第53話 逆転の一手
前回:グロ注意
静葉の声と共に、遠くから機械音が響いてくる。何の音だと気になったのは一瞬だけだった。
背後から伸びてきた何かに胴体を掴まれると同時に、持ち上げられる。
地を蹴っていた脚が意味もなく空中を蹴る。その間にぐんぐんと地上が遠くなり、気付けば建物の上空まで出ていた。
上から見下ろす建物の天井には、入った時はなかった円形の穴が口を開けている。静葉が言っていた、天井のハッチだとすぐに七音は理解できた。
だが、今自分が浮いている原因を理解できない。七音はばっと後ろを振り返る。そして、予想外の事態に目を見開いた。
「る、流華!?」
「他に誰に見える?」
そう言って頬を膨らませる流華。
その背では、小柄な彼女の身の丈はある翼が広がり、時折羽ばたいて二人の体を浮かせていた。黒い羽毛で覆われたそれは、大きな鳥のように見える。
「と、鳥人間コンテスト!?」
『黒い羽って、よく言われる厨二病って奴か!?』
「よくわからない。けど、七音が無事でよかった」
「え、ってか飛んでる!? 何で!? それ何!?」
「兄さん」
「ロビンさん!?」
七音の脳内に、気さくな先輩が浮かぶ。そう言えば、自分はサポートタイプで空を飛べると本人が言っていた。
つまり、流華とロビンで『適合』できたのだろう。感心する七音をよそに、大きな疑問に答えた流華は翼の方へと視線を移す。
声は聞こえないが口が動いていることから、ロビンと会話しているのだと七音は判断した。
二人の会話が終わるまで、じっと待つ。飽きた勇人がまだかと声をかけてくるが、どうしようもないだろう。
会話を終えたらしい流華が真剣な表情で七音を見る。
「七音。戦わないのは、あいつらが繋がっているから?」
「………………うん」
「司令室で見てた。あの目、もう死んでいる」
流華の言葉に、七音は俯いた。想像していたとはいえ、はっきりと言葉にされると重みが違う。
三人を救えない。その事実が、胸を痛めた。
「……七音、悲しむ暇はない」
「……わかってる。せめて、眠らせてあげなきゃ……!」
「その意気。私も手伝う」
「ふぇ?」
意味を理解する前に、流華が動いた。翼が大きく羽ばたいたと思うと、次の瞬間には真っ逆さまに急降下にしていた。空気の抵抗が柔肌を襲う。
ぐんぐんと近づく建物の穴。その下では、先ほどの魔物が限界まで首を伸ばし、口うるさく単語を発していた。抗議しているようだった。そして、穴に差し掛かる直前。
「…………七音、頑張れ!」
「えええええええええええええええ!?」
叫びとともに、流華が渾身の力で七海を投げた。加速をつけた七音が落下していくその先は、魔物。
『キモー!』
『キモッ!』
『キモ~!』
「うわあああああああああああ!」
止まらない身体、近づく魔物。考えている余裕はなかった。両手で勇人を持ち、真横に一線を描いた。
三つの細い首が切れ、身体から分離する。頭を失った胴体は、ふらりと揺れながら横に倒れ、動かなくなった。
死骸を飛び越えた七音はその奥にダンッと大きな音を立てて着地した。両足から衝撃が上ってくるが、何とか耐えて立ち上がる。
初めての戦闘、勝利。その余韻に浸るよりも先に、七音の口からは文句が零れた。
「流華ぁぁぁ! 急に酷い」
『今です!』
流華に聞こえるよう、大きな声で苦情を言おうとした七音。だが、急に耳を突き抜けた声に思わず言葉が詰まる。次の瞬間、七音の後ろの壁から何かが発射された。
それは勢いよく七音の横を通り、リヴィアの左腕を捉えた。メタルチューブの先端についたクリップの様な部分が、バチンと鋭い金属音を慣らしてリヴィアの左腕の付け根部分に挟み込む。
直後、凄まじい轟音と腐臭をまき散らしながら、リヴィアの左腕が切断された。
さすがにリヴィアも顔を歪め、右手で切断面を抑えてその場から離れる。支えを失った腕がその場で落下した。だが、その手に握られていたくろえの姿は見えない。
代わりに、空中からくろえを抱えた流華が降りてきた。
「流華ぁぁぁ! 目が覚めたんだね! でも酷い!」
「強硬手段を取れって、兄さんが」
「ロビンさぁぁぁぁぁん!!」
「くろえ!」
「璃久斗……!」
駆け足で近づき行き場のない衝動をぶつける七音に、悲しみながらもしれっとロビンを売る流華。その隣で、駆け寄ってきた璃久斗とくろえが強く抱きしめあう。
自分たちの世界に入った二人をよそに、七音のイヤホンから静葉の興奮した声が聞こえてきた。
『やりました! 樫城さんは無事ですか!?』
「無事だよ~! でも、さっきのは?」
『挟んだ部分を高熱・高電圧で切断する、命名【ヒートワイヤー君】です! 銃弾が効かない腕でも、付け根部分なら人と同じ! 焼き切れると思ったんです!』
「そんなのがあったんだ……!」
『いえ、先月にできたばかりのほやほやです。私、設計から試運転まで関わりました』
「ふぁっ!?」
静葉の言葉に驚く七音。思えば、船揺れを無効にする装置を自作できる腕前なのだ。
たまに来たという高等部の教員、中でも発明系に携わっている教員が、中等部在籍の静葉を見逃すはずがない。
『こちら零です! 只今、静葉さんの指示の下、二発目の準備もしています!』
「え、先生も手伝っているの?」
『静葉さんの聖母性が発揮しまして、今やこの部屋の最高責任者は彼女です!』
「さすが静葉」
静葉と零の言葉に、七音はほっとした表情を浮かべた。それも一瞬で、すぐに顔を引き締めると、リヴィアの方へと顔を向けた。
「お前らぁ……! 虫けらごときがぁ……!」
苦悶と憤怒を浮かべながら、七音達を睨むリヴィア。抑えた切断面は燻っており、再生する様子はない。
「形勢逆転」
「そうだね……!」
流華の言葉に、七音は頷く。くろえも、何とか武器を構え直していた。七音も再び剣を構え、切っ先をリヴィアに向ける。
直後、目の前に何かが落下してきた。
落下してきたものとは……!?




