第5話 豪華客船
船旅を楽しんでみたいです
「改めまして。僕は青龍響。武蔵の従兄妹だよ」
「いとこ!」
さすがは豪華客船というべきか、さほど揺れが気にならない。その中で船内を案内されながら個室に向かう七音に、男性の第一声が自己紹介だった。
言われて思い出すのは、武蔵との話である。知り合ってから手紙や電話、最近ではSEINでよく連絡を取り合っている。その中で従兄妹がいると、聞いたことがあった。
「じゃあ貴方が、『日光嫌いでいつも部屋の中でカリカリ勉強してる根暗野郎』な従兄さん!」
「あー……武蔵、そんな風に僕のこと言っていたのか」
「で、でも、思ってたイメージと違いますし!!」
「そりゃあね、研究職組とはいえ教員だからね」
「先生!」
七音の反射で出た言葉に、響が頷く。水無月学園高等部は魔物との訓練所であると同時に、最先端の研究施設だ。魔物は未だに謎が多い生物である。
それを解き明かすべく、研究員が様々な検証をしている。そのうちの何人かが、高等部で授業を教えているという話だったが、響がその一人なのだろう。
魔物について聞けることを聞こうか。そう考えていると、先に響の方が口を開いた。
「武蔵、君に会えるのを楽しみにしていたよ」
「え、本当!?」
「もちろんさ」
再会を楽しみにしていたのが自分だけでない。それだけで気分がぱあっと明るくなる。
その様子を見て、響は優しく微笑んだ。
「なんだか武蔵に似てるね……だからこそ、妹みたいに思ったのかな?」
「そうですね。最初のことは『あたいのことはお姉ちゃんって呼んで』って言ってましたし」
「あの子、小さい頃から周りに男しかいなくてね、それも、年上だったり武蔵よりしっかりしていたりで、窮屈だったみたいなんだ。七音ちゃんにとっては急だったんだろうけど、本人はすごく嬉しそうだったよ」
「確かに急でしたけど……おかげであたしも目標ができて、その後もいろいろと世話を焼いてくれて、本当の姉みたいです!」
「ならよかった」
共通の話で盛り上がっていると、響が途中で足を止めた。一つのドアの前、ネームプレートには七音のフルネームが書かれている。
ここが七音に与えられた個室のようだ。一見してホテルの部屋のような印象に、内心テンションが上がる。
「本当にここですか!?」
「そうだよ。中には少しの家具と、トイレが備え付けられているよ」
「え!? 全部の個室にトイレあるんですか!?豪華!」
「高等部へ行く船には、重要な機能だからね……」
どこか遠くを見つめながら響が呟く。トイレが重要機能というのが、よくわからない。詳しいことを聞こうと口を開いた瞬間。
「響さぁん!」
「ぶべっ」
背後から思いっきり横に押され、勢いで壁に激突する。肺から息を漏らし、ぶつかった肩を摩りながら体制を戻す。
先程まで七音がいた位置に、別の女子生徒三人が立っている。きゃぴきゃぴと効果音が付きそうな三人は、響の困り顔にも関せずグイグイ迫っていた。
「響さぁん、探したんですよぉ~」
「一緒にデッキでお茶しよ~って約束したじゃない?」
「私たちぃ、待ってたんですよぉ?」
「僕は仕事があるから無理だって言っていたよね?」
「えぇ~」
不満そうな声を上げる三人。そして、七音の方を向いてクスクスと笑う。
「あーんな地味ーな子を案内するのが仕事ぉ~?」
「地味!?」
「やだ、だっさい髪型。特徴ある自分とか?キモッ」
「脳に行く栄養が胸にいっちゃったのぉ?背とあってなくてアンバランスゥ」
明らかな嘲笑を目の前でされれば、誰だって気分のいいものではない。
ムっと怒りを顔に示し、目の前の三人を睨んだ。文句を言うために、大きく息を吸った。
「ちょっと……って臭い! なんか物凄く臭い!!」
「はぁ!? 何言いだすんだよ!?」
「空気が甘いってか甘すぎて気持ち悪い! 何で何で!?」
「馬鹿にしてんのか!?」
七音に悪意はないが、女子生徒たちは侮辱と受け取ったようだ。響に媚びる様子から一転、不良のように青筋を立てて七音に睨みを聞かせている。
「外から来た奴が偉そうにしてんじゃねぇよ! ブスが!」
「ウチらみたいなぁ、中等部からの進学とぉ、違うって考える脳みそすらないのかよカッス」
「わかったなら土下座で謝れよ、ほら早く!」
理不尽な内容に、怒りを超えてぽかーんと呆ける七音。
中等部から高等部へ上がる生徒の多くは、外部からの入学者を見下しているという情報は確かにあった。だが、ここまで露骨だとは思ってもいなかった。
同時に、七音を見下し過ぎて周りが見えていない。
自分たちが先程まで何をしていたのかも忘れて七音を罵っているようだ。同じように感じたのだろう、響がわざとらしく咳払いした。
ハッと女子生徒たちが振り返る。媚びる姿へ戻る前に、響は感情のない冷たい目で三人を見渡した。
「中等部からの生徒って、同じ考えの子ばかりだよね。おまけに一応とはいえ、教員の前で暴言を吐くとか……」
「で、でも~!」
「そもそも、初等部と中等部は水無月の名前を借りただけの普通の学校だからね。メリットなんて、年に数回来る高等部の教員から話が聞ける程度だよ」
気だるげにため息を吐きつつ、爆弾発言を落とした響。聞いていた七音も女子生徒たちも凍り付いてしまった。
話の流れで、とんでもない裏事情を聞いた気がする。固まった七音や女子生徒たちを見て、響は口の端を上げる。
「高等部はな、みな平等だよ。授業も、戦闘も、死も、等しく訪れる。ああ、でも、研究データとしては多少の個体差が出るけど」
笑顔なのに、目が笑っていない。その表情で、淡々と言い放った響に寒気が走る。女子生徒の一人に至っては、喉の奥から小さな悲鳴が漏れていた。
沈黙がその場を包む。それを破ったのは、表情を温和な笑みに戻した響だった。
「そういう事だから、選民意識はなくした方がいいよ。ああ、天村さん」
「ひゃい!?」
急に名前を呼ばれて驚きながら返事をする。呼ぶ方が先程と違うのは、今は教員としての立場だからだろう。
「僕は仕事に戻るから、部屋でゆっくりするなり船内を回るなりお好きにどうぞ」
「は、はい!」
「君たちは先に、香水を落とすことをお勧めするよ。この後のことも考えると、ね」
意味深なことを言い残し、響はその場から去っていく。茫然とその背中を見ていた七音だったが、先に我に返った女子生徒たちに睨まれた。
そこで、七音もハッと我に返る。
「あーもー最悪! アンタの所為だからなブス!」
「覚えてなチビ!」
「あぁん! 響さん待ってぇん!!」
暴言を吐き捨て、女子生徒たちは響の後を追いかける。その際、ポケットから香水を取り出して匂いを強化していった。響の忠告は頭から抜けたようだ。
女子生徒たちの足音が小さくなり、後に残ったのは七音と甘ったるい香水の匂いだけだった。
女子生徒たちから漂っていた時よりはましな匂いだが、嗅ぎ鳴れていないからか鼻がむずむずしてくる。その場から逃げる様に、すぐに自分の個室へと駆け込んだ。
夜にも1話上げます
あと、この3人組は不快な暴言を吐きまくりますが、そういうキャラということをご了承ください