第69話 マリューの過去、隠されていた秘密
明かされる衝撃の事実
パシャッと、髪から水飛沫が舞う。泉で水浴びをしていたマリューは、ぼんやりと空を眺めていた。
先程、人間界から戻ってきたばかりだ。
人間の匂いを指摘されたらと恐れ、帰還後には水浴びをすると決めたのは最初の頃。今ではすっかり習慣になっている。
今回訪れた街もいい所だった。転がってきたボールを返して上げた時の、子供たちの笑顔が一番印象に残っている。
思い返すと、自然とマリューも笑顔になれた。
「マリューの笑顔! 何かいいことあったの?」
突然聞こえた声に、マリューはハッとして振り返った。そこにいたのは、幼い少年。あどけない笑顔をしながら、両腕を熊のソレに変形させている。
よく見れば、何かを握っていた。視線に気づいたのか、マリューが言う前に口を開いた。
「これ? 気にしなくていいよ。マリューの裸を見た魔物だもん」
「……私が見張りをさせていた魔物でしょ、リヴィア」
「えー、そうなの?でも、弱っちいくせにマリューの傍にいるとか、やっぱり要らないよ」
そう言って、リヴィアは握っていた魔物の残骸を遠くに放り投げる。それを見て、マリューは小さくため息をついた。
リヴィアはこの前生まれた、七人目の子だ。
見た目通りに子供らしい性格だが、腹黒い一面もあるらしい。
困ったことに、他の兄弟たちには塩対応だがマリューにはベタベタと甘えるのだ。その上、リヴィア以外がマリューに近づくことを酷く嫌う。
なぜ執着されているか、マリューには心当たりがない。その為、対応の仕方がないのだ。
マリューの思いも知らず、リヴィアは恍惚とマリューを見つめている。
「はぁ……マリューの体、すごく綺麗……!」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさとどこかに行ってくれる?」
「何で? マリューに会いに来たのに」
「私は頼んでないわ。帰って」
「ママに頼まれたんだ。ねぇ、最近、ママに会ってないって本当?」
図星を指され、マリューは言葉に詰まる。リヴィアはその様子に眉尻を下げた。
「何で? ママも心配してたんだよ?」
「……忙しかったのよ」
「僕も寂しかった。ずっと、ずーっとマリューを待っていたのに、会えなくて、会いに行こうとしてもママが止めるし、今日やっと僕が話しつけに行くって言って会いにこれたんだよ? まさか他に大事な奴でもできたの?」
「そんな訳、」
「だよねだよねそうだよね! 僕以外にマリューを大事にする奴も大事にされる奴もいないもんねそうだよねよかったよかったフェーゴとかが邪推してくるんだもん何度ぶっ殺そうかと思ったけどその度にママに止められるし強行してもよかったけど下手したらマリューを探しに行くこともできないから我慢したんだよ褒めて褒めて!」
呼吸も荒く、泉の淵ギリギリまで近寄ってくるリヴィア。あまりの剣幕にドン引きしたものの、動く気配がなくなったリヴィアにマリューは意を決した。
リヴィアに近づき、そっと頭を撫でる。途端、リヴィアは破顔させて喜んだ。
「えへへ~」
「……満足したなら、もういいかしら?」
「うん!!あ、ちゃんとママに会いに行ってね?」
「……わかったわよ」
「わーい! じゃあまたね、マリュー!」
満足顔でリヴィアが走っていく。その後ろ姿を見ながら、今度は盛大にため息をついた。
「……なんで、あんなのに懐かれたのかしら……」
愚痴になり切れない本音が漏れる。マリューは別にリヴィアを嫌ってはいない。
ただ、他の兄弟たち同様に、人間を知る前の自分と重なって嫌悪感を抱いているのに加え、対応が面倒くさいのだ。
雑に対応した結果、これから母に会うことになった。ため息ばかりでは仕方ないと、泉から上がり支度を始めた。
母の元へたどり着いたとき、先客を確認したマリューは近くの岩陰に身を潜めた。そのまま意識を向け、耳を澄ます。
〈ねぇ、ルフェル。マリューはまだかしら?〉
「もうすぐだと思いますよ、母様」
優しい声色で母に言葉をかけるルフェル。それを見て、マリューは今すぐに背を向けてきた道を戻りたくなった。
あの男は兄弟の中で最も母に忠実な子、もとい下僕だ。リヴィアに言われてしぶしぶ来たマリューを見たら、どう考えても状況が悪化する未来しかない。
早く帰れ。そんなマリューの思いも空しく、会話が続く。
〈あぁ……早く来て、顔を見せてほしいわ〉
「……そんなに、マリューに会いたいのですか?」
〈…………心配、なのよ〉
物憂げな声色の母に、ルフェルはいたって冷静な態度で言葉を放った。
「マリューが裏切るかも、という話ですか?」
一瞬、耳を疑った。ひゅっと喉が縮こまり、音が鳴る。早く、強くなっていく鼓動を止めるかのように、マリューは自身の胸を強く掴む。その間も、会話が続いていく。
〈前に教えた話、覚えているかしら?〉
「勿論。人間には生まれ落ちた時から抱える、七つの罪がある。母様から生まれた僕たち魔族には関係ない、はずだった……」
〈ええ。でも……私が貴方たちを産む度に、私の抱えている罪が一つ、貴方たちに強く受け継がれてしまった……〉
「特に顕著なのが、リヴィアの【嫉妬】でしたよね。でも、それとマリューの裏切りに何か関係が?」
〈あるのよ。人間が抱えるもう一つの罪。楽園を追われて地に堕ちた最古の罪……【原罪】〉
「……なるほど。マリューが【原罪】だとしたら、人間に堕とされてしまうと?」
〈人間は、そういう悪知恵が得意なの。優しいあの子が、騙されてしまわないかと……!〉
人間が抱える罪、【嫉妬】、【原罪】。聞いたことがない単語がポンポンと飛び出してくる。
それは産み落とされる時、母が意図して隠していたということになる。だが、今のマリューにとって重要なのはその事実より、二人の会話から導き出される事実。
人間が持つ七つの罪を母が持っている。それはつまり、母が人間だということを指し示す他ならない。
闇堕ち、性癖に刺さる……!




