいと言われる七音とは大違いだ。
、
背丈は似ているのに、これだけ違うとは。少し嫉妬じみた対抗心を燃やしていると、不意に女子生徒が顔を上げてこちらを見た。
慌てて扉の裏に隠れる七音だが、バレているらしくクスッと笑い声が聞こえてきた。
「そこにいるの、わかってる。入ってきたら?」
淡々と、それでも優しさが含んでいるとわかる声色だ。恐る恐る中を覗くと、女子生徒はこちらを見てニコリと笑った。
「隠れても双葉、見えている。ピコピコ動くの、可愛い」
「そう? あたしはまっすぐなのが羨ましいよ」
「ありがとう。貴女も揺れ、平気?」
「そうだよー。あ、あたし、天村七音!よろしくね!」
自己紹介しながら近寄り、手を差し出す。女子生徒は七音の顔と手を見渡し、自分の手を重ねた。
「香月流華。よろしく、七音」
「流華! よろしくね!」
お互いの目を見つめながら微笑み合う。やがて、手を離した流華は本を閉じ、自分の隣の椅子を引いて手でポンポン叩く。
「七音、いろいろ話そう?」
「読書はいいの?」
「本より、七音と話したい」
まっすぐにそう言われて嬉しくないはずがない。七音はぱあっと顔を輝かせて頷いた。
やっと主要人物の1人出せたという