第8話 立地条件
出かけられない分、筆が進むこの状況。
でも、早く治まって欲しいです
次の談話室も、同じように楽しく話して盛り上がった。
だからこそ、個室に入る前の不快な出来事など、七音は忘れていた。
「あーら? めっざわりな双葉が入ってきたんだけど!?」
到着予定まであと三十分程、ここが最後になるだろうと入室した直後に甲高い声が響いた。
先の二つよりも少し広い談話室の中心で、先程の女子生徒たちが他の生徒に囲まれてふんぞり返っている。見た瞬間、七音は思いっきり顔をしかめた。
「うわぁ……」
「ぶっさいくな面見せんじゃねぇよ!」
「ここはアンタみたいな外の連中が入る場所じゃないんだよ!帰れ!」
女子生徒の言葉に、周りもざわめきながらも同調し、七音を不快な表情で見る。
この談話室が内部進学者で埋め尽くされた排他的な場所だと、あからさますぎて七音でもすぐに察することができた。
同時に、さらに濃くなった甘ったるい匂いが全身に纏わりつく。
「スミマセン、シツレイシマシター」
「棒読み!ウチら舐めてんの!?」
「逃げんなブス!」
「ってか、さっき話してたのこいつだよ、みんなー」
一人がそう声かければ、七音を見る目がさらに冷たくなる。何を話したかは知らないが、碌な話ではないことは確かだ。
さっさと帰ろうとしたが、ふいに背中を押されて数歩前へと出てしまう。
ちらっと見れば、大柄な男子生徒が下卑た笑みを浮かべながら、扉をその背に隠していた。
「……部屋、出たいんだけど」
「まずは俺らに挨拶じゃねーの? 『これからは皆様のお役に立ちますので、先程の無礼をお許しください』ってなぁ!」
「……あたし、何もしてないよね?」
「スーちゃん達の邪魔して、臭いって言ったんだろ!?サイテー!!」
「スーちゃん達、マジでカワイソ~。こんなのの所為で響さんと話できなかったとか……」
「マジギルティだよな~」
スーちゃん達と呼ばれた女子生徒達に同情の声が、七音に非難の声が次々上がる。すんすんと泣き真似をする女子生徒達に、七音の癪に障る。
圧倒的に自分が悪い雰囲気だが、内容は完全な言いがかりだ。だが、七音にはこの状況を打破する案は出てこない。
ただただ、言いがかりが不快。
今の七音の考えはその想いで埋め尽くされていた。不機嫌さを露わに中心の三人を見つめていた。
七海の視線に気が付いた三人は、泣き真似から一転して怒りに顔を歪めた。
「何睨んでんだぁ!?」
「ホンット生意気!」
些細な反抗的な態度も許さないのは、完全に自分たちの立場が圧倒的に上だと思っているからだろう。
響の忠告は耳をすり抜けたようだ。きゃあきゃあ言って纏わりついていたが、好意を持っているというよりはただ単にイケメンに媚びて優しくされたいだけなようだ。
そういう女子は七音は苦手で、相手も七音が嫌い。ならば、容赦はいらないのでは。
さすがに、ここまで言われれば七音だって本気で怒る。
「エエ、エエ、ソウデスネ。アヤマラセテクダサイ」
「やっと立場が分かったのか? おら、さっさと目の前で土下座しに行け!」
完全な棒読みでも、七音を見下している周りにとっては内容の方が重要らしい。
三人組までの道ができて、そこを通る七音。目の前まで来た七音に、三人組は当たり前のように命令してくる。
「いつまで突っ立ってる気? 早く土下座しろよ」
「土~下~座~!」
「……あたしがすると思ってるの?」
「あ゛?」
七音の反論に威圧してくる三人組。だが、怒り心頭の七音は止まらない。
「中等部が偉いだのなんなの、さっきから煩い! 嫌なら関わらなければいいのに、わざわざ関わってくるなんて何なの!? 変態!」
「はぁ!?」
「あと、香水が臭過ぎで鼻が曲がりそうだよバカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
罵声と共に、取り出した脱臭スプレーを三人目掛けて噴射した。煙を浴びて悲鳴を上げようにも、口を開けば口内に入ってしまうので必死に目と鼻と口を押えている。
その姿にほの暗い喜びを覚えつつ、止めに掛かろうとする生徒にも容赦なくスプレーを浴びせる。
自分が被害を負ってでも助けるという真の友人はいないのか、新品の脱臭スプレーの殆どは三人に浴びせられた。
混乱している間に、スプレー缶を捨てて扉へと走っていく。その姿を見た一人が声を枯らしながら叫んだ。
「に゛がずな゛ぁ゛!」
周りの生徒達がその声に同調し、慌てて七音と扉の間に割り込む生徒達。脱出に失敗し、周りは怒りに顔を真っ赤にした生徒ばかり。
これは危険だが、やり返して満足はできた。そう思いつつも、これからの予想ができずに唇を噛み締める。
周りが近づいてこようとした時、場に似つかない軽快な音楽が流れた。
船内スピーカーから流れたそれは、場の危険な雰囲気を一瞬にして消し去る。直後、事務的なセリフが響いてきた。
『新入生一同へ、今から重要な事を話します。よく聞いていてください』
「響さんの声だわ!」
機械越しだというのに、誰かが声の主を判別で来たようだ。女子生徒達の黄色い声と何故か野太い声が上がる。
それをよそに、内容を聞こうと七音や冷静な生徒数名が耳を傾ける。
『水無月学園まで後三十分ほどで到着します。ところで、誰か疑問に思ったことはないかい? 【何で、こんな辺鄙な島に施設を作ったんだろう?】ってね』
響の問いかけに、周りがざわつく。その時間を想定したのか、少し間を置いて響の言葉が続く。
『答えは簡単。【極秘情報の倉庫だから】。世界中の魔物に関する事柄はすべてそろっている島だ。簡単に上陸できると思うかい?』
話の不穏さを感じ取ったのだろう。キャーキャー騒いでいた生徒達も真剣に放送を聞き始めた。
深刻さを理解せず、いまだ浮かれた話しているのはスーちゃん達三人ぐらいだ。
『この島の周辺、気流も海流もすごぉく荒れててね?治まる時がないんだよ。最新型の船にベテランの船員方。万全に思えるけど、ところがどっこい。百人いたら九十九人は酔います、吐きます。その為の個室のトイレです。ある意味、通過儀礼かな?』
その場にいた生徒の内、三分の一ほどが顔を青ざめる。残りは高を括っているのか、余裕そうだ。大袈裟ななど、近くの男子が軽口をたたく。
だが、七音は事実だと確信があった。
スーちゃん達に響が言った、香水を落とせという言葉が意味を成してくる。
いくら酔いに強くても、この甘ったるい匂いを嗅ぎながら世界一のジェットコースターに耐えられるかと言ったら、百%無理だろう。
早く部屋から逃げなければ危険だ。七音はすぐさま踵を返し、扉の前の男子生徒を押しのけた。
男子生徒も放送に聞き入っていたようで、七音の全力による突き飛ばしで簡単に退けられた。
「あっ!」
「てっめ……!」
奥の方にいた生徒が気づき、声を上げる。それを無視して七音は扉を開けた。
近くの生徒が引き戻そうと手を伸ばすが、放送に気を取られて反応が遅れた分、届かなかった。
『勘のいい子は避難済みかな? 危険ゾーン、入ります』
七音が部屋から出るのと、響の最後の通達はほぼ同時だった。直後、激しい振動が襲ってきた。
とりあえず連日投稿は落ち着かせて、週二か週一にしようかと思います
次は木曜日に上げようかと