第42話 璃久斗と双子の姉
2人は悪☆友
立ったまま、璃久斗は荒げる感情を深い呼吸で沈める。落ち着いた頃を見計らって小さく息を吐きだし、そこに言葉を混じらせた。
「………………あいつの名前を、あまり出すな」
それだけ告げて、椅子を元に戻して座る。殊勝な態度の璃久斗に対し、アレクは軽く笑った。
「ハッ! ついにお前もおねえちゃま離れの反抗期かぁ? 乃絵瑠も大変だなぁ!」
「………………死んだよ」
璃久斗の小さな呟きに、アレクはわかりやすく固まった。だが、すぐに笑みを取り戻す。
「おいおいおいおいおい! さすがに不謹慎だぜ?」
「…………去年、俺達の学校が魔物の襲撃に合った………………生き残ったのは、俺とくろえだけだ…………」
「はいはい。で、実際は」
「死んだんだよ! それも、むごたらしくな! お前も無理して茶化すんじゃねー!」
図星を指され、アレクは一瞬息を飲む。
引きつった笑みが、アレクがわざとその話題を肯定しないようにしている事を示していた。それが引き金となった。
「あり得ない! 俺様が唯一認めた女が、そう簡単に死ぬかよ!?」
「てめーが何言おうと変わんねぇよ!」
「クソが! 何で守らなかった!? 力あったんだろ!?」
「こっちだって事情があったんだよ!」
「乃絵瑠を守る以上にか!? ふざけんな!」
堰を切ったように口から出る激情は、そう簡単には止まらない。口論しつつも理性はまだ残っていたようで、テーブルを間に挟んだまま肉体言語にもつれ込むことはなかった。
互いに息が切れた頃、アレクの糸が切れたかのように口論を止め、顔を覆って天を仰いだ。
「……………………信じられねぇ」
「……こっちの台詞だ」
思い起こす度に、今でも強く心がざわめく。悲惨な死に方をした友人、教師、双子の姉である風浦乃絵瑠。その姿がありありと記憶に残っており、時たま夢に出ることもある。
それを思い出すのも辛いが、その事件自体に様々な事が絡まりすぎて人に話せないのだ。
恐れられている特待生という事もあり、この学園では乃絵瑠の話を封印していた。
アレクにも詳細を話すことはできない。だが、乃絵瑠の死だけなら大丈夫だろう。
重くなった空気に、顔色を悪くして口を結ぶ二人。どのくらい時間が経っただろうか。
不意に、軽快なメロディが鳴った。無言でアレクが立ち上がり、壁に備え付けられた半透明の扉を開ける。注文の品が届いたようだ。
ガチャガチャと陶器の音を立て、中身をトレイに移して持ってくるアレク。洒落た色合いで大きめのティーポットに、同じ種類だろうカップとソーサーが何故か三つ。
不思議そうに璃久斗が見る中、アレクはテーブルの上に物を移していく。
ティーポットから慣れた手つきで中身を注ぎ、残りはお替りできるよう中央に置く。
八分目まで注がれたカップが湯気を立て、目の前に置かれる。そのままアレクの前にもカップが一つ置かれる。そして、最後の一つを置きながら小さく笑う。
「てめぇがいるなら、ぜってぇ乃絵瑠がパートナーに収まってるもんだと思ったぜ。SEINの相手を聞くほど野暮でもねぇしな」
先程までと違って若干皮肉めいた口調だ。どうやら、くろえへの連絡も乃絵瑠宛だと思い、来るものだと確信していたようだ。乃絵瑠が生きていたら、その通りに行動しただろう。
座るアレクを横目に、カップに手を伸ばす。赤茶色の液体はくろえが好んで飲む、紅茶だ。少し冷まして一口含めば、普通のものと違ってチョコレートの風味が鼻を抜けた。
「チョコでも入れたのか?」
「そういうフレーバーだよ。俺様の舌が合格点を出した代物だ、とくと味わえ」
「……くろえが好きそうだな。なんて名前の紅茶だ?」
くろえの笑みを思い浮かべながら問いかけるが、返答がない。顔を上げれば、アレクは疑惑の目でこちらを見ていた。
「……んだよ」
「さっきから聞いたことある名前だと思ったが……くろえって、アレだろ? 部隊殺しの基地外女」
その瞬間、璃久斗はアレクを鋭く睨む。
今までの投げやりかつ軽いものではなく、強い敵意を込めた。察したアレクは頬を引くつかせた後、乾いた笑いを上げた。
「随分とご熱心だなぁ? 見た目だけは一級品だって話だが、色香にやられたかぁ?」
「そういう目でくろえを見るんじゃねぇよ、目玉くり抜くぞ」
「じゃあ、璃久斗君は違うんでちゅかー?」
わざとらしい煽りにムッとしたが、すぐに平常心を戻す。そして、アレクの目を見据えてハッキリと答えた。
「俺はくろえの全てを愛してる。表面だけで興奮する変態と一緒にするな」
勢いで言ったものの、言いなれていない台詞に顔が赤くなる。カップの紅茶を一気に飲み干す中で、アレクの口笛が聞こえてくる。
「いや~これはこれは~」
「これ以上冷やかしたら、てめーの過去話を証拠付きでSEINで拡散させるからな。大炎上間違いなしだぜ?」
そう言うとアレクが盛大に舌打ちした。先に釘を刺しておいて正解だったようだ。
証拠でも見せようとスマホを取り出してみれば、マナーモードにして気づかなかったがSEINに返信が来ている。すぐに確認すれば、返事がされてからしばらくたっていた。
『わかったわ。こちらの話は終わったから、先にいつものカフェで待っているわね』
いつものカフェというのは、居住区の方にある軽食・スイーツがメインの個人店だ。こうしてはいられない。
「話終わりだろ? もう帰っていいか?」
「ダメだ。乃絵瑠が来るもんだと、大目に紅茶頼んだからな。一人で飲み切れねぇ」
「知るか。知り合いの下種太朗と高い茶飲むよか、くろえと普通の茶飲んだ方が美味ぇ」
「くっそリア充が!」
「モデルがどの口で言ってんだ!? お前は乃絵瑠の話題に触れない、俺はお前の過去を黙ってる! これでいいだろ、じゃあな!」
速攻で話のケリをつけ、アレクの引き留めも無視して部屋を出た。
扉の外にいた十数人の女子が一斉に振り返ったが、璃久斗とわかった途端におしゃべりやスマホ弄りに戻った。
アレクの出待ちのようだ。だが、出待ちファンよりもくろえだ。璃久斗はさっさとその場から抜け出した。
璃久斗のターン終了。
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