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My own Sword  作者: ツツジ
本編
72/187

第72話 くろえの過去、出生の事件

マリューの死後からくろえになるまで、何があったのか

 

 くろえが今住んでいる種ノ国は果物が特産品であり、その中でも一際大きな果樹園があった。様々な果実が四季折々に実り、それが目当ての観光客で賑わっていたとのことだ。




 だが、最高峰を誇っていたその果樹園に突如、有害ガスが発生した。




 前日までは何もなかった果樹園だったが、次の日に管理者が見に来た時にはすでにあり果てた姿になっていたそうだ。

 赤紫の霧がかかり、果樹園の緑を、果実の色を不気味に見せた。

 ただの不気味な霧だと半数ほどが甘く考えていたが、そうはいかなかった。吸い込んだ人に、影響が出始めたのだ。

 髪や皮膚などが硬質化、異物化などの様々な変化。

 特に顕著に反応したのが生殖機能である。多く霧を吸い込んだ人間の子供は、ほぼ確実にどこかしらの異形を持って生まれた。


 事態を重く見た政府が立ち入りを禁止したのが、約九十年前。

 魔物と呼ばれる異常生命体が人間を襲い、それに対抗する手段を模索し始めた頃でもある。

 近隣住民や観光客、国は非常に悲しみに包まれた。それから数年後、魔物に対し有力な力として適合が発見され、魔物の対処に冷静になる各国。

 その一つでもあるこの国は、もう一つの脅威だった霧の排除の代わりにと他の果樹園の生産も上げ、なんとか立ち直したのだった。





 誰もが悲しみを乗り越え、傷が薄くなってきた五年前。事態は急変した。


 この有害ガスが一夜で消えたのだ。


 急な発生に合わせたかのように急な消失。報告を受けた国は慌てて、防護服を着た警備の者に調査を依頼した。

 急な命令とはいえ、場所が場所。警備団の中でも選りすぐり、調査団を結成して向かわせた。


 一世紀近く誰も訪れなかった果樹園。国の象徴だった場所は、見るも無残な姿へと変わっていた。


 葉は完全に抜け落ち、やせ細った木々が並ぶ。全ての果実は落下し潰れ、足元に広がる。そこまではまだ予想はできた。

 だが、調査団を絶句させたのは、目に映る光景ではなく色だった。

 枯れ木は黒と紫が入り混じった色を表し、潰れた果実は暗闇を思わせる黒。

 一歩踏み出すごとにぐちゃりと生々しい音を立てる黒色は、心の底から嫌悪感を沸かせてくる。

 視界から入る悪夢のような情報の処理と理解が追い付かず、調査は難航したという。

 代り映えのない、視界から苦痛を与えてくる景色を乗り越えながら、少しずつ調査範囲を広げていく。




 そうしてたどり着いた、果樹園の中心地。そこで調査団たちは絶句した。




 周りの木々の倍はあったと枯れた状態でもわかる樹が一本あった。

 様々な品種を育てているこの国でも、珍しいと言われる樹だ。育てるのが非常に難しいが、一度食べたら忘れられないと言われるほど美味。

 その味と鮮やかな赤色の実、その全体の美しさから、かつて人類の祖が食べてしまった『知恵の実』という品種名がついたリンゴの樹。

 今は他の木々と同様に無残な姿で、人々を誘惑する姿はどこにもない。だが、その事実に落ち込む暇はなかった。




 枯れた大木の下、すやすやと眠る赤子がいた。




 生後数か月とみられる女児で、そこには潰れた果実のクッションの上に布のようなものが敷かれた状態で横たわっていた。

 ぱっと見、赤子は普通の人間だ。だからこそ、恐ろしかった。

 有害ガスの消失は調査を始めた約一週間前。その間、誰かが入ったという報告はない。有害ガスが蔓延していた九十年間にいたっては、人が近寄ったという報告さえない。


 では、目の前の赤子はどこから来たのだろう。


 普通ではないこの空間に、当たり前のように溶け込む赤子。ここの調査を始めて、その様子が何よりも怖かった。

 凍り付いた空気の中、その光景から目を逸らした隊員もいた。その場で嘔吐した隊員もいた。逃げだした隊員もいた。

 混乱に包まれた調査団の中で、隊長が震える手と声で、やっとのこと通信機越しに上に報告したという。





 国が指定した病院で検査した結果、赤子は健康そのものだったらしい。

 その後、赤子がどうなったかは不明らしく、どの記事も面白そうな憶測を書き立てていた。

 研究のために解剖した、国外追放した、他国に売った、秘密裏に処分した。




 どれも違う。この赤子が自分なのだと、くろえははっきり言えた。




 魔族としての記憶は薄れてきており、殆どのことが朧げになっている。だが、死を覚悟した最後の光景はまだ目に焼き付いている。

 あの場所がこの果樹園だとしたら、辻褄が合う。




 有害ガスの正体は、魔力だ。




 魔力切れで永眠したとはいえ、その身体には魔力が細胞の一つ一つまで染みわたっている。その魔力が漏れだし、霧となって果樹園を覆った。

 その霧には遺伝子を狂わせる力があると、閉鎖中に人間達が判明させている。つまり、それは魔力の効果でもある。


 地底の空気中に漂う魔力を日ごろから摂取していた生物や植物は遺伝子に異常をきたし、結果として魔物やおぞましい形のものを誕生させる。


 そういうメカニズムだったのかと、思わぬ発見である。

 魔物が発生するようになったのは霧が原因か。それにしては、変化が早すぎる気がする。

 もしかしたら、魔族は人間をベースに魔力で遺伝子を狂わせて作った生物なのだろうか。

 母と呼んでいた大木、元は人間だと言っていたが、魔力の効果に気付いて隠していたのか。

 魔力が漏れ出た結果、自分は人間になれたのだろうか。





 もはや、どうでもいい。くろえは頭を振って昔のことをかき消す。

 今は人間なのだ。魔族の頃の記憶など、思い出していいものではない。

 再びパソコンの画面を見つめるくろえ。とある記事をクリックして開けば、当時の調査団の紹介が書かれている。


 その中央で、見慣れた父の顔が真剣な表情で写っている。調査団をまとめる、樫城隊長。


 短く書かれた説明文を、画面越しになぞる。無意識に口角が上がる。

 この事実を知ってなお、父母は見返りも求めず、愛を注いでくれているのだ。嬉しさで、今にも駆け出してしまいそうだった。

 パソコンのページと履歴を消し、電源を落とす。今すぐにでも、父母に抱き着いて甘えたくなった。

 早く仕事から帰ってこないかと、頬を緩ませながら窓の外を覗いたのだった。




 自分の出生を知ってから、素直に父母に甘えるようなれた。少なくとも、くろえはそう思っている。その為か、前よりもさらに人間の子供らしく生活できていると自負していた。

 様々な行事を父母と共に過ごすことが、何よりも楽しかった。人間としての生を満喫していたくろえだったが、初めて大きな壁に当たってしまった。

 

花ノ国と種ノ国は隣同士の為、今でも友好的。

華ノ国は花が特産ではなく、独自の文化で煌びやかな所が特徴です。

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