第71話 マリューからくろえへ
遅れてしまい申し訳ございません!orz
声が聞こえる。騒がしい。でも、不思議と穏やかさを感じる。
水底から浮かび上がる様に、ゆっくりとマリューの意識がはっきりしていく。
ぴったりと閉じた重い瞼を開く。まず感じるのは、圧倒的な眩しさ。どうやら仰向きで寝ており、目に光が直撃したようだ。
身体を背けようとしたが、うまく身体が動かない。仕方なく目を細め、光に慣れるのを待った。
慣れるにつれ、景色がはっきりとしてくる。あと少しというところで、不意に大きな影がぬっと現れた。
「あっぷっぷー!」
クリアな視界に映ったのは、見知らぬ男の変顔。それも至近距離で、視界がほぼ埋め尽くされた。
何をしているんだ、この男は。
いろいろ考えるよりも先に呆れが浮かび、マリューはつい真顔になってしまった。
如実に表れた無関心に男は見てわかるほど動揺した。
「え、くろえちゃん!? 悟りを開いたような顔してどうしたんだい?」
「馬鹿ねぇ、あなたの顔に驚いてるのよ」
「嘘!?」
「全く……察しの悪いパパでちゅね~」
声と共に、優しい笑顔をした女が覗き込んできた。男よりは若干小柄だが、マリューの視点からは同じく巨大な人物に見える。人間界の書物で読んだ、巨人というものだろうか。
しかし、ここはどこだろう。先程から馴れ馴れしくしてくる男女とくろえという名前。
様々な疑問が生まれ、頭を巡る。すると、女がマリューに手を伸ばしたと思うと、背中に回して軽々と体を抱き上げてきた。
驚くマリューをよそに、女はそのまま自分の胸に抱きかかえ、軽く揺さぶる。
そこで自分の体を改めて確認することができた。今までとは違う小さな手足、体。自分の体全てが縮んでいる。
「ほーらくろえちゃん。大丈夫よ~」
女が体を揺らし、マリューをあやす。これは、母親が赤ん坊に行う仕草だった。
一つの疑惑、というより確信がよぎる。唯一自由に動く視線をきょろきょろとさせれば、しょぼんとした顔の男の横に大きな姿見があった。
あの前に立たなければ。そう思って話しかけようとしたが、実際に発せられたのはただの母音だった。
言葉も出なくなっている。ならばと小さな腕をその方向へ必死に伸ばした。
「くろえちゃ~ん! パパがいいんだね~!!」
「はいはい。くろえちゃんは鏡が気になってるみたいよ。女の子だもんね~」
女の方が意図を察してくれたらしく、手を広げた男を横に押し退け、鏡の前へと立つ。
映し出されたのは、二十代後半と思わしき優しそうな女とそれに抱かれた乳児だった。
ふわりとした紫髪。マリューの動きに合わせて乳児も動く。もはや、間違いなかった。
人間、それも乳児としてマリューは生き返った。
この場合、生まれ変わったというべきなのだろうか。どちらにしても、マリューは生きている。同時に、周りの状況は一変に理解できた。
くろえ、というのが今の名前。この二人は自分の両親に当たる人物なのだろう。
それにしても、赤ん坊の体というのはなんとも不便だ。
喋れなければうまく動けない。だが、ここから徐々にそういう事ができるようになっていく。
成長、というものだ。魔族は生まれた時から同じ姿だった為、成長というものが楽しみで仕方ない。
「あら、くろえちゃん、にっこり笑顔!」
「か~わいいな~」
デレデレとした父の笑顔も、もはや嬉しいものだ。これから何があるのだろうか。
マリュー、否、くろえは満面の笑みを両親へと向けながら考えるのだった。
光陰矢の如しという言葉が、この世界にはあるらしい。その言葉通り、時間が過ぎるのは早かった。
最初は母音しか出せなかった口も徐々に単語が話せるようになり、徐々に文章が話せるようになった。頭では伝えたいことが浮かんでいる分、少しじれったかったが、それも成長の一種だと心が弾んだ。
さすがにトイレトレーニングはいの一番に終わらせたが、両親はいい子だと褒めてくれた。
時たま、近くに住むという祖父母が遊びに来てくれた。二人とも、両親と同様に可愛がってくれた。
だが、その可愛がりにも一線が引かれていることを、くろえが気づかないはずがなかった。まだ幼いくろえがわからないと思って隠さずに話す内容。
「本当に大丈夫なのか?」
「この子、ちゃんと成長できているの?」
孫に対する心配というよりは、恐怖からくる心配に近いニュアンスだった。その度に父が二人を諫め、母がうまく話題を逸らす。
何かある。そうとわかれば、行動するだけだ。
魔族だった頃は人間の情報手段は主に書籍だったが、それからかなりの月日が経っているようだ。人間の進化の賜物、パソコンというもので簡単に調べることができるらしい。
父が使っているとことを見て覚え、実際に使ったのはくろえが五歳の時だった。
祖父母の話から、出生にかかわる何かだと判断はついている。そこで産まれた年を検索してみれば、見出しこそは違うものの同じ大きな事件ばかりヒットした。
よほど興味深い事件だったらしく、様々な出版社によるゴシップ記事も多い。一つ一つ中身を確認して、内容を整理する。浮かび上がる事実に、みるみる顔色を変わっていく。
祖父母の態度にも納得がいくものだった。




