第45話 絶望の来訪
やっっっと展開が急変します!
そんなやり取りを見ていたくろえは、七音の肩にポンと手を置いて語り掛けた。
「大丈夫よ、七音。その感覚は正しいわ」
「何でわかるの?」
「恐らくだけど、二人の適合率が普通よりも高いのよ。だから、適合できるという確証がある。その代わりに、適合するまでが難関ね」
「ん~?」
「簡単に言えば、低いハードルをクリアしてから高くしていくのに、七音と結城君は最初から高いハードルを飛ばなくてはならないのよ」
「その分、できたら即戦力だな」
くろえの簡単な説明と璃久斗のボソッとした補足に、七音の顔が一気に輝く。頭の双葉が犬のしっぽのように動いて嬉しさを物語る。
その様に微笑みを浮かべながら、くろえは急に隣の璃久斗に腕を絡めた。璃久斗は驚いたが、くろえのなすがままに従う。後ろの方で野太い悲鳴が響いてきたが、お構いなしにくろえは七音に向き合う。
「あとは、相手との気持ちを合わせる事ね」
「そうやって腕を組めばいいの?」
「これは関係ねぇ。くろえがしたくなっただけだ」
「さすが璃久斗、わかってるわね」
「む、難しそう……」
目の間で見せつけられる恋人ならではの甘い雰囲気に、七音は唸った。その反応を楽しそうに笑うくろえは、璃久斗にしな垂れながら改めて返答する。
「適合が必要な時というのは、色々考えられるわ。魔物が暴れている、行き来が必要な場所にいる、街に向かっている……。そういった危機的状況の時、人によってどう行動するかは異なるわ」
「命に代えても人を守るっつってた兵士が、実査は腰抜かしてへたり込んだ。民の為に死ぬなんてほざいてた王が、さっさと逃亡した。逆に、自分勝手だった奴が守る為の策を考えて先導した。
いろんな例があるが、要はパニックが起きた時に、人の面の皮が剥がれて本性が出るってわけだ」
「そう。そういう場面において、相手と同じ気持ちを持てるようにするのが一番の練習ね。シミュレーションして、自分の気持ちと相手の気持ちをすり合わせていくの」
「なるほど! ありがとうくろえ!」
具体的かつ簡単な内容に、やる気が溢れていく。お礼を言えば、くろえは目を丸くして固まった。
不自然な反応に首を傾げる七音に対し、くろえは璃久斗の腕に顔を押し付け隠した。気の所為でなければ、顔が赤い。
「くろえ~?」
「…………人からのお礼とか慣れてねぇんだよ」
覗き込もうとする七音を止め、空いている手でくろえの頭を撫でる璃久斗。その反応に、七音は変に息を吸ってしまいおかしな音が出た。
これがギャップかと、ニヤニヤしながら二人を見つめる。初めて見るくろえの照れる様子に、他の生徒も珍しいと目で追う。
ちらっとヴィン達の方へ視線を送れば、天に祈って涙を流している様に見えた。すぐに視線をくろえと璃久斗に戻す。
その時、場に似つかない声が聞こえてきた。
「やっと見つけたよ、マリュー!」
幼い少年の声。それは、宝物を見つけた時のような、心からの歓喜に溢れた声色をしていた。
だが、ここは孤高の島に建てられた、水無月学園高等部だ。小さな少年がいるはずがない。その場にいた誰もが、声の方を向く。カフェテリアの入り口に、その少年はいた。
深緑色の髪をおかっぱにし、半ズボンにロング丈のジャケットを着ている。少年は棒付きの飴を口に含みながら、不敵な笑みを浮かべている。
そこから溢れ出ているのは強者の自信。カフェテリア内の全員を見下しているその目は、たった一人だけを見据えていた。
その一人は視線に気づき、身体を強張らせた。だが、他の人は突然の少年に驚いているだけだった。
「おい、何で子供がいるんだ?」
「知らないわよ」
「なんか、お知らせあったっけ?」
見知らぬ少年にざわめき立つ周囲の生徒達。少年は気にする様子もなく、カフェテリアへと足を踏み入れた。
一歩一歩、見据えた一人を目指して進んでいく。だが、途中で何人かの生徒が飛び出して道を塞いだ。七音も見たことがある、プライド高い中等部進学組の人達だ。
「ここはガキの来るとこじゃねぇよ!」
「そうよ! 帰りなさい!」
「帰れ!」
「邪魔」
叫びと同時に呟かれたその言葉は、近くにいた他の生徒にすら聞こえなかっただろう。大きく風を切る音と同時に三人の身体は一瞬で消え、轟音が響く。続いて、大きな水音。
コンクリートの床が凹み、割れた跡が蜘蛛の巣のように広がっている。それを覆うように、赤い液体がまんべんなく滴っており、じわじわと広がっていく。
その中心に振り下ろされた少年の左腕。本人の背丈より大きいそれは、獣のような体毛に覆われ、長く鋭利な爪を光らせている。
叩きつけた握り拳の下から、手、足、髪だけが見えた。その手の下がどうなっているか、したくないのに想像が簡単だった。
それを容易く行った少年の顔もまた、獣のように歪んでいて笑みを浮かべていた。
こういった場面ではまず女性の甲高い悲鳴が上がる。そこから一気にパニックになり、叫びながらの場から離れえようとする人々。
昔、七音が魔物に襲われた時の光景がそうだった。だが、今は違った。
声を上げるにも、呼吸がうまくできない。逃げようにも、手足が全く動かない。ただただ、恐怖を顔に張り付け、震えているだけだった。
魔物に直接狙われた時と同じ事が、この場にいる全員に起きている。動かない体とは逆に、七音はそう考え付いた。
それ程、あの魔物よりも目の前の少年の方が危険だという事だ。拳が上げられ、床の上の惨状を見てしまった生徒の嘔吐や嗚咽が、静かになってしまった空間に響く。
どうしようもない。そう思った時、隣から風が舞った。強風の刃は少年を真正面から襲い、その頬に一筋の傷をつける。
「こっちよ、リヴィア!」
声を上げたのはくろえだった。
璃久斗はすでに武器となっているようで、風を巻き起こした扇子の切っ先をリヴィアと呼んだ少年に向けている。リヴィアはそれを見て、ニヤリと口の端を上げる。
「マリュー……久しぶりだね……? 戦うの……いいよぉ……遊ぼうぉ……!」
「これで最後よ!」
そう叫び、くろえは体を反転させてリヴィアとは逆方向に駆け出す。入り口とは逆方向のその先にあるのは、大きめの窓だ。
外の景色が見えるように設置された窓に扇子を振るい、亀裂を作る。そして、躊躇せず最低限のガードだけしてそのまま突っ込んだ。
外に着地したくろえは、どこか目指して走っていく。その後を、残った右腕も変化させながら追っていくリヴィア。
初めて見る恐怖の塊がいなくなった。だが、誰も動くことができなかった。七音も身体を震えさせたまま、割れた窓を眺めるしかなかった。
新敵キャラの登場でバトルターン突入!




