第48話 くろえと罠
敵と鬼ごっこ中なくろえターン
走る。走る。走る。
なるべく人がいない場所を選び、全速力で駆けていく。
たまに数人ほどすれ違うが、後ろのリヴィアを見てはすぐさま逃げていく。全員、戦闘員を目指しているからこそ、危険回避は速くて助かる。
「アハッ! 楽しいね、鬼ごっこ!」
リヴィアの無邪気な声が聞こえる。同時に振り下ろされた異形の腕を、くろえは風の音と一瞬のチラ見でそれを避けた。
叩き付けられた腕は地面を陥没させ、コンクリートの破片を飛び散らせる。その行動はリヴィアの身体を減速させ、くろえとの距離を取る。
『くろえ!』
「ええ。わかっているわ、璃久斗」
気は抜けない。少し離れた程度、すぐに追いつめられる。
体力、速さ、力。何もかも向こうの方が上。追い付かれていないのは、向こうが本気になっていないからだ。
くろえにとっては全力疾走でも、リヴィアにとってはただの遊戯。だからこそ、今のうちに目的地に着かなければならない。
「マリュー、マリュー、ボクのマリュー……!」
「っ、私は樫城くろえよ!!」
叫びながら、背後に扇子を振るう。風の斬撃がリヴィアへ向かうものの、それは異形の腕で難なくかき消された。しかし、攻撃を受けていないリヴィアの表情が笑みから真顔になる。
「こんな脆弱な攻撃なんて……本当に、変わっちゃったの?」
眼の光をなくして呟くや否や、再び走り出すリヴィア。見る見るうちに差が埋まっていく。
だが、くろえの目の前にはもう目当ての建物があった。
白銀の鋼鉄でできた、倉庫のような建物。一般的な学校にある体育館ほどの大きさのそれは、重苦しいシャッターによって入り口を塞がれている。
ふだんは使われていないというこの建物は、学園が数ヵ所に用意したという、万が一の場合の捕獲所だ。
万が一、テロリストや危険人物などがこの学園に入った時。上手く誘導してこの建物に閉じ込め、中に埋め込まれた装置で鎮静化を図るという。
基本的に一般生徒には知らせておらず、使われない倉庫として教えられている。
くろえがその存在を教えられたのは、特待生としての説明を受けている時だった。
すでに魔物という強大な敵との戦い方を知っている特待生なら、そういった状況になっても冷静に動けるからだろう。今は、その作戦が功を奏していた。
背後のリヴィアに警戒しつつ、くろえは前に扇子を振る。威力を弱めた風の斬撃は、シャッターの横にあるスイッチを押す。途端、シャッターが上へ上へと登り、そこが入り口となる。
くろえは足を緩めず中へと駆け込む。それに続け、ソリヴィアも警戒することなく中へ入る。リヴィアの目には危険な建物よりも、目の前のくろえの方が重要だった。
中に入った途端、センサーに反応したライトが室内を照らす。外から見た色と全く同じ壁と天井。高さは二階建ての天井をぶち抜いたくらい。
その中で、奥の方まで進んだくろえがこちら向き、荒い息使いながらもリヴィアを睨みつけている。
それを見ていると、背後からがしゃんと金属音が響いた。ちらりと見れば、先ほどまで開けられていた入口が、一瞬でシャッターにより閉じられている。
「……時間経過で閉じるタイプ?」
「……そうよ。本当なら、それが閉じる前に私も出る必要があるんだけどね」
「そうしなくて正解だよマリュー! そんなことされてたらボク……本気でこんな学園ぶっ壊してた」
感情を消し去ったその言葉は、リヴィアの本気を表している。言葉に釣り合う以上の力をリヴィアが持っていることを、くろえは知っている。
だからこそ、自分もろともここに閉じ込められたのだから。
もう逃げることはできない。ならば、戦うしかない。
そう思い扇子を構えるくろえ。それを見たリヴィアは、忌々しい顔で扇子を見つめる。
「武器を使うなんて…………マリュー、ボクがいればそんなの必要ないでしょ? ねぇ、戻ってきてよ?」
「……いえ。もう、そちらには戻らない。だからこそ」
「魔族を捨て、人間になったの?」
リヴィアの問いに、くろえは何も返さない。それが、無言の肯定だと、みるみるリヴィアは憤怒を露わにしていく。
「何で、何で何で何で!? 何で人間なんかになったの! ?弱くて! 脆くて! 群れることでしか何もできない愚図どもなんかに!! マリューを取られなきゃならないの!? 強くて綺麗で残酷だったマリューが!! 何で!!」
「……答える必要は必要はないわ!」
言葉と同時に扇子を振るう。風の刃がリヴィアへと向かうが、道中と同じように異形の腕がそれをかき消す。
「マリュー……マリューマリューマリューマリューマリュー! ボクのマリュー! 人間たちになんか渡さない、その武器野郎なんかにも渡さない……! そいつを八つ裂きにして! 連れて帰って! 元に戻してもらおう! ボク達魔族の方が幸せなんだ!」
覚悟を固めた言葉を口にした瞬間、リヴィアがその場を蹴る。勢いをつけた体は一瞬でくろえの前に立ちはだかり、その場をえぐり取ろうとばかりに腕を振り上げている。
それを見た瞬間、くろえは反射的に後ろに跳んだ。腕が振り下ろされ、先ほどまでくろえが立っていた床が破片を上げて割れる。
顔に飛んでくる破片を防ぎながら、離れたところに着地するくろえ。そのままリヴィアへと向き直り、同時に気が付く。
何もなかった天上が無数の穴が開き、そこから何か出てきている。黒く、長い棒。
それが銃身だと理解した時には、建物内に向けて一斉に火花が散った。
こう、適度に逃げつつ誘導ってよくないですか???




